【Event 5】 ─ はじめての買い物 ─
リーリンとともに、俺は近くにあった道具屋へと入っていく。
「いらっしゃい」
カウンターには中年の小太りな男――店主がニコニコした笑顔で座っていた。
「何の用かな?」
無言で。
俺は店主が居るカウンターのところまでリーリンを連れて歩いて行った。
カウンターに辿り着くと同時、俺は店主に言葉を返す。
アイテムを一つ売りたい。
「どんなアイテムかな?」
……。
俺はアイテム袋の中から【ステレコのパンツ(使用済み)】を二つ指でつまみ出すと、それをカウンターに置いた。
真顔で告げる。
鑑定してくれ。
「……」
店主は笑顔のまま固まっていた。
それもそうだろう。
こんなものを持ってこられて迷惑客この上ない。
しかし俺にも意地がある。
なんとしてでもこのアイテムを押し売りしてやる。
しかし、俺の考えとは裏腹に、店主はにこやかな笑顔で対応してきた。
「これを売るなんてとんでもない。これは防御力+50もあるよ。本当にいいのかい?」
無駄に防御力高ぇーな、オイ。
「これは一番大事な場所を守る装備アイテムだからね」
いや、たしかにそうだけど。俺もそこは納得するが、なにより他人の使用済みだぞ? これ。
「消耗品だからそれは仕方ないことだね。だけどあと一回は使えるよ? 本当にいいのかい?」
何の再確認だよ、それ。他人のパンツを好き好んで履く奴なんて変態ぐらいしか──
俺はその時になってようやくリーリンの行動に気付いた。
カウンターに伸びた白く華奢な腕。
半眼で、俺はリーリンへと視線を向ける。
……何している?
「えっ」
びくり、と。
リーリンは【ステレコのパンツ(使用済み)】を掴んだまま身を震わせる。
動揺した声で、おろおろと。
「わ、私は別に、その……こ、ここ、このパンツの防御力があまりにも高く、あと一回使用できるのだったらと──」
無言で。
俺はリーリンの手から【ステレコのパンツ(使用済み)】を奪った。
「あぁっ!」
リーリンが悲しみの声をあげる。
『あぁ!』じゃねぇーよ! 履くな、こんなもん! 男物だぞ!
「そんな! 私の装備の使用回数はあと2回しか残ってないのに!」
買ってやるから! 換金したら新しい装備品を買ってやるから!
途端にリーリンの顔がぱぁと華やぐ。
「ほ、本当ですか!」
無視して俺は再び【ステレコのパンツ(使用済み)】をカウンターに置いた。
告げる。
これを売る。──店主、これを換金したらいくらになる?
店主は答える。
「34G」
クソ安過ぎだろ。真顔で低価格提示してきてんじゃねぇよ。どういう神経してんだ?
「これを売るなんて変態かい?」
まともだよ! 俺の方が真人間だよ! それを34Gで買い取るあんたの方がどうかしている!
「そういう商売だからね」
どういう商売だよ!
すると。
店のドアが開いて戦士の身なりをした男性客が一人、入ってくる。
見る限りに強そうな感じだ。
あらゆる数々のモンスターを倒してきたに違いない。
男は真っ直ぐに店主に歩み寄る。
どうやら店主に所用があるらしい。
男はカウンターへと真っ直ぐに歩いてくると、店主へと声をかけようとした。
ふと──
男の眼が、カウンターに置かれた【ステレコのパンツ(使用済み)】に向く。
それを見て、男は急に顔を崩し、雷にでも打たれたかのごとく驚愕の声をあげた。
「そ、そそそ、それはッ! Lv.98の魔王ダンジョンの宝箱でしか見られないレア・アイテムではないか!」
俺は半眼でつっこむ。
どんなレア・アイテムだよ。わざわざ魔王ダンジョンでパンツを脱いで宝箱に入れるステレコの気持ちが知りたいよ、俺は。
男が興奮気味に俺の胸服を掴んで言ってくる。
「君、早くそれを売ってくれないか? 私が買おう」
買ってどうする気だよ。
「もちろん私が履くんだ」
どこの変態だ、お前!
「さぁ売ってくれ、早く!」
冗談じゃない! どうせならもっと高く買い取ってくれる場所でこれを売る!
