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08『捜し物はなんですか?』




 ――ティルテイア市内



「……冷静に考えて、さ」


 燃え盛るような赤髪を空に靡かせながら、少女はぽつりと口にした。

 目の前にはガーゴイル族の魔族。弩さながら彼女に向けて突っ込んでくる彼らを、自律誘導魔導で羽虫のように落としながら彼女は周囲を見渡す。


 眼下に広がるのは、ところどころに火の赤が揺れるティルテイアの町。

 城下だろうと城壁付近だろうとメインストリートだろうと、満遍なくばらまかれた焔に差異はなく、魔族たちがどの方角でもなく"空中"から現れたことを如実に示していた。


「"このくらいの背"の女の子って該当条件広すぎるのよ!!」


 アレイアよりは少し低い程度だろうか。

 それで、年頃というからにはだいたいアレイアと同い年か、その上下二、三歳くらいが妥当だと思われる。……条件としてはそれだけで、その要項に引っかかる少女などこの大きな町には幾らでも存在した。


「あーもう! なんかないの!? ヒントくらい残していきなさいよ!」


 襲い来る飛行魔族を、竜種だろうと悪魔族だろうと問答無用で撃墜しながら彼女は頭を抱えて怒鳴る。その一体一体が、この街の衛兵三十人でかかってもなお厳しい相手であることなどまるで彼女には関係がなかった。


 線香に群がる蚊を一網打尽にするかのような勢いで、放ったレーザーが十数の魔族を纏めて灼く。それなりに気分がいいが、肉が焦げ付きながら焼ける匂いというのはあまりいいものではない。皮を剥ぐ呪文でも開発しようかと考えるアレイアだが、それが古代呪法という魔族の魔導に該当するものだと彼女は知らない。


「……そういえば」


 少し、思考を整理する。


 夜闇に紛れて、その深紅の髪とフレアドレスを華麗に舞わせて魔導を放ち、逃げ惑う魔族たちを次々に背中から焼き殺しながら。


「あれだけの使い手がわざわざ外にでて探してるってことは、どこかに引きこもってるってわけでもなさそうね。今"動いてる"女の子に絞りましょうか。……で、そこそこに腕が立つはず。魔導でも武術でもいいから、訓練された身体を持つ女の子。……数人ね。身長が適合するのはそのうち三人。……これ以上は無理か。あとは手あたり次第に探しましょう」


 検索完了。

 補助魔導を使用している間にも魔族たちによる急襲攻撃は続いていたが、何れも虫を払うがごとく撃退していたアレイアはそのまま一度高く飛翔すると、ゆっくりと旋回。

 そのまま、一つ目の目的地に向かって航行を開始した。


 弾丸宜しく、己の放つ魔導と同速で機動する彼女に追いつけるような存在はこの場には居ない。魔界四天王でも来ていれば話は別だったろうが、今回は彼らの姿もない。


「末端の指揮官の暴走、或いは上層部の傲慢。ま、いずれにしてもあたしにかかれば全員火だるまなんだけど」


 些細なことね、とその思考を放り投げ、アレイアは裏路地に突っ込んでいく。


 周囲を軽く索敵した結果、こちらに向かって駆けてくる一団があることに気が付いた。

 数秒後、この路地を曲がってアレイアの方にやってくることだろう。

 魔族にしてはやたらと魔素のパラメータが低いので、おそらくは逃げ惑う人間。

 固まっているということは、まとめてカモにされているのか……それとも誰かに逃がしてもらったのか。


 その辺りの判別はアレイアには付かなかったけれども、だからといってどうこうない。

 魔族に狙われている人間が居るのなら、その大本を断つまで。わざわざ匿う理由もないし、追っている方を叩くだけ。


 三、二、一、今。


 彼女のカウントダウンと全く同じタイミングで、ぎゃーぎゃーと悲鳴を上げながら押し合い圧し合い狭い路地を我先にと逃げてきた集団があった。合計十数人といったところだろうか。

