【Event 3】 ─俺がやるのか?─
──その日の夜。
俺はリーリンとともにリラさんの家で寝泊りしていた。
ベッドなんて高価な物はここには置いていない。
大型黒ヒョウの毛皮が敷かれただけの床にそのままゴロ寝という感じだ。
寝ていた俺は、ふと目を覚ます。
そのままゆっくりと身を起こしていく。
あれ? ここ……。
見回せば慣れない風景がそこにあった。
俺はため息を吐く。
そっか。俺、ゲームの世界に閉じ込められていたんだっけ。
……。
何気に視線を、隣ですやすやと寝ているリーリンへと向ける。
眠りながらもしっかりと。
リーリンは俺の腕の服を掴んで離さなかった。
俺は半眼で内心つっこむ。
いやいや、そこまで頼られても困るし。
服を握るリーリンの手をそっと退けて、胸の付近へと静かに寄せ置く。
ふと、彼女の額へと目をやれば。
水色スライムは彼女の額の上にちょこんと置かれていた。
──いや、水色スライムがその場所を好んでいるのか。
……なんか、笑える。
手を差し出せば、水色スライムは手乗りし、そのまま俺の頭の上に飛び乗ってきた。
ま、この世界でしばらく過ごしてみるのも悪くはないか。
思い直し、俺は何気に窓の外へと視線を向ける。
とても静かな夜。
獣も鳴かないし、人の声すら聞こえない密林のジャングル。
もう少し寝ておくか。
再び床へと身を倒そうとした──その時!
戦いの始まりは無音だった。
床で寝ていたリラさんが急にむくりと身を起こしてくる。
「始まった」
え? 何が?
俺の耳には何も聞こえてこない。
「魔矢の音、人間には聞こえない。でも私たち、聞こえる」
俺の頭上にいた水色スライムが激しく飛び跳ね出す。
次いでに隣のリーリンまで目を覚まして身を起こしてくる。
寝癖のひどい頭で、まだ眠い目をこすりながら。
「……どうしたんですか? 何かあったんですか?」
それと同時。
俺にしか見えない運営の指示が、虚空に現れて消える。
【 Mission3 : 黒騎士との戦闘 】
──何ッ!? 黒騎士だと!?
俺は愕然とした。
黒騎士といえば時間で沸いてくる敵の親玉である。
しかも個人プレー向けではなくチームプレー向け用として用意される【討伐イベント】だ。
スタミナはメガ並み。
攻撃力も防御力も共にハンパ無い。
とてもじゃないが、それを俺一人でなんて……
あ。そっか。そういや俺って最強だったんだ。
全てにおける俺の設定値はカンスト。
故に【フェンリル】という最強の狼ドラゴンの召喚もできる。
それに今回運営から出されたミッションに【※】マークはついてなかった。
よし、いける!
俺は確信した。
戦闘なんて俺にとって舐めプレーも同然じゃねぇか。
武器も防具も俺にはいらない。
裸一貫で充分だ。
俺は拳を握り締めるとその場からすぐさま立ち上がる。
隣でリーリンがわたわたと慌て出す。
「ま、待ってください。よくわからないですけど私も一緒に──」
そんなリーリンを俺は手で制して止めた。
戦闘は俺一人でいい。
「で、でも!」
心からの本音だった。
その言葉に安堵したのか、リーリンが祈るように両手を組んで吐息を漏らし、尊敬の眼差しで俺を見てくる。
「わかりました」
そして早々と俺に背を向けて床へと身を倒した。
「あとのことはお願いします。私はここでもう一眠りしますので」
がしっと。
すぐさま俺は態度を変えてリーリンの肩を捕まえる。
一緒に来い、お前マジで。一応勇者だろうが。ちゃんと戦闘時に戦闘しろよ。
「えー」
なにが『えー』だ。
「だってさっき一人で充分って言いましたよね? この戦闘、私って必要ないんですよね?」
事情が変わった。俺がお前のサポートをする。だからお前は形だけでも戦闘しろ。
