水の音はラヴェルの調べ
本作は、黒森冬炎さま主催「劇伴企画」参加作品です。
モーリス・ラヴェル作曲「水の戯れ」のピアノ演奏でお楽しみ下さい。
真夏の暑く気怠い昼下がり。
しかし、躰の弱い私は空調は入れず、扇風機の生ぬるい風を浴びながらベッドに横たわり、リネンの薄いブランケットを何も纏っていない素肌の上から巻き付けている。
ウトウトと意識が夢と現の彼方へと飛び始めていた。
夏樹……
おぼろげに彼の笑顔が浮かんでくる。
行かないで!
夏樹……
そんな。
私を独り、置き去りにして……!
夏樹……!!
私は微睡みの中、必死で彼の姿を追っていた。
その時─────
部屋の隅のどこからともなく、突然涼やかなピアノの音が響いてきた。
ビックリして飛び起きる。
でも、これは……。
鈴の音を転がすような何とも言えず清涼感溢れるピアノの音色。
これは、ラヴェルの「水の戯れ」。
水を表すアルペジオが耳に心地よい。
まるで、水が自由自在に遊んでいるような情景が目に浮かぶ。
そして、演奏しているのは……。
私は、流れてくる短い繊細なピアノ曲に最後まで、一音逃さず耳を傾けた。
そして、最後の音色の余韻に浸る頃には、まるで体温が一度下がったような、そんな気がした。
ラヴェル作曲「水の戯れ」
ピアニストだった夏樹の最も得意なレパートリーだった「ラヴェル」。
紛れもなく、今の演奏は彼自身のものだった。
しかし。
冷たい涙が一筋、頬を伝って流れ落ちる。
彼はもう、いない。
此の世の何処にも。
一年前の今日、彼は自動車事故で亡くなった。
この奇怪極まりないピアノの音色は、彼の冥土からの一服の涼に違いない。
そうして。
再び私はベッドに横になると、素肌の自分をそっと抱き締めた。
夏樹はもういないけど。
まるで彼が抱き締めてくれているかのように……。
爽やかな夏の涼を求めて、彼の面影を探して私の意識は、今度こそ深く、記憶の奥底へと落ちて行った。
本作は、黒森冬炎さま主催「劇伴企画」参加作品でした。
参加させて下さった黒森さま、お読み頂いた方、どうもありがとうございました。
尚、作中挿絵は茂木多弥さまに描いていただきました。ありがとうございました。