 アレイアは轢かれないよう軽く上昇し、最後尾にいた男を軽く魔導で拾い上げる。


「わ、ぎゃあ!! ひい!! 助けてくれええ!!」

「助けてやったのよ。何、向こうに魔族でもいたの?」

「ま、魔族じゃ、ない……?」

「人間よ。悪い?」

「あ、いや、その」

「それよりさっさと答えてくれない? あたし暇じゃないの。魔族に誘導でもされたんなら、あんたら後で纏めて縊り殺されるけど?」

「ち、違う!! あ、あっちで、女の子が、この場は任せて先にいけって」

「……はあ? あんた"女の子"なんて年頃の子を盾にして逃げてきたんだ?」

「し、仕方ないだろ! こっちは戦い方なんて知らずに今まで生きてきたんだ! それにあの子、帝国書院の書陵部だって言っていたし、プロなんだろ!?」

「帝国書院書陵部。……へえ、なるほど、つじつまが合うじゃない」


 思い返せばあの青年、確かに見覚えのある制服を着ていた気がしないでもない。

 少しアンナの知る帝国書院の制服とは雰囲気が違った気がするが――そういえばパーティで遭遇したいけ好かない魔導司書の上下と似ていた。


 あの青年は魔導司書か。


 そう考えると合点がいく。

 天下の帝国書院書陵部とはいえ、ヒラの人間に自分の魔導が躱されたとなっては彼女のプライドはずたずただ。しかしそれが魔導司書なのであれば――あとで報復すれば気が済むというもの。


「ふふ。もう行っていいわ」

「ひぇ!? 助けてくれるわけじゃないのか!?」

「魔族を粗方片付けたら、あんたを助けたことにもなるでしょう? なんであんた一人のためにこのあたしが時間を割かなきゃならないのよ。馬鹿?」

「そ、そんな」

「じゃあね」


 待ってくれえ!! と叫ぶ男を残して、アレイアは再度飛翔した。

 男にとっては災難だろうが、このアレイア・フォン・ガリューシアという少女はそういう人間だ。自分の好きなように行動する。自分の好きなように生きる。

 たまたま目端に入っただけの人間のためになど、何かをしてやろうと思いもしない。


 だからこそ、帰郷を禁じられた対魔決起集会のせいで余計にフラストレーションがたまっていたのだが。


 路地を抜け、検索魔導に引っかかった少女を探す。

 この辺りに居るはずだとアタリを付けてからまだ数分も経っていないのだ、そう遠くには行っていないだろう。それに、彼らを守るために自ら囮を買って出たというのならなおのことだ。


「……っと」


 この路地を曲がった場所が少し開けている。家の一つでも取り潰したのだろうか。

 そして、強烈な魔族の気配と、人――にしては少し訓練された者の気配。そして――


 アレイアはそのまま路地に突っ込んだ。



 





















 ――ティルテイア路地裏



 アレイアと時を同じくして、アイゼンハルトもまた路地裏の捜索に乗り出していた。

 飛行手段を持つ彼女とは違い、アイゼンハルトは家屋や建物の屋根を足場にひた駆ける。


 検索魔導などという非効率的な手段に訴えかける暇があるなら己の足で。

 己の足も相応に非効率的ではあるのだが、検索魔導はあまりのコストパフォーマンスの悪さに教会も使い捨ての魔導具として売り出すのが一般的な魔導。

 そんなものを単独で使うなど、とてもではないが思いつかない。


 そもそも魔導の素養に欠けるアイゼンハルトは、先ほど別れたアレイアのことなどすっかり忘れてアンナの捜索を続けていた。


「……ここでも、ここでもない。んじゃあ、どこだってんで……?」


 アンナの残した地図を頼りにあちこち走り回っていたものの、どうにもこの辺りは全て探しつくしてしまったような気がする。

 わざわざあんな精巧な地図を描いたのだから、それ相応の理由があるはず。

 そう思っていたのだが、当てが外れたか。


「まさかたあ思いますが、地図のつづきを作りに行ったんじゃあらんせんか……?」


 避難誘導に行ってきます! と聞いてはいたが、そのついでに地図をというのなら可能性はある。とはいえ、そうなると彼女がアイゼンハルトに地図を置いていったことに説明がつかない。ということは、つまり。


