7842T列車 北陸トンネル
皇紀2745年3月14日(第20日目) 国鉄北陸本線敦賀駅。
「すいません、ちょっと北陸トンネルの入り口まで。」
僕はそう言って敦賀駅前からタクシーを拾った。最初はタクシーの運転手さんもチンプンカンプンだったらしいが、誘導したら大丈夫だった。
柵に囲まれた北陸本線の線路の先に北陸トンネルの坑口が見える。あの場所から実に13キロ先まであのトンネルは続いている。上越新幹線の大清水トンネルや東北新幹線八甲田トンネル、北海道新幹線渡島トンネルが貫通していない状態では今現在も日本最長の陸上トンネルになるのかな・・・。
「北陸トンネルに訪れる方はこちらからお入りください・・・だって。」
萌が言った。この雰囲気入っちゃっていいのかな・・・。ダメな雰囲気しかない。
「入るか。」
柵の中に入るとちょうど特急列車が高速で通過していった。白と青の塗装で塗られた485系が通過する。最高時速は130キロか・・・。
近くまで行くと北陸トンネル列車火災事故慰霊碑と書いてあった。
「これってあの。ナガシィが怖いって言う。」
萌が言う。僕はそれに「ああ。そうねぇ・・・。」と流した。
この事故は青森に向かっていた夜行急行「きたぐに」の食堂車が出火事故を起こしたことを発端にするものだ。当該列車を運転していた運転士は当時の規定を遵守し、この北陸トンネル内で消火作業のため停車。しかし、消火設備が乏しいトンネル内な上にとても大きい火の勢いがさらに状況を悪化させた。逃げ遅れた乗客・乗員30名が死亡、714名が負傷した。
「・・・そんな事故が起こる2年前に同じ、死傷者0の事故があったって言うのに・・・。」
「・・・もしを言うのは。」
「分かってる。」
一番悔やまれることだよなぁ・・・。こっちでもこの痛ましい事故は起こっていたんだな・・・。出来れば怒っていて欲しくはなかったが、これのおかげで色んな対策がなされたのなら・・・。やっぱり複雑だな。
「フュイーン」と一声、敦賀方面から485系が勢いよく突っ込んでいった。車内の明かりがトンネルに入る直前に付いていくのがなんとも言えない趣を感じさせる。
(無事に抜けろよ。)
心の中で今入っていった列車に声をかけた。
敦賀駅に戻ってきて、特急列車に乗り込む。今回はこのまま富山駅まで飛んで言ってしまおう。乗り込む列車は特急「スーパーきらめき」富山行き。全車指定席の列車だ。
敦賀→北陸本線特急「スーパーきらめき」→富山
枕崎→広尾間の最長往復切符往路富山駅で途中下車
富山駅で降りると「スーパーきらめき」は回送される準備をしていた。「雷鳥 新潟」、「北越 金沢」、「はくたか 上野(上越線経由)」、「スーパーかがやき 新潟」、「とき 上野(上越線経由)」。かなり広範囲をカバーしていることが回送までの間にでる列車と行き先でよく分かる。まぁ、何時使うんだってものまであるけど・・・。
「・・・。」
一口メモ
北陸トンネル列車火災事故時の規定
有事の際はどんな場所でも緊急停車するというもの。この事故以来、トンネルなど停車後の救援が難しい場所での停車は禁忌とされた。
特急「スーパーきらめき」
名古屋~富山間を走る全車指定の特急列車。同区間を走る特急「しらさぎ」の速達タイプである。全車指定と言うこともあり、利用は伸び悩み気味・・・。




