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決闘代行

作者: RAMネコ

 争いはなくならない。

 闘争による圧力こそが、生存戦略に食い込むシステムだからだ。

 大量の個体を産み、適した個体だけが残るよう闘争で個体調整する。 

 争いとは、殺し合いだ。

 そして生物は、死ぬことを前提に大量に生まれてくる。

 生物と機械を比べれば、両者は根本から違う。

 生きている生きていないの話ではない。

 

 生物は生存性を求める。

 機械は最適解を求める。

 

 そして生物は、必ずしも必要とされて生まれてくるわけではない。

 この違いは大きなものだ。

 生存性が高いとは──種という大きな囲いの中で──究極的には、九割の個体が死んでも、一割が主として残存することだ。

 個体間に差があれば、絶滅しづらい。

 そうして生まれた個体差というヤツは、それもまた、環境にそぐわないものを自浄していく。

 闘争という手段をもってだ。

 

「やれやれ。人間、もっと理性的に生きたいものですな。感情的でなく」

「代行。それはもはや人間ではない。必要のないものを考え実行するのが人間だ。激情に身を任せるのもまた然り」

「真理ですな」


 然り、然り。

 激情に身を任せ殺し合うことこそ人のさが。

 適応しているものが生き残る。

 ただ生き残る力は、他に寄生したり利用に共力何でもござれ。

 身に余る、身を超えた力をもつことも、力だ。

 その力、闘争の代行。

 決闘代行は、そうした力であり、裁判官と処刑人を兼ねた仕事だ。


「チップが自分の命じゃないからと、まぁ、気楽に決闘してくれちゃいますよね、うちらのクライアントは」

「お互い大変だが、他所の喧嘩に首を突っ込むのが仕事だ」

「仕事と割り切ろう。いつものように。殺されるまでがお仕事。だから殺されても恨んでくれるな」

「老い先短い老木が相手ならば心も痛むまい」

「いやいや」


──決闘。


 話し合いで解決不可能な問題を、力でもって解決する儀式。

……であるが、もっぱらは貴族同士のしょうもない喧嘩が実体だ。

 誰それが侮辱しただの何だのだ。

 庶民は喧嘩に自分家の鎌や鍬、金槌で自らの手で直接相手の頭をかち割る。

 決闘なんてわずらわしいことはしないし金がない。

 魔法を使えば対価があるのは常識。

 そもそも他人の喧嘩に加勢する酔狂はそういにない。

 しかし、それを職とするものもいる。

 決闘によって審判をくだす──その武力の代行たるのが、決闘代行だ。

 決闘を開催した連中は大抵、血を流さないし、流せない。


「良い天気だ。決闘日和だ。死に日和だ」


 ポツリと呟くのは、決闘代行であるエレルオだ。

 魔都タプネの出身であり、二つ名は『灰蛇』。

 エレルオの手には、端が鹿の角のように分岐した大杖が握られる。 

 材質は狂骨病にかかった竜の小指。

 長さ177cm、性格は寂しがり。


「今日が決闘でなければ、窓を開けた私室で本を読んでいたかったな」


 エレルオの決闘相手──の代行は、白髪の老人だ。

 首都ペンタゴリアの出身、二つ名は『生きし魔』。

 杖は、頑固と頑丈がにじむ、黒光りする鉄塊のような棒形、先端が逆傘型。。

 材質は機械悪魔化したディーモンと祈りを飲み込み続けた、何かの金属部品。


「長い文句はいるかね? 必要かね。生きし魔、ペンダゴリアの魔人よ」

「まさか。必要あるまい」


 老人は首を横にうった。

 

「語らいはすんでいる」

「で、あろうな」


 二人の──そして代行をたてた者の──決闘が始まる。

 それはあまりにも、あたり前であるかのように。

 決闘場となったのは、街の大通り。

 両脇には住居が並ぶ。

 決闘を野次馬しにきた観客は多い。

 彼ら彼女らは、『殺し合い』を見に来たのだ。

 生死のやりとりの直前であり、大声で騒ぎ立てていた。

 中でも特に声が大きいのは、他人事ではない、決闘代行をたてた二人の貴族だ。

 周囲は騒がしい。

 だが、とうの決闘代行の二人は落ち着いていた。

 決闘とはそういうものだ。


「……」


 エレルオも、老人も、動かなかった。

 下手には動けなかった。

 決闘において二手目は存在しない。

 先に第一撃を与えるか、あるいは反撃。

 あるいはその逆。

 あたれば勝ち、生き残る。

 しくじれば負け、死んでサヨナラ。


「おい!」


 変化のないエレルオと老人に、当事者よりも先に痺れをきらした観客からヤジが飛ぶ。

 曰く、やる気があるのか、と。

 他人の観客は、派手なサーカスを望む。

 だが殺しに、派手さはいらないのだ。

 むしろ地味な、確実な手段だけが求められる。

 観客がゴミを投げつける中、しかしやはりはためには動きがない。

 