 地図に書かれた場所のうち九割を探しつくしたにも拘わらず見つけられていないのは、九割ずっとアイゼンハルトが捜索場所を外し続けていたということに違いがないわけで。


「……残り一割探してから、反省会と行きましょうや」


 ほう、と小さくため息一つ。

 屋根を踏み壊さない程度の力に抑えて足場を蹴り、まだ探せていない方角へと風を切って抜ける。


 と、そこでアイゼンハルトは、何やら集団で固まっている人々を眼下に見つけた。


 この戦火の中で人間が出歩いているのは危険だろうとアイゼンハルトは考えたが、そういえばこの辺りで魔族の姿を見ていない。どうしたことだと見渡せば、ところどころにまるで砲弾でも着弾したかのような痕跡があることに気付き、とある少女を思い出す。


「……なるほど、彼女が助けたってえことでしょうか」


 ひらりとアイゼンハルトは着地する。

 見慣れない男が落ちてきたことに人々は警戒心をあらわにするも、数人は彼の服装を見て何者か察したらしい。一人の青年が前に出てきて、アイゼンハルトに声をかけた。


「もしや、帝国書院の方で?」

「ええ。あんさんらはここで待機命令を?」

「そういうわけではないのですが……魔族がこの辺りには殆どいないので。帝国書院の方に守って貰って、ここまで逃げ付いたのです。私たちはどうすれば良いでしょうか」

「……基本的に、一番安全なところに行くのがベストでしょうなぁ」


 どうすれば良いか。

 隊を率いた経験はあれど、避難民を庇った経験はアイゼンハルトには存在しなかった。

 不安がる人々はしかし、アイゼンハルトを、"帝国書院"を、守ってくれる人間だと思っている。アスタルテに聞けば対処できるだろうが、そんな通信機器を今は所持していない。


 もっとも、この中に帝国臣民が居るか否かでアスタルテの判断は変わるのだろうが。


「一番安全なところ、とは」

「その前に一つ聞かせて欲しいんで。守ってくれた帝国書院の方ってぇのは、こんくらいの女の子ぉじゃあらんせんか?」

「っ、あ、はい!」

「ふむ、なるほど。そんじゃ、一番安全なところはこっちで」


 と、アイゼンハルトは彼らの奥――おそらくは彼らが逃げてきた路地裏を指さした。

 青年の表情も、そして背後の避難民の表情もさっと青ざめる。


「え、いや、そんな、魔族が居る場所に戻るなんて」

「魔族がいつ来るか分からない場所に行くよりも、こっちに行くのが一番安全じゃあらんせんかね」

「何を根拠にそのような」


 困惑を露わに、青年が問いかける。

 アイゼンハルトはしかし、その顔を安心させるように笑いかけて、槍の片方を肩にかけた。


「そこにぼくが行くからでさぁ」


 













 ――ティルテイア西方、路地裏



 避難民を連れたアイゼンハルトが路地裏の奥へやってくるのは簡単だった。

 青年が案内を買って出て、その"帝国書院の少女"がどこで庇ってくれたかを覚えていたからであった。


 青年の目には、不安と信頼が同居したような感情が映っている。

 アイゼンハルトの背に隠れつつも道案内をしてくれるのは、おそらくアイゼンハルトの背中にあるIIの文字の影響が大きいことだろう。

 世界最強とも謳われる戦闘集団、その第二席に座る男がこのひょろいアスパラガスであることへの不安、しかしながらその背から感じる不思議な頼もしさ。


 大丈夫かもしれない、と、人間の体内にあるなけなしの魔素が語り掛けてくるような。

 そんなふわついた気持ちで、彼はアイゼンハルトをナビゲートしていた。


「その路地を曲がったところです!」

「ほい、そんじゃあ怖いでしょうが、ぼかぁ必ずあんさんらを守りますんで。どうか、下手に動きませんよう」

「はい!」


 その路地を曲がった瞬間、現れたのは強烈な魔素の気配。

 歴戦のアイゼンハルトですら眉をしかめるほどの瘴気は、おそらく魔族の中でも高位に位置する魔族のモノであろう。凄まじい、と表現して何ら支障のない明確な異物がそこにいた。


