「病室」
どうして
どうして、自分は真っ赤な金槌と包丁を握っているのだろう。
どうして、周りの人は悲鳴を上げているのだろう。
そう思いながら、また自分は目の前に座り込んでいる人の首に刃を入れる。
赤い飛沫が舞う。
これが、血飛沫か。初めて見た。
何故か笑いがこみ上げてくる。自分の声とは思えないほど、気持ち悪い甲高い声だった。
逃げる人を切る、殴る、切る、殴る。
それでまた自分は笑いを上げる。
どうして、笑ってしまうのだろう。
何が楽しくてこんな事をしているのだろう。
しかし手を緩めることなく、また人を追いかける。
また、一人の人を捉えた。
あれ━━━
あれは━━━自分?━━━
目の前で自分が崩れ落ちて、悲鳴を上げている。
やだ
やめて
その人は殺しちゃだめ
意思に反して、包丁を振り下ろす。
悲鳴が上がる。
「キャァァァァ
・
・
・
・・・ァァァァァアアア!!」
自分の声に驚いて飛び起きた。
急いで自分の体を確認する。
良かった、切れてない。
安堵するが、心臓の鼓動はまだ高鳴ったままだ。寝汗もシーツに染みが付くほどに酷く流れ出ていた。
一体、今のは何だったのか。
夢、だったのだろうか...
深呼吸して鼓動を整えてから、周りを見渡す。
ここは、何処だ?
自分は真っ白なベッドで寝ていた。
しかし、こんなベッド、家には無かったはずだ。
目の前はカーテンの様なもので遮られていた。
そのカーテンを開く。
すると、周りにも同じようなカーテンとベッドが4つほど並べられていた。
その光景は見覚えがあった。
ここはどうやら、病院らしい。
周りのベッドには誰も寝ておらず、どうやら自分一人のようだ。
でも、自分は何故病院にいる?
色々疑問がありすぎて、頭の中が混乱してきた。
とにかく、ベッドから降りてみようとする。
「痛っ!」
足が地面についた瞬間、激痛が走った。
そういえば、私はあの時、橋で転んで...怪我をしたんだっけ。
あの後、とにかく逃げて...逃げて...
何をしたんだっけ...
その先の記憶が全くない。
必死に思い浮かべても、どうしても空白が埋まらない。
頭を抱えていた、そんな時だった。
部屋の扉の方から、足音が迫ってくる。
そして、勢いよく扉が開いた。
「どうされました!?」
息を切らした看護婦が扉の向こうに立っていた。
「いえ、何でもないです...ちょっと嫌な夢を見てしまって...」
「特に体に気になる所はありませんか!?」
「はい、大丈夫です...申し訳ございません...」
「良かった〜、急に悲鳴が聞こえたからビックリしましたよ〜...」
看護婦が胸をなでおろす。
「また何かあったら言ってくださいね。」
「分かりました。」
そうして看護婦は部屋を出ていった。
ふぅ〜、と一息つく。
それにしても、あの時自分は一体何をしていて、どのようにして病院まで来たのだろう?
この足で、あの山からこんな所まで来れるはずがない。
そんな推理癖が戻ってきた頃、また扉が開いた。
「失礼しまーす。」
「あ...」
扉の向こうには男女の姿があった。
「あ、玲さん!起きてましたか。」
どうやら、望がお見舞いに来てくれたようだ。しかし、玲の視線は望ではなく、その奥の男の方に向いていた。
誰だ、あの人...
あ、あの顔は、まさか...
「あんた...もしかして真司!?」
「お、起きてたか。」
最近会っていなかったが、その顔を忘れてはいない。
「どうして、真司が...というか望も私がここに居ることどうして分かったの?」
「どうしたもこうしたも、真司さんがここまで送ってくれたんですよ。」
「ええー!?あんたが!?」
ひっくり返った声で玲が叫ぶ。
「そうだぞ、感謝してくれよ。」
真司が胸の前で腕を組む。
いけない、また頭がごちゃごちゃになってきた。
私は他の誰とも出かけていなかったはずだ...
でも、望は真司が連れてきたと言っている...
とにかく、もう一度あの時を思い出せ...
あの時、逃げた後...
村から出た、それで...
あ、そういえば五合目広場にいつの間にか出ていた気がする。
そこで、誰かいて...
あ、
もしかしてその人が望と真司か?