 しかし──動きはあるのだ。

 

 エレルオは鹿の角のような大杖の、その角の先で老人を捉えようと試み続けたいた。

 誘導し、バランスを崩させ、無傷のまま相手の有効打を許さず、殺す。

 相打ちなど論外なのだから。

 手足を吹き飛ばされるのも大きな損失。

 生き残るだけでは不十分。

 エレルオは、そう考えていた。

 

 それは僅かな微動。

 されども老人はこの動きを見抜いている。

『即死しない位置とり』を気にかけていた。

 即死しなければ、後の先でエレルオを討てるからだ。

 だがまだ、討てずにいた。

 それゆえに今だ、エレルオも老人も、生きたま決闘場へ立ち続けた。

 精神力を削り追い詰めるのだ。

 持久戦からのたたみかけ……になるはずだった。

 だが現実は残酷だ。

 

 観客が投げたゴミが、老人を直撃する。

 それは石だった。

 握りこぶし程度の石くれ。

 そう、ただの、石ころ。

 されど頭に当たれば死ぬ。

 老人は……この石ころを防がざるを得なかった。

 年のせいだろう。

 若い者のように、潤沢な魔力と反射神経にモノをいわせたことはできなかったのだ。

 老人の一手が消費される。

 後の一撃が、襲った。


「──っ」


 当然、エレルオの後の先の一手。

 ポシュッ。

 そんな気の抜ける音。

 観客が石を投げ続ける。

 何がおきたのかも理解しないどころか、認識すらできていない。

 しかし老人の首から上は、不自然に変化していたのだ。

 ねじられたゴムのように皮膚が歪み、また弾性の限界で破断して血を流す。

 首の骨は完全に砕かれていた。

 目に見えない巨大な手のようなものが、老人の頭をひねり回したのだ。

 エレルオの魔法だった。

 老人の死。

 はためには、老人がわけもわからず首から血を僅かに流しているだけだった。

 首は一周して元の位置の正面に顔をむけている。

 決闘は、エレルオを勝者とした。


「……」


 が、しかし。

 派手な見世物を期待してやってきた観客からは大ブーイングだ。

 エレルオにゴミが飛ぶ。

 物言えぬ死体の老人へもゴミが飛ぶ。

 老人を決闘代行としてたてた相手は、敗死した老人を散々にいたぶったあと、去ってしまった。

 エレルオを代行にたてたものは、「よくやった」と満面の笑みを浮かべ、報奨をだして去っていく。

 観客もいつまでもぶーたれていられるほど暇でもなく、帰っていった。

 老人の死体は打ち捨てられたままだ。

 やがて鳥と野犬に食い散らかされるだろう。

 しかし、それは、あまりにむごい。


「帰ろう、ご老体」


 エレルオは、老人の体を背負う。

 決闘代行の仕事ではないが、代行がやる後始末の風習だ。

 ただ働きである。

 であるがしかし、決闘代行をやるようなやからは誰も拾わない無縁仏だけだ。


 決闘場を離れ。

 街を離れ。

 その先の、名も無き者の墓へたどり着く。

 エレルオの背中は、老人の流す血で染まりはてていた。

 荒れた土地が新鮮な血を飲む。 

 星の力が弱まり、寒く荒れた土地。

 土の表面には薄く氷が張り、草の一本にいたるまで緑は存在しない。

 ただ、氷と石と砂があるだけの土地。

 生命を奪い拒絶する土地。

 しかしこの土地は、新たな来訪者を『歓迎』していた。

 土を押しのけ、薄氷を割りあらわれた、それ。

 それはまず、手だった。

 骨だけのもの、肉の残るもの、腐敗が進んでいたりそうでなかったり。

 そんな、無数の手の正体は、この土地で沈む死体だ。


 飢えからの死体。

 喧嘩からの死体。

 処刑からの死体。

 事故からの死体。

 決闘からの死体。


 理由はともかく今は死体だ。

 ただ、ちょっと知能のざんしがあって動くだけだ。


「仲良くしろ。新しい友だ」


 エレルオは、ぶしつけに足首をつかんできた“手”をけりとばした。

 背負っていた老人の死体を地に沈める。

 またたくまに、死者の手によって飲み込まれていく、老人だったもの。

 しかし、無能か有能かでいえば無能な、死体の“手”どもは、かつての老人を引き裂きハラワタをぶちまけるような下品はしなかった。

 

「……」


 エレルオは“手”どもが老人だったものを氷の下、土の中へと引き込むのを見守っていた。

 生者よりも、死者のほうが扱いは優しいものだ。

 エレルオは噛み薬を一つ取り出し、口の中で転がす。

 塩甘い味が口の中に広がった。

 食べたものは何の薬か?

