君
僕は、公園へ向かって歩き出した。
もうすぐ、時刻は19時半をまわる。
あの少女はまたあそこで座っているだろう。
少し早足になりながら公園へ向かう。
なぜ、急いでいるのかわからない。
なぜ、少女に会いにいくのかはわからない。
自分は同情しているのか?
自分は偽善を他人に振るうことによって、
満足しようとしているのか?
底辺だから?普通だから?
いつもの道が長く重く感じた。
俺は、あの子の人生を変えてあげたい。
それは同情でも、心配でもなく、
最底辺から駆け上がるためのツテだ。
利用してやろう。利用してやると。
あの子を救うことで、僕の人生が変わると思う。
最底辺から抜け出せると思う。
生きている価値を見つけられると思う。
そんな理由だ。
公園の前に着いた。
いつも通り、同じ場所で
同じ表情 同じ姿勢 同じ視線で座っていた。
「やあ。」
「あっ、お兄さん。お家はどうしたの?」
なぜその事を知っているのかは知らないが、
僕は少女の質問を押しのけて言い放った。
「俺と底辺から抜け出さないか?」
少女は、首を傾げた。
それは無理もないだろう。
公園で話しているだけの
見知らぬ名前も知らない、
急に喋りかけてきた、そんな奴と
底辺脱出? 意味がわからなくて当然だ。
「それは、具体的にどういうこと?告白とか?笑」
「違うに決まってるだろ。俺が君を救ってやるって言ってるんだよ」
「どうやって?」
「どうもこうもない。言葉そのままだ。」
少女は俯いた。
「お兄さんは私のこと何も知らない。私は、親からも虐待を受けているの、そのほかも色んな問題が沢山あって、私は生きているの。抱えきれない問題も。お兄さんに言えないことも。今更解決出来るわけないよ...。」
僕は、この言葉を待っていた
解決なんて必要ないんだ。
底辺から抜け出せるのだから。
抜け出す のだから。
「解決するんじゃない。抜け出すんだ。
解決なんて必要ないんだ。逃げるんだ。」
少女は、きょとん とした。
しかし、何か安心したような顔になった。
「かけてみる気はでてきたかな。」
「それはなぜだ?」
「お兄さんに、かけてみるのも面白いかなあって。人生最大のギャンブルだけどね。笑 それで、具体的に説明してくれない?」
「わかった。まず、君は俺と暮らせ。アパートは最近捨てたけど、また借りればいい。ただし、条件はある。」
「条件?」
「お互いが底辺から抜け出すまでは、絶対に裏切らないということ。そして、君には歌を歌ってもらう。」
「へえ、なんか楽しそうだね。」
意外な返答だった。
普通ならまず、
誘われた時点で家で殴られている方が、
いじめられている方が、安全と考えるだろう。
少女は、あっさり交渉にのってきた。
「じゃあ今から君の家に交渉しに行くから。家教えろ。」
「えっ、いいけど。でもどうするの?そこの角を曲がった先だけど...。」
「いいからついてこい。表札の苗字だけ隠しといてくれ。」
「え?どうして?」
「君の名前を知りたいとも思わないし、君は 君だからね。」
「君 か」
人間ってのはどうでもよくなると
行動力はすごいもので、
僕は少女の家に向かって歩き出した。
後ろから少し遅れて少女がついてくる。
不思議と不安そうではなかった。