──ふと。
会話を割くようにして一人の傷を負った青年エルフが俺たちの前に現れた。
「リラ、長老死んだ。奴ら、長老殺した。村のみんな、仇討つ」
俺はリラさんへと視線を移す。
リラさんはとても怒っていた。
苛立ち耐えるよう一心に、口をきつく締める。
その気持ちが俺にも伝わってきた。
そして。
リラさんは無言のまま青年エルフと一緒に部屋を飛び出していった。
……。
「……」
部屋の中に二人、俺とリーリンは残されて。
俺は真顔でリーリンに告げる。
リーリン。俺たちも行こう。
すると彼女も同じく真顔で頷きを返してくる。
「はい」
その後俺は、リーリンの手を引いて部屋から外へと飛び出した。
※
リーリンの手を引いて、俺は家の外へと出た。
リラさんの家は高い木の上にあった。
家を囲む足場は一人分ほどのスペースしか作られてなく、俺たちはそこで一旦足を止める。
地上には黒衣の影──黒騎士と無数の小さなゴブリンの姿があった。
黒騎士は実体を持たない。黒い霧の存在であり厄介だ。
そのゴブリンと黒騎士に向けて、次々とエルフたちは矢を放って攻撃する。
黒騎士の頭上に浮かぶスタミナバー。
全くといっていいほど減っていない。
この戦闘に長時間かけるのは危険だ。
なぜなら黒騎士は制限時間が近づくと【黒炎竜】を召喚するのだ。
それを召喚されたら俺以外の全滅は免れない。
リーリンが恐れるように身を引いて俺に言ってくる。
「地上にもあんなにいっぱいの敵が……どうやって戦うのですか?」
俺は答える。
とにかく急ごう。【黒炎竜】を召喚される前に。
先に俺が地上に降りて雑魚を一掃するから、リーリンはその後に降りてきてくれ。
「わかりました」
そう答え、リーリンは奮い立つように胸の前できゅっと拳を握り締めた。
それを確認して。
俺は魔法を使って先に地上へと降りる。
するとすぐさま地上のゴブリンたちが一斉に俺へと向かって走ってきた。
武器もなければ防具も無い。
使える攻撃は魔法のみ。
この世界で攻撃を受けたらどうなるのかなんてまだ分からないが、その前に倒してしまえば問題ない。
俺は無限に溢れてくる魔力を用いて、高度な攻撃魔法を連発しまくった。
それはもうあっという間に。
ゴブリンは数を減らしていき、やがて居なくなった。
地上が片付いたことで、リーリンが魔法で地上へと降りてくる。
すぐさま俺のところへと駆け寄ってきて背に隠れ、俺の服をぎゅっと掴む。
オイ。
リーリンは俺の背から怯えるようにちょっとだけ顔をのぞかせつつ、黒騎士に言い放った。
「か、覚悟してください! 残るはあなただけです!」
すると黒騎士は俺たちに向けて不気味に笑い、答える。
「邪魔な【白の帝国】の人間どもめ。
我が魔王様の野望を阻むその存在。今この場で消し炭にしてく──
※ 緊急メンテナンスのお知らせ ※
五分後に緊急のメンテナンスを行います。
現在プレイ中のお客様に置かれましてはご迷惑をおかけしますことを深くお詫び申し上げます。
……。
オイ。ちょっと待て。
今なんか虚空に【お知らせ】みたいなものが出てきたぞ。
しかもメンテナ──
いや、まさかな。
俺の見間違いかもしれん。
※ 緊急メンテナンスのお知らせ ※
五分後に緊急のメンテナンスを行います。
現在プレイ中のお客様に置かれましてはご迷惑をおかけしますことを深くお詫び申し上げます。
ちょっと待てぇぇぇッ、運営!
どういうことだ!? これは!
ふざけんな! 今戦闘中だぞ! マジで!
メンテナンスとかあり得ねぇだろ!
だいたいなんでそんな緊急なんだよ!
ってか、いったい何があったんだよ!
マジふざけんな!