『魔法の代償』を緩和するための、薬。

 魔法の不相応な利用は、魂をどこか別の所へ忘れてしまうという伝承がある。

 伝承はともかくとして、過剰な魔法の利用は体に負担を強いる。

 対価を言葉とするのは難しい。

 心を、奪われてしまうのだ。

 その先の末路は、魔導師の誰もが恐れるものだ。

 だからこそ、多少とも代償を軽くすることを祈って薬を飲む。


 そもそも。

 魔法とはなんなのかわかっていない。

 長い進化樹の中で、ある日突然にあらわれ、生物の標準に『なってしまった』だけなのだ。

 魔法で作られた純魔法生物でない限り、魔法の利用は負担だった。

 生物の標準として組み込まれてしまった以上は、もはや、血反吐を吐こうとも捨てることはできない。

 それは肉食獣が牙を捨てること、草食獣が身を守る足を捨てるに等しい。

 捨てられるものではなかった。

 魔法を使えば自他を傷つけやすいのにも関わらずだ。


「ん?」


 死体が一つ、地の中から這いあがってきた。

 脂肪が蝋化した肉袋は知り合いのものだ。

 左の手首からヒジにかけてある刺青──奴隷の刺青。

 その死体の胸──ちょうど心臓の位置──がむさぼられている。

 あぁ、エレルオは知っているだろう。

 決闘で殺した女の一人だ。


「おぉ、シルラ。貴様、起き上がったのか」

「……」

「死んでも無口なのは変わらずか」


 エレルオが殺した女、シルラ。

 奴隷身分からの開放を賭け、決闘を挑み、そして敗死した女。

 シルラ以外にも死体はあるが、そのうち、エレルオが死体にしたものも少なくはない。

 もし死体に恨みという情緒あふれる感情があるならば、エレルオは憎悪を一身に浴び受けるだろう。

 決闘代行とは、そういうことだ。

 

 魔法で相手を殺し、自身も対価で身体に負担をかけ、その果てにあるものがこの墓には集積していた。

 大工が建てる家、画家の描く絵、作曲家の曲。

 それら創造主と作品の関係をエレルオに当てはめたのが、この墓場の一角。

 生むのではなく、傷つけ破壊した結果。


「どいつも元気そうで何よりだ」


 死体を相手に、元気、という不思議。


「……」


 エレルオに死者の声を聞く気はないし、聞く能力もない。

 目の前でひしめいているのは、物言わぬ肉袋でしかない。

 死者死体。

 

 決闘で殺した男も。

 決闘で殺した女も。

 決闘で殺した子供も。

 決闘で殺した獣も。


 数多く死体があるが、そのうちの、エレルオが決闘で殺したかたがた。

 殺しが『許される』仕事は少ない。

 決闘代行以外では、兵士、処刑人……このあたりくらいだろう。

 その中でもやはり、決闘代行は一つ特殊だ。

 公人ではなく、国に雇われるでもなく、完全な私人としてまま、人を殺せる権利をもつ。

 政府が公式に認可する『殺し屋』だ。

 魔法という神秘を利用するのは、暗い仕事。 

 だからこそエレルオは、おのれが決闘で殺めた物体をこの地へ運ぶ。

 死者へのとむらいか?

 確かに、決闘の敗者というのは、うち捨てられ、ゴミと同じ手段で処分される。

 

 死者に尊厳はない。

 尊厳とは生者にこそ与えられるものだからだ。

 絵描きの絵が、作者の死後に評価されようと意味がない。

 物質として残ったものから、絵描きを推測しているだけだ。

 絵を評価しながら、作者を『評価している気になっている』だけだ。

 死後ではもう、誰も彼もが忘れるのに。

 死者は、もうその評価を知らないのだ。

 それでも形を残せたものは良いとしよう。

 ならば『形』を残せぬものはどうなのか。

 形のない尊厳へすがろうとする。

 無価値の肉に、わずかな価値を与えたがる。

 

 エレルオも、その一人?

 いや、違う。

 決闘代行ゆえにだ。


「死後、肉体を離れた魂は純情報体として〈思考の海〉へ溶けていく。ならば、純情報体となった個人……」


 魂というものが肉体を動かすと仮定して、


「何も残されていないはずの死体を動かすのは何か」


 エレルオは知りたかっただけだ。

 そのうちにわかるかも知れない。

 死後の世界……存在していたはずの意識はどこに消えていくのか。

 死体には何が残るのか。


 決闘代行の未来は、何が残るのか。


 いつの間にか、エレルオが殺した老人が起き上がっていた。

 決闘代行は、決闘の瞬間、生と死、両方の性質の狭間にあり、そしてどちらかに傾く。

 己は今、生きているのか、死んでいるのか。

 対戦相手が死んだなら、相対的に生きているはずだ。

 しかしエレルオは不安、不安ゆえに死者の地へと身をゆだねていく。

  

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