表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ファンタジー・ホラー作品集

水の音はラヴェルの調べ

作者: 香月よう子

本作は、黒森冬炎さま主催「劇伴企画」参加作品です。

モーリス・ラヴェル作曲「水の戯れ」のピアノ演奏でお楽しみ下さい。

 真夏の暑く気怠い昼下がり。


 しかし、躰の弱い私は空調は入れず、扇風機の生ぬるい風を浴びながらベッドに横たわり、リネンの薄いブランケットを何も纏っていない素肌の上から巻き付けている。


 ウトウトと意識が夢とうつつの彼方へと飛び始めていた。


 夏樹なつき……

 おぼろげに彼の笑顔が浮かんでくる。


 行かないで!

 夏樹……


 そんな。

 私を独り、置き去りにして……!

 夏樹……!!


 私は微睡みの中、必死で彼の姿を追っていた。



 その時─────



 部屋の隅のどこからともなく、突然涼やかなピアノの音が響いてきた。


 ビックリして飛び起きる。

 でも、これは……。


 鈴の音を転がすような何とも言えず清涼感溢れるピアノの音色。


 これは、ラヴェルの「水の戯れ」。


 水を表すアルペジオが耳に心地よい。

 まるで、水が自由自在に遊んでいるような情景が目に浮かぶ。


 そして、演奏しているのは……。


 私は、流れてくる短い繊細なピアノ曲に最後まで、一音逃さず耳を傾けた。


 そして、最後の音色の余韻に浸る頃には、まるで体温が一度下がったような、そんな気がした。


 ラヴェル作曲「水の戯れ」


 ピアニストだった夏樹の最も得意なレパートリーだった「ラヴェル」。

 紛れもなく、今の演奏は彼自身のものだった。


 しかし。

 冷たい涙が一筋、頬を伝って流れ落ちる。



挿絵(By みてみん)



 彼はもう、いない。

 此の世の何処にも。


 一年前の今日、彼は自動車事故で亡くなった。


 この奇怪極まりないピアノの音色は、彼の冥土からの一服の涼に違いない。


 そうして。

 再び私はベッドに横になると、素肌の自分をそっと抱き締めた。


 夏樹はもういないけど。

 まるで彼が抱き締めてくれているかのように……。


 爽やかな夏の涼を求めて、彼の面影を探して私の意識は、今度こそ深く、記憶の奥底へと落ちて行った。



本作は、黒森冬炎さま主催「劇伴企画」参加作品でした。

参加させて下さった黒森さま、お読み頂いた方、どうもありがとうございました。


尚、作中挿絵は茂木多弥さまに描いていただきました。ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 劇伴企画から拝読させていただきました。 出先なので「水の戯れ」は聴けませんが、良い作品をありがとうございました。 穏やかで、哀しく、そして、優しい物語。 ピアノのメロディーは最後の優しい奇…
[一言] 劇伴企画から参りました。 ラヴェルの水の戯れってどんなだったかなと読んでいたのですが、読み進めると、あっと気づくことができました。 切ないお話ですが、この伴奏だと主人公にとっては切なくなりす…
[一言] 企画から参りました。 演奏者、あるいは指揮者が違うと、曲の印象が変わることすらある。 この演奏は、誰のものか? その演奏を常に聴いていた、その演奏が好きだった、そして……。 この演奏を耳に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