 そして。


「――お断り、します」

「ほぉう?」


 聞き覚えのある声と、姿。


 見れば、その異形と相対する一人の少女の姿があった。その背には、一人の小さな幼子。

 一けた前半の幼児だろうか。逃げ遅れたのか迷子になったのかは定かではないが、何れにしてもとてもではないが目の前の存在から逃げ切れるような力を持ってはいなかった。


 そんな男の子を庇うように、少女は立っていた。


 感じる魔素は貧弱、アイゼンハルトから見ても体は出来ておらず、構えすら未熟の一言に尽きる。相手の魔族もそれを感じているのか、にやにやと侮った笑みを辞めることはない。


 アイゼンハルトは一歩踏み進めようとして留まった。

 ここから一歩でも動けば、間違いなく魔族に感づかれる。そんな予感があったからだ。


 あの双角のドラゴニュート……竜人とでもいうべき存在は、アイゼンハルトが今まで相対してきた魔族の中でも圧倒的上位に存在するモノだろう。勝てないことはないだろうが、あの少女と男の子、そして背後に庇っている避難民たちを犠牲にせずに、というのはいささか厳しいものがある。


 しかしそれでもすぐに動かねばならない事態になるだろう。

 身構えつつ、アイゼンハルトは様子を窺う。


「貴様が退けば、見逃してやると言っているのにか?」

「この子を犠牲にして逃げるほど、落ちぶれた覚えはありません」

「強がるなよ雑兵。逃げないお前に出来ることは、ただ一つ。死だけだ。屍の量が一つか二つか、その違いしかない」

「それでもですよ。それでも、わたしは動きません」

「……諦めの悪い。なら、纏めて消し去ってくれるわ」


 すう、と息を吸い込んだ竜人に、これ以上は無理かとアイゼンハルトは覚悟を決めた。

 ひとまずは、そう。謝ろう。少しでも疑ってしまったことを。


 そのうえで、今この守るべき者たちを含めてどうするか考えればいい。


 と、その時。男の子を庇う少女が見せた表情は、アイゼンハルトの足を留めるほど予想外のものだった。


「……諦め? なんですかそれ」

「っ、何を言い出すかと思えば。なんだその呆けた顔は」

「純粋に疑問だっただけですけど」

「……ほう。力が伴っていれば、聞くに値した言葉だったかもしれんがな。死ね」


 アイゼンハルトは地面を蹴った。

 竜人が吸い込んだ息を、ブレスに変えて放出する。

 なれば正面で受け止めてやるとそう気合を入れて躍り出たまでは良かった。

 竜人も突然現れたアイゼンハルトに目を丸くしていたし、背後の少女も驚いたような声を漏らした。


 だが、竜人が吐いたのはブレスではなく。

 地中から突き出す魔導の呪文だった。


「しまっ」


 慌てて背後を見やる。

 振り向きざまにステップで回避、少女を守ろうと腕を伸ばして――今度はアイゼンハルトが目を見開いた。



「――確かに、私には権力も魔力も武力も財力もないです。振るえるものなんて何もない。ないない尽くしの凡人です。だから、一番評価されたのも、無いものです」

「アンナさ、――」


 アイゼンハルトの視界に入ったのは、子供を右肩に抱え上げ、腹部を二つの土槍に貫かれている少女の姿だった。魔素の結晶が周囲に散っているところから、一応の魔導防壁は張ったのであろうことは窺える。無残に破壊されてしまってはいるが。