「いやー、あの時望さんが思い出していなかったら、多分死んでたかもな。」
「もう、あまり不吉なこと言わないでください!」
「ああ、ごめんなさい。いつもの癖で。」
二人は他愛もない掛け合いをしている。
「望が私の場所に気づいたの?」
「ああ、あの山の時のこと思い出してくれて、それで山に向かったら見事予想的中だったんだ。だから望さんにもしっかり感謝しろよ。」
もちろん感謝しようと思った。
でも、その前にどうしても言わなければいけないことがあった。望ならあまり気にしたりはしないだろうが、謝らなければ自分の気が済まなかった。
「望...その...嘘ついてしまって本当にごめんなさい...」
「え?」
思いもしてない返答だったらしく、望は首を傾げる。
「あの...友達と会うとか嘘ついていたけど
、そのせいで余計な心配させたんじゃないかと思って...」
「ふふ、何だか玲さんらしくないですね。」
口に手を当てて、望は笑っている。
「もういいんですよ、過ぎたことは。玲さんも無事に帰ってきたんだし、問題は無いですよ。」
「そう...ありがとうね。」
「あ、でも、これからどこか行く時は必ず場所はちゃんと言ってくださいね!」
「承知しました。」
頭をペコッと下げる。
「それよりも玲さん、足の具合はどうですか。」
望が玲の足を見ながら聞いてきた。
「え?あ、あぁ、歩こうとしたらかなり痛むわよ。」
「やっぱり...あの時酷かったんですからね...無理しないでくださいよ。」
「えぇ、わかってるわ。」
「でも、そんな足でよく広場まで歩いてこれたよな。大丈夫だったのか?」
やっぱり━━━私は広場に出て、そこで望達に見つけてもらったんだ。
「おーい、聞いてますかー?」
「え?あぁ、ごめんなさい!ついついボーッとしてて。」
「全く...何を考えているんだか。玲は変わらないなぁー。」
「悪かったわね。」
「別に貶してはいない。」
「え?」
「いや、何でも。それよりも、どうして広場まで来れたんだ?」
「えっと、何でかは分からない...けど、とにかく必死に走ってたことだけは覚えてる。」
ふーん、と真司が言う。
「玲さん、やっぱり何かに追われてたんですか?」
不安そうな表情をした望が尋ねる。
「えぇ...あまり思い出したくないわ...」
「そうか、わかった。」
すると、真司が持ってきたカバンをベッドの近くのテーブルに置く。
「そういや、ここに来たのはお見舞いのためだけじゃないんだ。」
そうして、カバンの中身をテーブルに広げる。
「これは?」
「君に頼まれてた資料だよ。」
「随分早く探せたのね。」
「これでも顔は利く方だからね。それ関係の詳しい人に集めてもらったんだ。」
腕は鈍ってないな、そう玲は思った。
「ところで玲さん、今回の小説の題材って何なんですか?」
「えーとね、それは...」
そこまで口にした時、ふと玲の言葉が止まる。
あれ、そういえば今回の題材って...
頭にその題材が浮かんでいるが、あることに気づいてしまった。
(まさか...気のせいよね...)
気にしないようにしよう、そう思った時、
「玲、もしかして気づいちゃった?」
真司がその思考を遮るように割り込んできた。
その言葉で、全て理解してしまった。
「嘘...よね...?」
「そのまさかなんだ...」
玲と真司、二人の表情は深刻になっていた。
「どうされました?」
その言葉に応えたのは真司の方だった。
真司は今回の小説の題材について語ってくれた。
玲が書こうとした小説の題材、それは━━━
「かつて存在した村の儀式」
と、いうものだった。
別に題材が特別なものだとかそういうことではなかった。普通に和風ホラーな物語にしようとしていたからだ。
「問題なのが、今回見つけた資料なんだ。」
そう言いながら、真司は広がっていた資料を手にかける。
「望さんが、玲が日上山に行ったかもと言った時は凄く驚いたよ。なにせ...」
資料の1枚を玲に差し出す。
「今回見つけた村が、その日上山の奥地にあるって噂の村だったんだから。」
恐る恐るその資料に目を通す。
どうやら新聞の一部分のようだった。
その時、大見出しに目が止まる。
『神門村大量失踪』
玲の背筋が凍った。
今回、看護婦という単語を使いましたが、時代設定を少し昔にしているためこの単語を使わせて頂きました。




