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  作者: カナリア
三ノ章
10/20

「闇」

 夜の日上山の山道は、昼間の時とは全く違う場所のように思えた。

 道の先が見えるかどうか、たったそれだけの違いだけでも、人の恐怖心を煽るには充分な要因となった。

「夜の山道なんて、小学校の肝試し以来ですよ...」

 そう言う真司の声は震えている。

「怖いものの定番ですもんね...」

 それ以上に望の声は震えていた。

 闇の中からか、草木の影からか、何かが出てきても全くおかしくない状況に、望は心底怯えていた。

 望は自然と両手で真司の片腕を掴んでいたが、真司は全くそのことには構っていなかった。いや、構う余裕がなかった。

「全く、わざわざこんな夜中に行かなくても...」

 真司の言う通りだと望は思う。

 そんなに急いで調べたいことだったのだろうか?いくら調べたがりだとしても、普通ならこんな夜中に出かけることはないはずだ。

 何か夜中に出かける理由━━━それを考えようとした、その時だった。

「ん...?」

 真司が何かに気づいたようだった。

「どうしました?」

「いや、一瞬人影が見えたような...」

 そういいながら、真司は山道の上の方を指差す。

 しかし、それは人影ではないはずだ。

 こんな暗闇の奥深くにいる人物の影なんて、見えるはずがないからだ。

「多分、気のせいじゃないですか?」

「あぁ、そうだったかもしれない...」

 何だか嫌な予感がした。

 気のせいであってほしいと望は願う。

 ・

 ・

 ・

「よし、無事に着いたな。」

 二人は何とか五合目広場まで辿り着いた。

「さーて、ここからどうしようかな?」

「玲さんがいた手掛かりなんてありませんかね?」

「うーん、一応探してみるがあまり期待は出来ないかな...」

 実は、真司達は明かりになるものを一切持ってきていなかった。月明かりだけでは、何かを見つけるのは困難だろう。

 しばらく辺りを捜索したが、案の定目立ったものは何も見つからなかった。

 玲を探そうにも手掛かりが無ければ何も行動が起こせない。

 一体どうしたものか、困り果てていた時だった。

「静かにっ!」

 真司がいきなり大声を出す。

 望は慌てて、息を殺す。

 微かにだが、物音がする。

 その音には二人共聞き覚えがある。


 鈴の音━━━玲がいつも付けている髪飾りの音だった。


 音はあまり大きくはなかったが、それでも玲のいる手掛かりとしては充分、いやほぼ確信に近いものだった。

「玲さーん!」

「おーい!」

 二人は声を張り上げる。

 あの鈴の音が聞こえる距離だ、きっと近くにいるはず━━━


 それからしばらくした時だった。

 奥の林の方から何かがこちらに向かってくる。

 光だ。白い光がこっちへと向かってくる。

 まさか、「あれ」が出た?

 思わず逃走しかけたが、近くまで来た時にそれが「あれ」ではないと気づいた。

 懐中電灯の光━━━

「玲さん!?」

 玲だった。望がいち早く気づく。

 しかし、その姿は酷い有様だった。

 衣服は所々破け、土や埃で汚れ、ズボンの一部分は赤い色、おそらく血が染みており、見るに耐えないものだった。

「大丈夫か!?」

 向こうもこちらを視認できたようだった。

 しかし、急に玲が膝から崩れ落ちた。

「おい、大丈夫か!?」

 真司が急いで駆け寄って、玲の体を支える。

 真司は声を掛けて反応を伺ったが、どうやら気を失っているらしく、目を閉じたまま動かなかった。

(一体何があったんだ...?)

 山道から転げ落ちたのかと真司は思ったが、何だか腑に落ちない。

 あの怯えた表情は一体何だったのか...玲は何かを見たのか...

