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  作者: カナリア
二ノ章
7/20

「異変」

前話の選択肢aから続きます。

 玲は、その女性に声を掛けようか迷っていたが、結局は声を掛けることに決めた。なにせ、自分はこの屋敷、この場所について何も知らないのだから。何か情報が得られれば、それに越したことはないだろう。

「すみません...」

 あんまり大きな声でいきなり呼ぶのも野暮ったいので、小声で呼んでみた。返事はない。どうやら気づいてないらしい。

「すみませーん!」

 一呼吸置いて、今度は大きな声で呼んでみた。声は廊下の奥へと吸い込まれていった。さすがに届いたはずだろう。

 しかし、彼女は一切反応を見せなかった。

 今の声で聞こえないはずは無いのだが...

(耳が聞こえないのかな...?)

 多分、そうだろう。歩く度に床は軋んで、自分の居場所を周囲に知らせているようだったが、彼女はそれにも気づいていなかった。

 それならしょうがないと思い、玲は彼女へと歩み寄っていき、直接接触を試みることにした。

 徐々に彼女へと近づく。


 何か感じる「違和感」━━━


 何が変なのかはっきりとはわからない。ただ、何かが変だ。そこに間違いはない。

 でも、玲は止まらずに彼女の元へ歩み寄る。


 玲は手を伸ばす。


 そして、彼女の肩へ手が触れた。


 その時━━━


「キャッ!?」

 彼女は、さっき玲が板を踏み外した時のような悲鳴を上げ、床へと倒れ込んでしまった。

 いきなり肩へ触れられたものだから驚いたようだった。

 しかし、驚いたのは彼女だけではない。

 玲もその場で呆然と立ち尽くしていた。

 理由は、さっき肩に手が触れた()()の時だった。

 確かに、玲の手は彼女の肩に当たったはずだ。しかし、見間違えでなければ、その手は彼女の肩のをくぐり抜けていたように見えた。

 今さっき、手が「触れたはず」と言った。そう言った理由は、玲の手には何も感触がなかったからだ。まるで、空気でも撫でているかのような感じだった。

 玲はその女へと目線を移す。


 あぁ━━━そうか。


 あの「違和感」の正体がようやく分かった。

 それは、女の姿のせいだった。

 自分がふと、日上山で言った、「視力が悪くなった」というのは間違っていなかったのかもしれない。


 女の体に隠れて見えないはずの、後ろの床の木目が、その女の体から浮き出て見えていたのに今の今まで気づかなかったからだ。


 玲の額から冷や汗が流れる。

 体は、寒くもないのにガタガタと震え始める。


「逃げなければ」


 玲の思考が警鐘を鳴らしている。

 今すぐに逃げ出さなければ、と。

 しかし、玲の足は何故か動かない。

 いや、動かないというのは間違いかもしれない。

 言い直すとしたら、玲自身が足を動かそうとしていなかった。

 何か変な気もするが、まさにそんな感じなのだ。

 何故、動かそうとしないのか?


「その先のものを見なければいけない」


 屋敷に入る前からあった、この思考が逃げなければという思考を縛り付けているのだろう。

 やがて正気を取り戻したのか、倒れていた女が起き上がる。

 そして、こちらに振り返ろうとする。

(見たくない...)

 玲は目を閉じようとするが、足と同じように固まって、閉じることができない。その目には、恐怖、不安といった負の感情が入り混じった涙が浮かんでいる。

 だが、どうしても玲はその顔を見るしかなかった。そうでもしなきゃ、体が動きそうになかった。


 そして、女の体がゆっくりとこちらを向く。


「誰か...いるの...?」


 振り向いた女の顔━━━そこに生気はなく、どの感情とも言えない表情をしていた。目や口、そして首元からは真っ赤なものが流れ彼女の服を真紅に染めていた。

 一目見て誰もが理解出来るだろう。


 そいつは人じゃない。


 ・

 ・

 ・


 ようやく玲は逃げ出すことができた。

 必死に廊下を転がるように走りながら、とにかく玄関に向かって逃げた。

 玲の頭の中はパニック状態に陥っていた。

 色々と考えたいこともあった。

 さっきの女の声、あの声は耳からではなく、何だか直接頭の中で聞こえるような感じがした。それが何故なのか、普段の玲なら考え込んでいただろうが、今そんなことする余裕がなかった。

