7902T列車 十勝平野をかける
皇紀2745年4月21日(第59日目) 国鉄広尾線帯広駅。
今日で往路は終わる。とても多い経由地を記した紙。これにある最後の路線に乗るのだ。それを行くディーゼルカーは既にエンジンを振るわせて止まっていた。国鉄広尾線。この路線は十勝平野を通り抜け、広尾を結んでいる。
僕はキハ40形の車体側面にさがっているサボを写真に収めた。「広尾行き」と書かれたこの文字はしばらく見ることはない。
帯広→広尾線→広尾
枕崎→広尾間の最長往復切符往路帯広駅から使用再開
「ご乗車ありがとうございます。この列車は普通列車広尾行き。ワンマンカーです。次は愛国、愛国です。」
初めて聞く駅名に少々心が躍る。存在を認知していることとこうやって本物を聞くことはやはり違う。
「愛国って、普通に聞いたらやっぱりなんかおかしいよねぇ。」
「まぁ、北海道以外じゃお目にかかることは出来ないよなぁ・・・。地名がないから出来るようなもんだし・・・。」
「・・・ああ、それは言える。」
原野の中をしばらく走って、街が見えてくると列車は愛国駅に停車。駅舎は北海道ならどこにでもあるようなつくりで目新しいものは無い。ただ駅名が「愛国」となっている以外はとりわけ何か秀でたものがあるようにも見えない。
「・・・見てみると普通ね。」
「普通だな・・・。」
朝早いというのに、この駅で降りていく人がいた。大きい鞄とカメラを提げたその姿はどこからどう見ても地元の人ではない。「愛国→幸福」の乗車券でも目当てで来たか・・・。いかにもそんな感じの人だ。その人が駅舎の中に消えていくと同時に列車は発車する。
「次は大正、大正です。運賃、切符は前の運賃箱にお入れください。」
といつものアナウンスが流れる。
「広尾線ってもっと栄えてると思ったけど。」
「あっちじゃ廃止になったんだ。栄えてるわけないよ・・・。」
鉄道好きとしては残念な現実を突きつけられるがな・・・。
列車は中札内に停車。ここで帯広から乗っていた旅客と列車が入れ替わる。こちらは片手に収まる人数にまで乗客が減ったが、反対の帯広行きは通路にまで学生があふれた状況になっている。しかも驚いたことにその列車はキハ261系だ。
「特急料金かけてまで通学するのはしんどくないのかな。家計的に・・・。」
と萌がつぶやく。しかし、その指摘はどうも当たらないらしい。列車の側面に表示される行き先表示に時折「帯広まで快速」と出る。「サロマ」と同じ途中で特急から快速に化ける列車らしい。
「特急型車両で通学とはいい御身分ですなぁ。」
「そんなこと考えて誰も乗ってないだろ。」
列車は十勝平野のど真ん中を駆ける。まっすぐ延びる線路は標津線を彷彿とさせる。時折街が目に入るようになると列車は思い出したかのように駅に停まる。終点の広尾までそれは繰り返された。
「次は終点、広尾。広尾です。運賃、切符は駅係員までお渡しください。」
そのアナウンスが流れるとついに往路も終わりなのかと思えてきた。列車は街から少し外れたところにある広尾駅に滑り込む。ホームは駅舎側に1線あるのみ。駅舎と反対側には線路だけが並んでいたが、3本目と4本目の線路は不自然に離れている。広尾線があるべき形になるとき、ホームは作られるのかもしれない。
「降りよう、ナガシィ。」
列車が止まるよりも先に萌が僕を急かした。
ドアが開くと少し大きい段差を降りる。ホームの高さはキハ40形と合っていないからだ。少し歩いて駅舎に入ると駅員が立っていた。
「この切符途中下車印が欲しいんですが。」
僕がそう言うと、
「ああ、ちょっと待ってください。」
そう言い、駅員は僕達以外の客の切符を全部見終わった後に途中下車印を切符に押してくれた。表面は既に判子でいっぱいになっていたので、裏面に押された。往路の行程が全て終了した証だった。
枕崎→広尾間の最長往復切符広尾駅で途中下車
一口メモ
国鉄広尾線
根室本線帯広~広尾線広尾間を結ぶ国鉄線。開業当初はこの地方唯一の港十勝港へのアクセス線であった。現在、広尾線は襟裳岬を挟んで敷設されている日高本線様似駅との接続を願って、絶賛延伸工事中である。