「早く...」

 急に望が声を出す。

「早く逃げましょう!」

 その声は荒くなっている。

 望も、さっきの玲の様な怯えた表情になっている。

「逃げるって、一体何から?」

「それを喋る暇は無いです!早く!!」

 真司は望に言われるがまま、玲を背負って急いで山を駆け下りた。

 ・

 ・

 ・

 望は玲の後ろから何かが迫ってきているのを感じていた。

 それは何とも名状しがたい禍々しいものだった。悲しみ、怨み、苦しみ、絶望といった負の感情が激しく混ざり合った、深い深い人間の闇、「生きている闇」という感じだった。

 それが今まさに真司達を捉えようとしていた。

 それがこちらに何をするのかは当然、皆目見当もつかない。

 ただ、本能的に危険だとわかった。

 見つかればただでは済まないだろう。

 玲━━━きっと彼女も追跡されていたのだろう。

 早く逃げよう。真司はまだ気づいていないらしい。

「早く...」

 言葉が詰まる。恐怖で固まって、上手く声が作れない。

 爪を立てたまま、強く手を握る。手から感じるその痛みで、必死に恐怖を紛らわせる。

「早く逃げましょう!」

 何とか声に出来た。

「逃げるって、一体何から?」

 真司が当たり前な質問をする。しかし、そんなこと、流暢に喋る時間なんて無い。

「それを喋る暇は無いです!早く!!」

 怒ったような口調になってしまった。

 しかし、真司は何とか納得してくれたようで、玲を背負って山道を降り始めた。

 望も続いて山道を急いで降りる。


「望...」


 急に声が聞こえる。

「えっ...」

 思わず立ち止まる。

 しかし、周りには誰もいない。

 望は気にせずに再び駆け始めた。


 ・

 ・

 ・


 車内には重い空気が立ち込めていた。

 何か話したいが、どこか喋りにくかった。

 先にその空気を破ったのは望だった。

「あの...先程は急に怒ったように言ってしまい、すみませんでした...」

 俯いたまま話す。

「あ、いやぁ、全然問題ないよ!」

 我に返ったように、真司が慌てて応える。

「むしろ、自分達のことを助けてもらったようで、感謝してるよ。」

「それなら、いいんですが...」

「それよりも、少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「何でしょう?」

 赤信号で車が止まるのを計って、真司が続ける。

「あそこでまた何か見たのかい?」

「はい...一応は。」

「というと?」

「何だか、姿がないと言うか、ハッキリとしたものが分からないので、何かと言われると答えられないんです...」

 多分、感情がどうだとか言っても、理解しては貰えないだろう。そう思い、望はぼんやりとした答えで誤魔化した。

「そっか...」

 真司は真っ直ぐ前を見つめる。

「多分、それは僕達みたいな人には理解出来ないものなんだろうね。」

 うっ、と声を出しそうになる。やっぱり、この人には何でも分かってしまうらしい。流石、玲さんの担当だな、と望は思った。

 でも、この人は私達の手助けをしてくれた。別に悪い人ではなさそうだ。

 この人は信用しよう。

 これからは、この人には隠し事はしないようにしようと決めた。

「正直に言うと、真司さんの言ってるとおりなんです...」

 真司が一瞬、望の方を向くが、また前を見つめる。

「急にこんなこと言うのも可笑しいと分かっているのですが...」

 隠し事はしない━━━そう決めた。

「私、多分世間で言われている『霊感』があるんです。」

「予想通りだよ。」

 その真司の声の調子は、玲の家の時の声に似ていた。

 でもそう言った直後、自分が言ったことに真司が気づき、

「あ...すみません!ついつい変な口調になってしまいました...」

 今度は真司が俯く番になった。

 今まで頼りがいのあった真司が、急に縮こまったのが少し面白くて、望はクスクスと笑った。

「え...」

「いや、何でもないです。別に真司さんのことも悪く思ってないですよ。」

「なら良かったです...」

「でも、真司さん、分かっていたんですか?」

「うーん、なんとなくだったけどね。」

「私、子供の頃からあったんですけど、誰にも理解してもらえなくて...玲さんにも言わないでいたんです...」

 確かに━━━普通の人に「自分には霊感がある」と言っても笑われてしまうだろう。実際、真司はオカルト系雑誌の仕事で霊感のあるという人にインタビューをしていたこともあったが、その殆どの人が霊感を持っていることを隠し通して生きていると言っていた。どうせ言っても馬鹿にされるだけだ、皆そう思っているらしい。

 真司も霊感は持っていない。でも、その関係の仕事に携わる内に、本当に『霊』がいても不思議ではないんじゃないかと、思うようになっていた。

 その為、真司は霊感持ちを自称する人に対して、ある程度理解のある人になっていた。

「別に、恥じることではないと思うけどね。実際にこうして見えている人がいるんだから、僕は信じているよ。」

 望はその言葉を聞いた時、始めて自分を理解してくれる人ができたと思った。玲にもあまり理解してもらえなかったが、この人だけは分かってくれる、その事が本当に嬉しかった。

「さあ、もうすぐ家に着くから、今日はゆっくり休んでください。」

「はい、今日はありがとうございました!」

「いえいえ、玲さんのこと、よろしく頼むよ。」

「任せてください!」


 こうして二人の長い夜が終わった。


 恐怖の始まりに過ぎなかった━━━

 そんな事に全く気づくことなく━━━

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