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【Event 2】 ─最弱の勇者のお供はツライよ─


 ──町を出て。



 俺は密林のジャングルのような森をかきわけ、彼女と一緒にさまよっていた。


 あ。

 チンパンジーが空を飛んでいる。

 スライムもいる。

 木に止まっている鳥も、よく見たら鳥じゃなく化け物といっていいほどの怪異な姿をしている。


 本当に、ここはゲームの世界なんだな。


 改めてそう実感する。  

 俺は彼女にぽつりと質問をした。


 君の名前……そういえば聞いてなかった。


 すると彼女が俺の背を追いかけるように付いて歩きながら、目をぱちくりとさせ問い返してくる。


「私の名前、ですか?」


 あぁ。


「リーリンです」


 なぁリーリン。


「はい」


 この道で本当に合っているのか?


「え?」


 え?


 俺は足を止めた。

 リーリンも足を止める。


「私はあなたと一緒にどこまでも──」


 いや、ちょっと待ってくれ。

 もしかして目的もなく今まで俺のあとをずっと──



 そんな時だった。



 草を掻き分ける音が聞こえてきて、俺は振り返る。

 低く唸るような獣の声。

 そこには二メートルほどはある大きな黒ヒョウが低いうなり声を上げながら俺たちに狙いを定め、捕食体勢で忍び寄ってきていた。




【 Mission2 : 大型黒ヒョウとの戦闘 】

 ※ ただし、魔力残り2




 運営からの指示が虚空に現れる。

 しかも、この世界では初めての戦闘だ。


 ──戦闘。

 俺の脳に即座にその言葉が叩き込まれる。

 か弱いリーリンをすぐさま背後に庇い、俺は戦闘体勢をとった。

 そして武器を構えようとして、俺はそこで何も装備していないことに気付く。

 

 し、しまったッ! 忘れてた!


 何が起こるかも分からないというのに、最初の街である程度の装備はしておくべきだった。

 後悔したがもう遅い。

 ──いや、待てよ。


 そうだ! 魔法! 魔法がある!

 今の俺のレベルはカンスト。

 武器が無くとも最強魔法が俺にはある。

 召喚魔法を使えば、こんな状況なんて……ん?

 運営の指示が消え行く最後の瞬間。

 俺は何かを見た。



 → 注:ただし、魔力残り2



 ──って、おいいぃぃぃぃッ!!!

 この肝心な時にどんな難易ミッションの仕方してんだ!

 ふざけろ運営! 死亡確実じゃねぇか!


 武器もなければ魔法も使えない!

 なんなんだ、このクソゲーム!


 やるべき手段は残されていない。

 今の俺は……最低レベルだ。


 途方に暮れた俺は愕然とその場に膝をつき、項垂れた。


「あ、あの! あの! せ、せせせ、戦闘中ですよ! 立ってください!

 私たちこのままだとあのヒョウに食べられちゃいますよ!」


 たしかに。


 俺はその場から立ち上がる。

 このまま何もしなければリーリンの言う通り、俺たちは黒ヒョウに食べられてゲームオーバーだ。

 何もできないかもしれない。

 だが、何かをしなければ。


 俺はリーリンを背に庇い、逃げ道を探した。


 ある程度の距離で黒ヒョウが立ち止まる。

 鋭く牙をむき出して俺の隙をうかがっているようだ。

 俺にはどうにもできなかった。

 威嚇するわけにはいかない。

 下手に威嚇して攻撃でもされれば終わりだ。


 背後に庇うリーリンは動かない。

 俺の服をしっかりと掴んで怯えきっている。

 どうやら戦闘はできないタイプらしい。

 ──ってか、よく今まで無傷で生きてきたものだな。


 俺はリーリンをジト目で見た。


 その瞬間!

 俺のその隙をついてか、黒ヒョウが俺を目掛けて襲い掛ってきた。

 急な襲撃に、俺はその場に身をすくめて防御の姿勢をとるしかできなかった。


 ダメだ! やられる!


 そう覚悟した時だった。

 鋭い矢が俺をかすめるようにして過ぎ去り、黒ヒョウの体を貫く。


蒼炎火アーチェ!」


 次いで若い女性の声が響き、黒ヒョウが蒼い炎に包まれる。


 ──魔法!?


