新人の女神さま(イソップ物語より)
イソップ物語『旅人と運命の女神』を元にした創作童話です。
青くて広い空のどこか、一点の曇りもない真っ白な世界に、
神さまが住んでいました。
その中に、今年、神となった新人の女神さまがいました。
人間の道しるべになるべく、日々、清らかな心で暮らしていました。
しかし、女神になってから少し歳月が過ぎたころ、とても悩でしまいました。
人間の願いを叶えようと、力を尽くしているのですが、
厳しい口調で文句を言って来る人間が大勢いたからです。
新人の自分には、人間の願いを全て叶える程の力はありません。
それでも人間は容赦なく
「女神なんだからなんとかしてくれ!!」
「助けてくれと頼んでいるのに、なぜ助けてくれない!!」
と怒りをぶつけてくることが多くありました。
人間の汚い言葉をたくさん聞きました。
心優しい新人の女神さまは、頼りない自分、そして女神でいることに疲れ、
次第に悩むようになってしまったのです。
───そんなある日、
女神が上空から下界を眺めていると、
1人の青年がフラフラと道を歩いていました。
青年は旅人のようでした。
(疲れているのかしら)
女神はそう思い、青年の姿を追いました。
青年は深い井戸の前で足を止めました。
長い紐の付いた桶を井戸に入れ、水を汲み上げると、桶にそのまま口をつけ、
ゴクゴクとおいしそうに飲みました。
口を拭き、桶を置くと、井戸の縁に、ドカッ、と腰を下しました。
よっぽど疲れていたのでしょう、青年はそのまま井戸の縁に寄りかかり、
眠ってしまいました。
一部始終を見ていた女神さまは、
(あのままでは、井戸に落ちてしまう!)
と、慌てて、青年のところまで降りて行きました。
そして、青年の肩を揺すりながら言いました。
「もし、旅人さん、こんなところで寝てしまっては、井戸に落ちてしまいますよ」
寝入ったばかりだった青年は、ビックリしてすぐに起きました。
驚いて起きた拍子に、ズズズ、っとスベって、
頭の方から上半身が井戸の中に入ってしまいました。
女神は慌てて青年の衣服を掴み、力を込めて引っ張り上げました。
助けあげられた青年は、目を丸くしていました。
「め、女神さま?」
目覚めた瞬間に深い井戸の中に落ちそうになり、引っ張り上げられたと思うと、
今度は目の前に、真っ白なまばゆい光を放つローブに包まれた女神がいたのです。
そりゃぁ、驚いて目も丸くなるでしょう。
青年は目を丸くしたまま、
「女神さまが、私を助けて下さったのですか!」
と言いました。
女神は静かに頷きました。
そして、「本当はいけないことなのですけどね!」
と、毅然とした口調で言ってから、一息ついて、
極力感情を抑えて諭すように続けました。
「一言、言いたくて。あなたたち人間は、いつもそうやって、自分の不注意で災いを招いているのに、いざ井戸に落ちたりすると『ツイてない』だの『落ちるような井戸を作った奴が悪い』だのと散々言った挙句、最後は『何で助けてくれなかったのか!』と私たちのせいにする。そんな人間の身勝手さに、私は、ほとほと困っているのです」
女神が普段抱えている鬱憤を吐き出すようにまくしたてていると、
青年は女神の話が終わるか終わらないかのうちに、女神の手を取り、
「ありがとうございました!」
と、ぎゅっと握りしめて、
「こんなところで死んでしまう訳にはいかないので、本当に助かりました!」
と言いました。
突然のことで女神は驚きました。
青年は続けて言いました。
「私は遠くの街で仕事をしていました。そこで風の便りで、
妻に子どもが生まれたことを知ったのです」
「はぁ」
呆気にとられ、生返事をする女神を気にも留めず青年は続けました。
「早く会いたくて、三日三晩、ひたすら歩き続けてここまで来ました。
妻と子が待つ街までは後ちょっとです。
ここまで来て井戸に落ちて死ぬなんて、死ぬに死に切れません」
「はぁ」
「本当に、本当に、ありがとうございました!」
と、青年は何度も何度も頭を下げました。
やがて、青年は落ち着くと、
立ち上がり大切な家族が待つ街に向かって去って行きました。
青年を見送った女神は、不思議な感覚に包まれていました。
こんなに真っすぐな気持で感謝されたのは初めての経験だったからです。
女神は、何度も何度も頭を下げていた青年を姿を思い出しました。
「クスッ」
と、微笑を浮かべ、青年が向かっていった方角へ一度目を向けてから、
上空へ戻って行きました。
自分が女神だということを、少しだけ誇りに思いながら。
おしまい。
今日のHappyポイント♪
『あなたがいることで、助かっている人が必ずいます』
童話でHappy♪( dowahapi.com )