しかも五分後って、俺はどうな──
※ 緊急メンテナンスのお知らせ ※
この度はご迷惑をおかけしております。現在メンテナンス中です。
復旧までしばらくお待ちください。
……。
…………。
……ん?
※メンテナンス終了のお知らせ※
この度はお客様にご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。
現在は復旧を行い、正常にご利用いただけることを確認しております。
ご利用中のお客様におかれましては、長時間に渡りご迷惑をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げます。
ささやかではございますが、ご利用のお客様全員にプレゼントを送らせていただきました。
今後とも【運営】をよろしくお願いいたします。
風景が一瞬にして、変わった。
気付けば、俺とリーリンは幌馬車の中に居た。
馬車が見知らぬ街の中を駆け抜けている。
すると、御者台に居た見知らぬ中年の男が慌てて馬車を停止させた。
いきなり停まったことで、俺とリーリンは重力に引っ張られるようにして幌の中で激しく転んだ。
後方から前方へ。
ごつん、と。
二人して折り重なるようにして御者台付近に頭をぶつける。
痛ってぇ!
俺とリーリンは打った頭を抱えるようにしてその場にうずくまった。
御者台に居た中年男が周囲を見回し、動揺の声を上げる。
「ど、どういうこった!? ここ【アデルの街】じゃねぇか!」
声を聞いて、俺は慌ててその場から飛び起きて外へと顔を出した。
周囲を見回して愕然とする。
たしかにここは【アデルの街】だ。
見覚えがある。
ゲームでよくこの街を買い物拠点として利用していた。
いや、その前に。
俺は空へと鋭く視線を向けると、誰にともなく叫んだ。
──って、おいッ! ちょっと待て、運営! ふざけんな! いきなりバグってるぞ!
ふと、中年の男が俺へと顔を向けてくる。
俺は気付いてそいつと目を合わせた。
男が声を震わせながら俺に指を突きつけ、言う。
「まさか……お前がやったのか?」
俺は半眼で問い返した。
それ以前に、あんたはいったい誰なんだ!?
リーリンが俺の後ろからひょこりと顔をのぞかせる。
「あの……、ここっていったいどこなんですか? 黒騎士は? リラさん達はどうなったのですか?」
男がリーリンに怒鳴る。
「ンなもんこっちが聞きてぇくらいだ! ここはあの森から三千郷も離れた場所だぞ!」
俺はリーリンを背に庇い、男に質問を続けた。
それ以前に、あんたはいったい誰なんだ? 俺の質問に答えてくれ。
男──無精ひげに赤茶けた髪のその男は、急に真顔になって黙り込んだ。
大きな傷で塞がった片目で、ぎろりと俺を睨んでくる。
めちゃくちゃヤバそうな感じの人だ。
もう少し口調を丁寧にして話すべき相手だっただろうか。
俺は少し後悔した。
すると男の態度が急にころりと変わる。
顎に手を当て、興味本位に。
男が俺の上から下をマジマジ見ながら言ってくる。
「お前、もしかして勇者か?」
俺は答える。
勇者は俺じゃない。俺の後ろに居るのが勇者だ。俺はその補助をしている。
男が面白がるような表情で「へぇ」と言って笑い、言葉を続ける。
「勇者の【アシスタント】ってやつか。伝説で聞いたことがある。
【アシスタント】ってのは昔から色んな奇跡を起こしてきたこの世界の神様だと云われてんだ。
おそらくさっきの瞬間移動能力もお前の力なんだろ? そんでもってお前は、その勇者を守る為に村を出された。違うか?」
全くもって違うと思う。これは何かのバグだ。
「わざと言ってんのか?」
いえ、真面目に言ってます。
「……」
男はしばらく俺のことを変わり者でも見るかの目で観察した後、ぽつりと言ってきた。
「俺と一緒に討伐やらねぇか? 俺のギルドを紹介してやる。お前、見た目と違って即戦力になりそうだからな」
いやそれ以前に、あんたはいったい誰なんだ?
「俺か?」
男はフッと微笑して答える。
「俺はこの街のギルドの団長──ゼルギアだ」