「覚悟」
前回の選択肢bから続きます。
玲は震える手で、何とか番号を押す。
着信音が何度も虚しく鳴る。
(お願い...出て...)
もう頼みの綱は一人しか居ない。
受話器に力が入る。
ガチャ...
繋がった。
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「もしもし。」
「真司!?」
「ん...その声は玲か。こんな時間にどうした?」
「お願い...望を...」
不安からか、真司と話せた安心からか、急に涙が流れ始める。声も掠れてまともに話せたものじゃない。
「どうした急に?望に何かあったのか?」
「わから...ない...でも...夢で...」
「夢?」
「夢で望が...山から落ちて...それで...あの...」
頭も回らなくなっている。パニックになってきているようだ。
「わかったから落ち着け!とにかく夢で望が危険な状態になったのを見たってことなんだな!?」
「うん...ご...ごめん...なさい...」
引き攣った、しゃっくり混じりの声でこれはただ事ではないと真司も理解していた。
「お前が謝ることじゃないだろ。」
落ち着いた声で真司が話す。ここで自分までパニックになる訳にはいかない。
一旦、深呼吸をする。
「山ってのは日上山で合ってるよな?」
「うん...」
「よし、わかった。俺が向かってみる。」
「ダメ、向かっちゃ!!」
「は?」
急にさっきまでの声と全く違う強いトーンで玲が話してきて、真司は唖然とする。
「真司までいなくなったら...私...もう...」
そしてまた、さっきまでの涙声に戻った。ここまで情緒不安定になっている玲は真司も見たことが無い。
多分、ここまで山に向かった人が殆ど危険な目にあっていることから、自分が向かったらまた危険な目にあうかも、と怖くなっているのだろう。
「大丈夫、大丈夫だ。」
「でも...」
「だって、俺が助けなかったら誰も助けられないだろ?」
「...」
玲は黙り込んでしまう。警察という手もあったがどうせ、夢のことなら信憑性に欠けるとか言って、ろくにつきあってはくれないだろう。
それなら、自分が先に山に向かった方が手っ取り早い。
「任せろ、俺に。俺が今までお前から離れたことがあったか?」
真司はいつも玲の傍についていてあげた。学校でのことがあっても、真司は変わらずに玲の味方だった。いつでもそうだった。
「...なかった。」
「それなら俺はいなくならないことぐらい、馬鹿なお前でも分かるだろ?」
少し笑いながらの声に、
「...馬鹿は余計よ。」
玲も少し笑ったような声で答えた。
「よし、それなら決まりだ。俺は急いで向かってみる。」
「本当に気を付けて...」
玲は、あのことがよっぽどトラウマになっているらしい。自分の身内まで巻き込まれたとなったら、平気でいられる方がおかしいかもしれないが。
「あぁ、わかってる。お前も大分色々と疲れたろ。ゆっくり休んどけ。せっかく調べ物もしてやってるのにぶっ倒れたら困るからな。」
「わかった。そうするわ。」
「じゃあ、お休み。」
「...お休み。」
玲は受話器を置く。
色々な不安がまた頭をよぎってしまう。
しかし、頭を振ってその不安を振りほどく。
大丈夫、そう言い聞かせる。
あんな普通の話が、最後の会話になるはずがない。
そうに決まっている。
真司は嘘はつかない人間だ。大丈夫、大丈夫。
そうして玲はゆっくりと病室に戻っていった。
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「ふぅ...」
真司はどかっ、とソファに腰を落とす。
また被害が出たか...
真司は内心、酷く怯えていた。
なにせ、身近な人達が次々とあの山に取り込まれていっているのだから。
さっきはあんな自信満々に言っていたが、色々な人が失踪しているのも事実だ。自分には起こらないなんて保証はどこにもない。
もしかしたら、次は自分か...そんなことばかり考えてしまう。
(ダメだダメだ...)
顔を叩いて、気持ちをリセットする。
自分までダメになったら、もうお終いだ。こんな気持ちで玲に会いに行ったら、あいつがどんなことになるか、想像したくもない。
強くいよう。
とにかく俺だけは強くなければ。
今までの不安を押しつぶすように、小さな鞄に荷物を詰めていく。昨日買った懐中電灯、取材ノート、筆箱、エンジンキー...
ふとエンジンキーに付けられたキーホルダーに目が行く。
これは、小学校の卒業式の時に玲がくれたものだった。額縁の形をしていて、中には一枚の写真が入っている。
その写真は、何処かで撮った二人の写真だ。二人とも、今やったら似合わないような眩しい笑顔だ。
「懐かしいな...」
思えば学校にいた頃は、よく二人で遊んだものだ。他の奴らは自分が玲と遊ぶことを不思議がっていたが、自分はただ、玲の昔からの親友として遊んでいた。
何故だかは分からなかったが、今思えば、彼女が今にも消えてしまいそうだったからのように思えた。
玲が学校に登校しなくなる直前、彼女はまるで生気が無かった。生きる目的も意味も、全て失くしてしまっていたようだった。
その時、自分が何を思っていたかは思い出せない。でも、その後再び登校するようになった時、自分が守らなければ、という強い使命を抱いていたことは覚えている。
また...あの頃に戻れたら...俺は一体何を思うんだろう...
荷物も詰め終え、玄関に向かう。
靴を履き、紐を結び直し、立ち上がる。
(もう、後戻りはできないな...)
覚悟を決め、真司は重い扉を開ける。
真司を護るためか、山への侵入を拒む為か、外には冷たい雨が降っていた。




