7883T列車 渡道4時間
皇紀2745年4月12日(第50日目) 国鉄青函航路青森駅。
青森駅に「ゆうづる」がささる。ドアが開くとどっとホームに人があふれる。人間はここで二手に分かれる。連絡船と書かれた看板へ向かうものと出口という看板に向かうものだ。大きい荷物を提げて、ほとんどの客は連絡船と書かれた看板がさがる方へと歩いて行く。
ホームの上に上がり、ここまで乗ってきた「ゆうづる」を見下ろした。ホームにはすでに車内清掃対が待機しており、空っぽになったのを確認してから乗り込んでいる。一方、下のホームから上野行きの特急「はつかり」がでる。
だんだんと人がはけた通路から、窓の外を眺める。連絡船が3隻停泊しており、そのうち1隻からコンテナ貨車が引き出されている。そしてもう一方にはコンテナ貨車が押し込まれている。そして、僕たちが乗る船には既に車両甲板の扉は閉じられている。
「これからあれに乗るのよ。」
「こうしてみると結構大きい船だよなぁ。」
メモリアルシップ摩周丸とかであの船は見慣れているはずだが・・・。生き生きしている船はどこか大きく見えた。船体には「津軽丸」とある。
津軽丸に乗り込み、僕たちは赤色の座席に腰掛けた。グリーン車に相当する座席だ。だが、どうも席に座っているだけでは落ち着かない。荷物を置いて、僕たちは甲板へと出た。
津軽丸と肩を並べる2隻の船。手前の船は「北見丸」、奥の船には「第一八青函丸」と書かれていた。どちらも貨物船らしい。
「ご乗船ありがとうございます。この便は青函115便、函館港行きです。まもなく出港いたします。」
とアナウンスがある。これだけ聞いていれば、鉄道と大差ない。
青森→青函航路→函館
「ボーッ。」
ドスの利いた汽笛を辺りに響かせ、津軽丸は定刻で青森港を出港。出航後しばらくすると青森港へ入港する貨客船「摩周丸」とすれ違う。さらにそのすぐ後を追って貨物船「襟裳丸」とすれ違った。
「結構、往来激しいのね。」
と美萌が言う。
「確かにね・・・。」
青函連絡船も見たことのない景色だからなぁ・・・。
「あちらの船は襟裳丸と書かれています。青函連絡船の船はどれも青森、北海道の地名が用いられることがありますが、あれもその例に漏れないようです。」
一人スーツを着て、自撮り棒を持ち、その先に付いたカメラに向かって喋っている人がいる。こちらでも、ユーチューバーって言うのは流行っているようだが・・・。
「播州さん・・・。」
僕は播州さんがカメラを引き寄せ撮影が終了するのを待って話しかけた。それに播州さんは「はい、私が播州です。」と返してくる。
「お会いできて光栄です。」
これは完全に萌達を置き去りにした。
「あのスーツ着てる人って何。ナガシィ君の知り合い。」
「うん。鉄オタ界隈では相当な有名人よ。」
萌が美萌に解説している間も会話に花が咲く。自分でも何か言っていることがおかしくなっているんでは無いかと思うくらい気持ちが高ぶっている。
「いやぁ、まさかここでお会いするとは思いませんでした。播州さんもこれから北海道に。」
「ええ。「ゆうづる」と青函連絡船が動いているのでもしやと思いまして。今日はこのまま特急に乗って網走に止まるつもりです。」
「網走に。・・・函館着いても9時間くらい掛かりませんか。」
「そうですね。札幌まで特急でも4時間は掛かりますから。」
「・・・播州さん、これってもしかしてYouTube投稿したりします。」
僕がそう聞くと、
「はい、青函編で投稿するつもりです。」
しまった、僕はこちらで播州さんのチャンネル登録をしていない。後でチャンネル登録しておかないとなぁ。
「青函連絡船、乗ってみてどう思いますか。」