 俺は振り返る。

 そこには森に差し込む一条の夕日を背に、弓を構えて凛と佇む一人の異国的な女性がいた。


 歳は二十代前半だろうか。

 獣の毛皮をあしらった服で豊満な胸と下半身を隠しただけの野生的な魅力を感じる金髪の美女だった。

 俺は吸い込まれるようにして、その女性の胸に目が釘付けになった。

 女性がどこかを向いて誰かに話しかける。


「ダーウィン、来て。人間がいる」


 するとその声を聞いて、その女性のそばに駆けつけてくる野郎が一人。

 俺は静かに舌打ちした。


 男とその女性がこちらに歩み寄ってくる。

 長い金髪を後ろで一つに束ねた長身の、二枚目顔な男である。

 近づいてきたことで、俺はようやく彼等が俺とは違う種族であることを知った。

 青いヘビ目、尖った耳。

 額には紋様を刻んだタトゥーが施されていた。

 ゲームで言うなら、エルフに近い種族である。

 男が身をかがめて俺を心配そうに見つめて尋ねてくる。


「人間、なぜ武器も無しにこの森をさまよう? ここは危険な森。我ら以外の種族が無闇に近づいたりしない場所」


 俺はどう答えていいかわからず言葉をためらった。

 すると女性が男──ダーウィンとやらに話しかける。


「いま私たちの村、討伐団来ている。きっとその仲間。討伐の途中で仲間とはぐれたと思う。案内人、この人間のそばにいない。人間二人、この森で迷子」


 女性の言葉にダーウィンが頷く。

 そして俺に告げる。


「赤竜討伐は終わった。お前の仲間、すでに我が村へと戻っている」


 赤竜討伐? 仲間?


 俺の目が自然とリーリンへ向く。

 そしてあることが俺の脳裏を過ぎった。


 わざわざ【ポルナレタン】って町を目指さなくても、リーリンを討伐団へ預ければいいんじゃないか、と。






 ※






 何かのテレビ番組で、原始に近い格好でジャングル生活をする民族を見たことがある。

 助けてくれたエルフ──ダーウィンとその彼女に連れられてやってきた小さな村は、まさにそんな感じの人々が暮らす村だった。

 俺とリーリンは物珍しげに周囲を見回す。


 高い木の上に作られた木造の家々。

 見上げれば、まるでジャングルジムのごとく高い位置の木と木の間に縄梯子が張られていて、そこを生活の道として住民が行き来していた。

 地上に目を向ければ、人馴れしたスライムが駆け回り、それをエルフの子供たちが棒を手に追い回して遊んでいる。

 他にも洗濯物と一緒にゲテモノの干物が吊るされていたり、狩りに使う弓とか矢を作っていたり、焚き火の上に鍋を置いて夕食の準備がされていたりと、人々の生活がそこにはあった。


 ふと、リーリンが怯えるように俺の腕の服をちょっとだけ掴んできた。

 俺は安心させるように彼女の手を握る。

 すると彼女は一瞬だけ驚いた表情を見せた後に、少し頬を染めて安堵の笑みを浮かべた。


 ダーウィンが村の中心で足を止める。

 俺とリーリンも同じように足を止めた。

 ダーウィンが連れの金髪美女に声をかける。


「リラ。お前、この人間を長老のところへ案内する。我、討伐団のリーダー連れてくる」


 金髪美女──リラさんは頷き、俺たちに声をかける。


「私、お前たち案内する。ついて来い」


 俺たちはただ黙ってリラさんについていくしかなかった。






 ※






 長老は古い大木の根元に腰を下ろし座っていた。

 仰々しい飾りっ気も威圧もなく、ただ疲れた爺さんが杖を片手に木の根元に腰掛けて休憩している。

 そんな感じの人だった。

 ある程度の距離を置いて、リラさんが足を止めて俺たちに言ってくる。


「お前たち、長老と話す。私、一緒に行けない。ここで待つ。わかったか?」


 え? 俺たちだけで行けっていうのか?


「そうだ」


 話すって何を話せばいい?


