7998T列車 鹿の耳に説教
皇紀2745年6月11日(第110日目) 国鉄関西本線奈良駅。
唯我独尊。そう思っているかどうかは定かじゃないが、我が物顔で道を横断するしかさんにはこの言葉が似合うだろう。僕達の乗ったバスはその鹿に道を阻まれてなかなか先へ進めないなんて事もあった。
「今貴方赤信号で渡ってましたよねぇ。」
そんな風に説教する動画を思い出す。
降りてみると観光客が多い。さすが奈良、東大寺だと思う。
「結構時間かかったね。」
「一番近いバス停じゃなくて、一つ遠いところで降りたほうが早かったかもしれないな・・・。」
「そうかもね。」
そう言ってから、萌は体を翻し、
「私、鹿さんにご飯あげようと思うけど、ナガシィはする。」
と聞いてくる。
「僕はいいや。」
鹿にドツキ回されるのは嫌だからなぁ・・・。
鹿せんべいの売店の周りにはすでに鹿が何匹か座って待機している。だが、観光客が持っていないものには興味が無いのか大人しくしている。そして、鹿せんべいが売れるとすっと立ち上がり、その人の周りに群がる。仲には服を引っ張って「くれ」と主張するものまでいる。売店の周りみたいに振る舞ってくれればもっと売れると思うんだけどなぁ・・・。そう考えても動物には何も通じないが・・・。
それは萌でも同じだ。
「おっ・・・あっ、ちょっとまって。」
そういうのを聞かずにどんどんよってくる。煎餅を上げると一瞬大人しくなるが、無くなればまたねだる。萌は少しずつ後ろにさがりながら、煎餅を上げる。
「束ごと下に投げつければいいんじゃない。」
と僕が言うと
「あっ、そうすればいいか。」
煎餅を止めているひもを外して、地面に投げつける。ほどよく砕けるため鹿の意識は手に持っている煎餅から地面に落ちた方へ移る。
「こっちじゃなくて、あっち。」
効果はあまりないようだ。
「ナガシィ。手伝って。」
「頑張れ・・・。」
「ほら、あっち。こっちじゃない。」
だが、その内鹿せんべいもなくなる。そうなれば鹿は興味を失ったらしくさっさと萌から離れていった。
「ハァ・・・。何か疲れた。」
「相手は動物だからなぁ。言葉分かるわけじゃないし。」
「ナガシィも手伝ってくれたらよかったのに。」
「僕はいいよ。動物相手にはしたくないし。」
大仏を見た後、僕達はホテルに入った。
その夜・・・。
「うーん、ちょっとマズいかもしれないなぁ・・・。」
僕は天井を見ながら、そうつぶやいたのだ。




