7921T列車 足跡の残し忘れ
皇紀2745年5月1日(第69日目) 国鉄宗谷本線天塩中川駅。
天塩川沿いにある街天塩中川。駅から1キロぐらい離れた場所に泊まっていた。タクシーに乗って、そこから天塩中川駅まで行った。1階建ての家屋みたいな駅舎は北海道ではよくあるものだ。
「あっ・・・。」
待合室に入ると人がいた。時間は5時20分を過ぎたくらい。何を待っているのかと時刻表を確認してみると5時30分くらいに特急「スーパー宗谷」札幌行きが設定されている。札幌の到着はこの時間に出ても9時くらいだろう・・・。こんな時間から大変なもんだ。
駅が騒がしくなるとキハ261系が駅舎に一番近いホームに入線する。
「発車します。」
列車は止まったかと思うとすぐに車掌がそう言った。扉を閉めて、さっさと発車していった。特急列車は何処も慌ただしいように見える。それに引き替え、僕達は普通列車だ。それが来るまでにはまだ時間がある。
5時45分くらいになると稚内行きの普通列車が入線してきた。キハ54形1両。乗る人間は僕達以外にはいない。発車までは15分近くあり、その間に学生が1人乗ってきた。
天塩中川→宗谷本線→糠南
天塩中川→糠南間の運賃糠南駅で下車時運賃精算の上乗車
天塩中川を出発し、歌内・問寒別と列車は停車。問寒別駅で数人の乗客を抱え、次の糠南駅に走る。
僕は問寒別から先頭に立った。3分くらい走ると線路脇に物置の置かれた板が見えてきた。
「・・・分かっちゃいるけど、今からあれに降りるのか・・・。」
どこか悟った。絶望混じりの声でその板を見つめた。
運賃箱に整理券と運賃を投入し、ホームに降り立った。ドアの位置とホームの高さはいつもの通り合っていないし、ホームの長さは10メートル程度しかない。
エンジンを噴かしてキハ54形が出発していくと、辺りを静寂が包んだ。
「・・・。」
「・・・ヤッホー。」
返って声は無い。
「どうしてやったの。」
「やりたくならない。」
「・・・。」
「あっ、うん。分かったらからそんな目で見ないで。私が悲しくなる。」
「・・・にしても何にもないなぁ・・・。」
「この近くに集落はあったんでしょ。そこの人たちのために出来たところだし。」
確かに・・・。この糠南駅はこの近くの集落のために開設された仮乗降場。利用者はそもそも多くは無い。こんな10メートルくらいの木の板だけでも十分すぎる設備だ。しかし、この駅に引きつけられるのはそれだけではあるまい。そんな駅にポツンと置いてある物置という待合室が魅力を引き立てている。
「誰かいないよね。」
「さすがにいないだろ。」
萌が待合室の扉を開ける。中は案外しっかりとした待合室になっている。ボトルケースに座布団を敷いただけだが、椅子もある。左側には除雪用のスコップ。カレンダーと運賃表と時刻表。路線図。駅に必要なものは全てそろっている。そして、忘れられたようにさがっている正月飾り・・・。今何月だと思ってるんだよ・・・。
「何で正月飾り。」
「誰も使う人いないからだなぁ・・・。でも、正月飾り飾るくらい何だから人の手はちゃんと入ってる証拠だな。」
仮に国鉄が置いたとすれば、撤去するかな。てことはこれは「国鉄関係者じゃない人」がここに来て勝手に下げていったものか・・・。しかし、そうなったら何のために。そんなことを考えてしまう。
「誰も使ってない割には綺麗よね。」
「一応駅だからな・・・。」
「これが。」
「・・・うん。」
それ言われたら色々と言えなくなっちゃうって・・・。
20分くらい立つと踏切が鳴り出した。僕達は踏切が鳴ってようやっと木の板の上に戻ってきた。こんなにルーズでも列車には間に合う。
「もうちょっと長くいてもよかったかな。」
「僕は嫌だよ。こんな所、長くいる場所じゃない。」
「そう・・・。」
糠南→宗谷本線→天塩中川
糠南→天塩中川間の運賃天塩中川駅で下車時運賃精算の上乗車
「あっ、足跡残しとくの忘れてた。」
そう言ったときにはキハ54はゆっくりと世界一映える物置から離れ始めたときだった。
一口メモ
宗谷本線糠南駅
宗谷本線に設置された仮乗降場。近くにあった糠南集落のために開設されたものの現在その集落はなくなり、一体は無人地帯となっている。秘境駅として知られ、ここへ来る人は列車本数の割に多い。