「痛みで表情一つ変えないとはな……魔素も練り上げが薄い、魔導防壁もせいぜいが木盾レベル。根性だけは見上げるものがある、か?」


 竜人は鼻で笑ってそう言った。言いながらも、既に目は突然現れたアイゼンハルトの方に向いている。殆ど眼中にないと言っていいだろう。少女――アンナは既に出血が夥しい。放っておいたら死ぬだろう。


「……アンナさんや。ちろっとでも疑ってしまったこと、申し訳なかった。報告書にあった通り、あんさんは権力もなければ武力もない、魔素もなければ財力もない。"でも諦めない"。不撓不屈の雑魚ってぇのが、これほど覚悟のバケモンとは知らず。すぐに処置しますんで」

「あ、は。ちょっと遅くないですかアイゼンハルトさま。あと、颯爽と前に出てきたのに私は貫かれるってあんまりかっこよくないです」

「……その代償は、すぐにお支払いしますんで。この竜人をさっさと倒して」


 ほう? と竜人は片眉を吊り上げた。

 観察する瞳はアイゼンハルトの黒コートを目にした瞬間、ゆっくりと細められる。


「なるほど、アイゼンハルトとやらか。貴様の同胞には随分と仲間を削られている。故に名乗ろう。そして貴様を消そう。我が名は魔界四天王"崩"のブレイザード! 我をそう簡単に消し飛ばせると――」


「死ね! えい!」

「なに!?」


 高らかに名乗りを上げようとした竜人――ブレイザードの足元に、彼のウィングスパンほどはあろうかという直径の炎弾が撃ち落とされた。

 すんでのところで彼が回避するのと、アイゼンハルトの隣に一人の少女が着地するのはほぼ同時。


「なにあれ? 元凶?」

「魔界四天王とか、なんとか。援軍助かりまさあ。アンナさんの処置を――」


 アイゼンハルトが振り向くと、アンナは今度こそびっくりしたように目を丸めていた。


「アレイア・フォン・ガリューシア……?」

「あら、嬉しい。知ってるのね、このSランク冒険者(ブレイヴァー)を。気分が良いから治してあげるわ。"キュアライトウーンズ"」


 指をふりふり、何やら緑色の魔導が煌いてアンナを纏ったと同時、みるみるうちに彼女の腹部の傷がふさがっていく。


「え、ええ!?」

「初歩魔導なのになんでこの回復力なの!? は良いから。飽きてるのそういう反応」

「言葉を奪われるってこういうことを言うのですね……」


 気づけば土槍は消え去り、傷の塞がったアンナは呆然とそこに立っていた。


「血が足りないだろうからあんまり動かないことね。それと、あんた」

「ぼく?」

「そう。これ、その女の子じゃなくてあんたへの貸しだから」

「なにゆえ!? ……ま、まあありがたく」

「ふんすっ」


 勝った! とばかりに胸を張る赤髪の少女。


「Sランク冒険者(ブレイヴァー)……それに、魔導司書第二席。殺傷対象がどうしてこうも生き延びているのかを考えると、やはり人選ミスだったと言わざるをえんな。特にアイゼンハルト・K・ファンギーニ。貴様は町に入る前に処理するはずだったんだが……処分したというのは報告者の法螺だったか」

「人望ないのね」

「口は達者だな冒険者(ブレイヴァー)。だが、着地点が悪かったのではないか?」


 そう言うや否や、ブレイザードはアンナたちとは真逆の方向へ手を翳した。

 そちらには、アイゼンハルトが連れてきていた避難民が居る。

 血相を変える避難民たちだが、青年は一人、信じているようにアイゼンハルトを見つめている。何とか全速力で駆ければ間に合う距離だが、そうなるとアレイアにアンナを任せることになってしまう。