「いいものです。「ゆうづる」からの接続で乗れるというのがまたいいですね。これだけ私が生きている間に記録としてしか触れることが出来なかったものにふれあえるのは今考えても貴重な体験をしていると思います。」
「なるほど・・・。」
確かに・・・。青函トンネルが貫通してからの歴史しか知らない僕たちにとって今船に乗っていること自体貴重な経験である。
「ただ、それと同時に現代の便利さも思い知らされます。」
「はい・・・。」
「勝手なこと言うとは思いますが、実際に経験してしまうとですねぇ。あちらにいた頃は「もっとこのチャンネルも面白くなる」と思っていました。実際に視聴者の方達は面白いと思います。しかしねぇ、やっている側からするとあまり変わらないものですよ。」
僕はそれに返事をしなかった。播州さんの言っていることは当たっているからだ。「ゆうづる」から連絡船への接続。乗る前はあんなにもドキドキしたものが、今実際に船の上にいるとなるとあまり感動を覚えなくなる。
「人って案外だまされやすいものなのかもしれませんねぇ・・・。これを言ってはこれを楽しみに来た人たちには失礼になるとは思いますが、「こんなもの」が「懐かしい、懐かしい」と言われ、追体験しに来る人が多いって言うのはそれだけ体験した人の思い出に補正が掛かっていて、私達は騙されているんだと思いますよ。乗ってみて思いましたが、目的地が北海道なだけで「さるびあ丸」に乗って八丈島に行ったときとあまり思うことが変わらないのです。」
「騙すと言いますか。」
「気に障ったのでしたら申し訳ありません。」
播州さんはそう謝ったが、僕は寧ろ謝らないで欲しかった。それに納得している僕がいるからだ。
播州さんはちょっと遠くを見ながら、
「昔の人はズルいですよ。」
と言った。しかし、そのすぐ後で
「もしかしたら、本当の感動は函館港が見えたときにあるのかもしれません。」
とも言った。
「きっとなんとも言いがたい気持ちがこみ上げてくるんじゃないですかねぇ。その時になったら。」
青函トンネルを初めて「北斗星」で抜けた時を思い出した。あの時眼前に広がった北海道の景色は今でも覚えている。その感覚は例え連絡船になっても変わらないだろう。僕はそう信じて、自分の座席に戻ることにした。
一方、播州さんと僕に押されて萌と美萌は少し離れた。
「何で離れるのさ。」
「ああいうときは二人にしておいていいの。」
「萌ちゃんだって鉄道よく知ってるじゃん。」
「私にはよく分かんないんだ。今回も鉄オタ界隈では「王道」出来てるんだけど、それがよく分かんない。夜行列車の臭いだとか、連絡船に乗り込むドキドキとか。そういう部分理解できないんだ。」
美萌の言葉に反論する。
「十分分かってると思うけどなぁ・・・。」
「・・・それはそうと。」
話題を変えよう。
「ちょっと前に大阪行ってたでしょ。桃李君には会えた。」
「うん。会えたよ。」
「一緒に暮らすとかはしないの。」
「・・・うん、桃李にも桃李の生活があるしね。ああ、もちろん夫婦生活が上手く行ってなかったとかじゃないわよ。私だって二人や梓達くらい上手く行ってた自信あるんだからね。」
「うん。うん。それは分かってる。でもノロケ話が聞きたいわけじゃないから。」
「あーうん。」
そう言ってちょっと間を置いてから、
「私だって、桃李と一緒に暮らしたいけどね・・・。」
「暮らしたいなら・・・。」
「事情が違うのよ。あっちはあっちで私とは暮らしたくないみたい。あっちは一人の生活を謳歌してるみたいだし。」
「本当にそれでいいの。」
「・・・。」
美萌は答えない。本当にそれでいいと思ってるなら、なんとも思わないか。
「まぁ、桃李とイチャイチャしたいならこの旅終わったら大阪行っちゃえば。行く方法は私が教えてあげてもいいけど。」
「イチャイチャって・・・。私のことなんだと思ってるのよ。」