 とにかく、逃げなければ。

 玄関を飛び出し、庭園に出た。

 しかし、足を止めず玲は走り続ける。

 とにかく、遠く、遠くへ。

 その時、突然玲の体が地面へ叩き付けられた。

 また、あの橋だ。板の抜け落ちていることなんかすっかり忘れていた。

 倒れ込んだ時に、板の角が丁度脛の辺りに当たってしまい酷く痛む。ただ、またしても幸運なことに池には落ちなかった。

 叩き付けられた衝撃と痛みで玲は少し正気に戻る。そこであの女が追ってきていないか振り返って確認する。

 ・

 ・

 ・

「あの女」は来ていなかった。確かにだ。

 しかし、何故か玲の目には人の形が映り込んでいる。それも一つじゃない。庭園を埋め尽くさんばかりだった。

 その姿は、どれも斎服の様なものに、黒の冠を被っていた。ただ、服装こそ違えど、あの女との共通点があった。

 それは、生気が感じられなかったことだ。

 玲はまた、徐々にパニックになりつつある頭で何とか一つ理解することが出来た。


「やつら」も、あの女と同じだ。


 痛む足を無理やり動かし、体を起こす。

 玲は再び走り出す。

 屋敷を飛び出て、村の方へと向かう。

 一体、自分に何が起きているのか。

 訳が分からなかった。

 しかし、逃げた方が良いことだけは分かっている。

 呼吸は乱れ、足も痛みと疲れでおぼついている。

 こんなに全力で走ったのはいつ振りだろう。胸が苦しい。心臓が破裂しそうだ。

 しかし、構わず玲は必死に走り続ける。

 追いつかれれば、待っているのは間違いなく━━━

 それを考えるよりも早く、玲は何とか村の方まで逃げることができた。


 しかし、恐怖が終わることは無かった。


 村が見え始めた時、村の至るところから、赤い光が上がっていた。

 どうやら、松明か何かの炎らしい。

「どうして...?」

 村に人はいなかったはずだ。

 玲は足を引き摺りながら炎へと近づく。

 すると、その松明を持っている人々の姿が見えた。

 助かった。

 普通ならそう思うはずだ。

 しかし、玲はそう思わなかった。


 まただ━━━


 始めて見る人達とは思えない程、玲はその顔に見覚えがあった。


「やつら」の顔だ━━━


 半ば諦めた気で、玲は村の真ん中を駆け抜けていった。

 この調子じゃ、もう自分も長くは動けない。迂回してもどうせ捕まるだろう。

 玲は最初に入ってきた、村の入り口を真っ直ぐに見つめた。それ以外の景色が視界に映らないように。

 ボロボロの体と心に必死に鞭打ち、何とか足を動かす。

 そこら中から呻くような音が頭の中に聞こえる。

 もうダメかもしれない。不安が押し寄せる。


 だが不思議なことに、玲は捕まらずに入り口まで帰還することができた。

 何が起きたのかは分からなかった。

 後ろを振り返ってみる。

「やつら」は、どうやら玲には全く構っていなかったようだった。皆、屋敷のある方へと歩いて行ってる。松明を持ち、列を成した状態で。

 松明の光が一直線に並びふわふわと漂う。

 その景色は幻想的だった。こんな状況でなければもっと感動していたことだろう。

 その景色もほどほどに、玲は山道を引き返す。

 もうこの村には用はない。そう自分に言い聞かせて。


 ・

 ・

 ・


 玲は掲示板のある所まで戻ってきた。

 だが、結局帰り道の当てはなかった。

 相変わらず、どこから来たのか分からなかったし、目印も見当たらない。日も昇っていない。

 結局、この村に来たところで、状況は一つも好転しなかった。

 やっぱり、このまま私もこの山奥で「やつら」と同じ姿に成り下がってしまうのだろうか。

 そう思った途端に、玲の中に恐ろしい程の不安と後悔が襲ってきた。

 玲は、両膝からガックリと崩れ落ち、その場に蹲る。

「ごめん...なさい...」

 震えた声で、繰り返し呟く。

 誰にも届くはずがないのに━━━

 地面には、涙が零れ落ちる。


 私は嘘を言って家を飛び出した、何も知らない望を一人置いて...

 最低な人間だ、自分は。

 自分で行動しておいて、自分で何も責任を取らず後悔している。こんな最低な人を望は許してくれるだろうか。

(ごめん...)

 もう声にも出なかった。

 そのまま、玲は目を閉じる。


 終わりにしよう。


 ・

 ・

 ・


 ・・・ーん


 気のせいか。


「・・・さーん!」


 いや、違う。

 声だ。

 確かに声が聞こえた。

 その声は、途切れず定期的に聞こえてくる。

「待って...」

 玲は体を起こし上げる。

 そして、声の聞こえた方を確認し、ゆっくりと歩き出した。

 さっきまで、あれだけ走ることが出来ていたのに、何故かうまく体が動かない。

 歩き方、あるいは逃げ方を忘れてしまったようだった。

 体も冷えて、口から白い吐息が漏れる。

 しかし、玲は真っ直ぐに道を歩む。

「れいさーん!」

「おーい!」

 声は段々と近くなってくる。自分を呼んでいるとはっきり分かるほどに。

 その声は、さっきの女の声と違い、しっかりと耳から聞こえてくる。

 はぁはぁと息が荒くなる。

 もうすぐ、もうすぐだ。


 視界が開けてくる。


 玲は広場に出た。あの五合目広場だ。

 玲は周りを見渡す。

 そして、二つの人影を見つける。

 その影も自分を見つけたのか、こっちへと向かってくる。

「大丈夫か!?」

 男の声が聞こえる。

 玲は、一瞬呼吸が止まるような恐怖に襲われた。もう人影が全てトラウマになっているようだった。

 玲の体から力が抜けていく。

「おい、大丈夫か!?」

 男が玲の体を地面に倒れる直前で抱え込む。


 男の腕は、確かに玲の体を受け止めていた。


 暖かい...


 ああ、「人間」の体というのはこんなにも暖かかったのか。玲はその温もりから、その人が「やつら」とは違うことに気づき安堵した。

 足音が聞こえてくる。

 男の後ろから、少女の姿が見える。

 男や少女が何か言っているような気がした。

 でも、その言葉は玲に届いていなかった。


「生きて帰ることができた。」


 その安心からか、今までギッチリと張られていた糸が、ぷっつりと切れてしまった。

 そのまま、男の腕で、玲の意識は深い場所へと落ちていった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回で二章が終了しました。

今まではあまりなかったホラー分が強くなってきます。

是非、今後の連載も読んで頂けると嬉しいです。


後書きも最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

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