 タイミングを逃せば避難民たちを殺される。

 アイゼンハルトが機を窺っていると。


「――守護は不要」


 ずしん、と地響き。

 路地の奥から、一人の巨漢が現れた。全身を鈍色の鎧に包んだ、見覚えのある男。

 背中に背負ったハルバードが、否応にも存在感を持つ。

 彼の名前を、一瞬アイゼンハルトは思い出せずにいたが。背後にいたアンナが言葉を漏らす。


「――ヴォルフガング・ドルイド……!」

「いかにも」

「ふん、例の共和国のハルバーディアか。しかし、地面から噴出する槍にハルバーディア一人が何を出来る?」


 ぐ、とブレイザードが拳を握った。

 瞬間、土の槍が勢いよく噴き出す。


「"鉄壁"」


 ――すべてが、ヴォルフガングの下に。


「なに!?」

「攻撃目標を操作するだけのこと。なに、痛くもかゆくもない」

「このっ」


 何度撃とうがその土槍はヴォルフガングの足元に隆起し、これをいとも簡単に彼が踏み潰す。ターゲットを己に集中させる魔導。存在は知っていたが、まさかこれほどの効果を持つとはとアイゼンハルトは舌を巻いた。


「ヴォルフ。周囲の魔族の駆逐は終わったが――これはどういう状況だ? 袋の小路というやつか?」

「――袋の鼠だ」

「そうそれだ」


 ヴォルフガングの影から、燦然と輝く剣を肩にかけた少女が現れた。

 真面目な顔で真逆の発言をしているが、それを指摘する者はいない。


「カテジナ・アーデルハイド。こんなところに四人も、」


「――袋の鼠っつか、たかが雑魚一匹相手に寄って集って悲しいねえおい。喧嘩ってぇのは正々堂々、正面からサシで張るもんだろうが。人質取ろうと躍起になって? 今度はそっちが四人がかり? あーあーあーあーこの馬鹿共は作法ってもんを知らねえのか。粋じゃねえ粋じゃねえ嫌になる。もうここにしか魔族居なさそうだからやってきたってのによ、白けさせやがって」

「――貴様、教国のっ」

「ああ光の神子でエンシエントロードで十字軍(クロスレギオン)総長(ヘッド)で現人神様のランドルフ様だ、そういうテメエは――ああいい、虫けらの名前なんざ覚える理由ねえよ。僕とタイマン張れる覚悟あんのか、ああ?」


 しまいには、屋根の上に一人の少年が現れた。

 白髪を靡かせ見下げたように嗤う現人神。


「待て、今、ここにしか魔族が居ないなどと」

「あ? こいつらのことか? 挑発する必要もねえほど畜生共でよ、大して名のある首でもなさそうだし? ぽこぽこ殺してたらこのザマだ。情けなくて叶わん。テメエら魔族ってのは弱い者いじめ専門か? 十字軍(クロスレギオン)としちゃ一番見過ごせねえクソ野郎どもだ笑えねえ、だからこうして雑草は刈り取ってやったよ。そっちのヘッドに会ったら渡そうと思ってたんだ、ほらよ」


 投げ込まれたのは幾つかの高位魔族の首だった。

 そのどれもが、ブレイザードの側近のもの。

 危うく声を上げるのを押し留め、ブレイザードは首を抱え込んだのち。


「く、くく……くはは……!!」


 盛大に嗤い始めた。


「失敗、失敗だ! このティルテイアで貴様ら全員殺してしまえば後顧の憂いは断てると思ったのだがな……魔王様が止めるわけだ。兵士を多数失った。良いだろう、少なくとも一人くらいは道連れにしてやろうぞ!!」


 しかし。


 悲しいかな、その言葉は、言葉だけに終わった。


 ブレイザードが放った魔導は全てヴォルフガングに踏み潰され、お返しとばかりにその腕を聖剣に弾かれ、当たれば即死の魔導で身動きを封じられ、気付いた時には槍に心臓を貫かれていた。


「……あーあ、見るに耐えねえ」


 ランドルフだけは、特に何をした様子もなかったが。

 それでも、彼が最後に道連れの魔導をアイゼンハルトに放とうとしたその瞬間、嫌悪感も露わに指を一つ鳴らしていた。


 それだけで、ブレイザードの全ては不意に終わった。



月末に最終話。

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