俺はカウンターから【ステレコのパンツ(使用済み)】を取り、アイテム袋に仕舞うとドアへと向けて歩き出した。
行くぞ、リーリン!
「は、はい!」
リーリンは返事をして、俺の後ろを素直にとてとてと追ってきた。
◆
──結局。
ステレコのパンツ(使用済み)は3Gで売れた。
思えばあの時あの店で、売っておくべきだったのかもしれない。
すぐに街はステレコのパンツで溢れかえった。
何が起きたのかは分かっている。
元々このアイテムは運営からのお詫びで全員に配られた物だ。
みんなが売れば、それはもうレアでもなんでもない。
ただの使い捨てられたおっさんの汚いパンツだ。
【ステレコの使用済みパンツが溢れる街】──アデル。
嫌なネーミングの街になったもんだ。
ステレコさんは何も悪くない。
ただ新しいパンツが履きたかっただけなんだ。
たまたま魔王ダンジョンで履き替えて宝箱に入れていたものが、レア扱いされて、それが運営の仕業でプレイヤーにバラまかれて、そして今──
それが街に溢れかえっている。
ただそれだけなんだ。
ステレコさんは……何も悪くない。
悪いのは
──いや、そんなことはどうでもいい。
売れただけでも感謝しよう。
俺は所持金1003Gをぐっと握り締める。
これでミッションは無事、達成することができた。
おめでとう、俺。
よく頑張ったよ、俺……。
そう呟いて俺は自分自身を慰めるようにして店の軒先で膝を抱えてうずくまり、静かに泣いた。
「アシ様、なんで泣いているんですか? 泣かないでください。ちゃんとパンツは売れたじゃないですか。それなのになんで泣くんですか? なんだか私まで悲しくなってしまいます……」
リーリンが俺の傍に座り込んで、泣いた。
泣いたというより、号泣だった。
──ってか、なんでお前まで泣くんだ?
「だって……ひぐっ……だって……ぇぐっ……アシ様が……アシ様が……パ、パンツを……パンツを売って……ひぐっ」
そこで区切るな。まるで俺がパンツを売って生計を立てる変態みたいじゃないか。
「泣くと悲しいじゃないですか……」
いや、別に本気で泣いているわけじゃないから。
俺がそう言うと、リーリンは目の淵の涙を手で拭いながら尋ねてくる。
「……そうなんですか?」
だから泣かないでくれ。
「わかりました」
言って、リーリンはようやく泣くのを止めた。
そのおかげか、俺もパンツの換金くらいで後悔するのも馬鹿らしく感じてきた。
気持ちを前向きに。
俺は座っている地面から立ち上がり、リーリンに明るく声をかける。
よし。パンツも無事売れたし、次、行ってみるか。
涙を拭いてリーリンは頷く。
にこりと微笑んで、
「はい」
俺は気合を入れ直し、次なる目的へと行動を開始した。
とりあえず所持金は入ったし、邪魔なアイテムも片付けたし、まずは冒険の基礎となる回復草くらいは持っておかないとだよな。
そう思い、一人で即決して。
俺は歩き出す。
「あ、待ってください」
リーリンが慌てて俺の後を追いかけようと──
「きゃぁ!」
背後からかわいらしい悲鳴とともに“ずべしゃっ”と、派手に滑りこける音が聞こえてきた。
俺は振り返る。
あ。おい、大丈夫か?
リーリンが地面に突っ伏して転んだようだ。
その状態のままでボソボソとリーリンが答えてくる。
「今ので私の体力が32.56減りました。私の体力はあと67.44です」
無駄に細けぇーな、オイ。小数点以下は切捨てろよ。
俺はリーリンに歩み寄り、手を貸してそこから助け起こす。
「ありがとうございます」
いや別に。
「それとアシ様」
なんだよ。
「今ので私の衣装が使用ゼロになってしまいました」
そう言われたことで、俺は思い出す。
あ。そういやお前に服を買ってやるんだったな。
途端にリーリンの顔が、ぱぁっと明るくなる。
「私の装備品を買ってくださるんですか!」
買わないとどうしようもないだろ、それ。
「やったぁ!」
リーリンは上機嫌に両手を高く挙げてとても喜んでいた。
そして……。