「この村、人間来る。長老に挨拶する。許可もらう」


 あぁなんだ、そういうことか。

 つまり俺たちがここに居る為には許可が必要ってことだな。


「そうだ。お前たち敵じゃない。この村のみんな、誰も知らない。知らない奴、攻撃して追い出す」


 この村、部外者にはけっこう厳しい村なんだな。

 まぁ俺はどうせすぐ消える存在なんだが、リーリンのこともあるし、一応許可は取っておくか。


「お前、わからないこと言い出した。頭の治癒、長老できる。やってもらうといい」


 きれいな人に面と向かってそう言われると、何か心にこう、グサリとくるものがある。


 俺のその言葉にリラさんが急に顔を真っ赤にして飛び退く。


「この村、『きれい』は求愛。私、無理。夫いる」


 ご、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。


 俺も火を噴くように火照った顔で慌てて謝った。

 リラさんは言った。


「でも嬉しい。人間の求愛、初めて受けた。これお礼」


 俺の不意を突くようにして、リラさんが俺の頬に軽くキスしてくる。

 簡単な挨拶のキス。

 俺も嬉しい。

 すると隣でリーリンが俺を見てムッとした顔をする。

 そしてすぐに俺の腕をぐいっと引っ張ってリラさんに言う。


「この人は私の大切な連れなんです。変なことしないでください」


 え、ちょ、待っ──! なんで俺がそんな扱いに


 リラさんが言葉を続ける。


「お前たち、悪い人間じゃない。それわかる。だから長老、挨拶する」


 う、うん。わかった。


 俺は早々とリーリンを連れて長老のところへと歩き出した。



 そして俺たちは長老の傍へと辿り着く。

 長老と無言で見つめ合うこと、しばし。


「……」


 長老は何も言わない。

 立っているのは失礼だと思い、俺はリーリンに目で合図してその場に一緒に座り込む。

 長老と同じ目線位置。

 それも失礼だと思い、俺はさらに小さく縮こまるようにして身を丸め、長老よりも低い目線位置になった。

 リーリンも俺に合わせるように身を低くする。


 ……。


 それでも長老は何も言わない。

 ただ黙って俺たちを見ている。


 もしかしてこれ、俺が先に話し出さなければいけない雰囲気か?


 俺は口を開こうとした。

 だが、俺の言葉をさえぎるように手で制し、長老は無言で俺とリーリンをじっと見つめ続ける。

 やがて長老は口を開き、俺に言った。


「そなたはこの世界で何を望む?」

 

 いや、特に何も望んでないです。


 長老がリーリンへと視線を向ける。


「ではそなた。そなたはこの世界の何を望む?」


 リーリンが真剣な表情ではっきりと答える。


「私はこの人とともに、この滅びゆく世界を──魔王の手から救いたいと考えています」


 ……は? なんで俺まで? 俺、関係ねぇーし。


「魔王は強いぞ?」


「大丈夫です。この人の力があればきっと魔王を倒せます」


 全部俺任せじゃねーか!


「ふむ。どうやら二人とも、この世の情勢を知らぬと見受ける。

 ワシから話を聞いておかなくても良いか?」


 それを聞いたら何かが変わりますか?


「変わるかもしれぬし、変わらぬかもしれぬ。全てはそなたの選択次第じゃ。

 ――さて、どうする?」


 分かりました。聞きます。……とりあえず。


 俺とリーリンは長老の話を聞くことにした。


「ふむ。――それは遠く昔にさかのぼる話。この世界がまだ二つの国に分かれて争っておった頃の話じゃ。

 神の力を持つ巫女が統べる【白の帝国】と、この世の支配を目論む魔王の勢力【黒の皇国】。

 その二つの国は互いに多大な犠牲のもと、長く長い戦争をしておった。やがて世界は(etc、etc)……」


 リーリンがとても真剣に長老の話を聞いている。

 でもその隣で俺は、内心でずっとキー連打して話を倍速で飛ばしたい気分だった。


 長老の話がとても長かったことだけは覚えている……。

 やがて長老は長かった話をようやく締めに入った。


「魔王との戦いは今尚続いておる。やがて巫女は一人の勇者を魔王討伐に派遣した。それがそなた──」


 え? 俺?


「ではなく、そなた」


 長老はリーリンを指差した。


 フェイントだと!? いったい何の意味で!


「リーリンよ。そなたは巫女に選ばれし勇者。そうであろう?」


 リーリンはこくりと頷く。


「はい」


「しかし、そなたは勇者としての力は持たぬ。

 なぜならそなたは村を出たばかりのレベル1の村娘。

 だが、そなた──」


 次いで長老が俺を指差す。


 俺?


「そなたの中には恐ろしい力が眠っておる」


 俺の中に?


「勇者とともに魔王を倒しに行くがよい。それがそなたの運命さだめとなろう。

 なぜならそなたは──「へっぶしゅッ!」──だからじゃ」


 長老の大事な言葉の一部が、リーリンのギャグじみたクシャミで一瞬にしてかき消された。


 ……。

「……」

「……」


 俺は静かに挙手をする。


 あの、すみません。

 もう一度さっきの言葉をいただけますか?


 長老は無視して何事無く話を進める。


「今夜はこの村で眠るがよい。だが明け方には早々にこの村を発て。

 ──魔王の配下がそなた達に迫り来る前にな」


 いや、あの、ちょ……!


 言葉を残し、長老はその場を立ち上がるとそのままどこかへ立ち去っていった。





 ※





 今夜、俺たちはリラさんのお宅に泊まることとなった。


 迎えにきたリラさんと一緒に俺たちはお邪魔する。

 一戸建て一間の小さな部屋。

 子供はいない。

 寝るだけの簡易なスペース。

 俺たちが床に座ると、しばらくここで待つよう言われた。

 リラさんが俺たちを置いて一度家から出て行ってしまう。


 するとリーリンが俺の腕の服をつんつんと引いて小声で言ってくる。


「魔王の配下って、本当に来ちゃうんですかね?」


 知らねーよ。


「一応私、こう見えて魔法使えるんです。戦いで何か困ったことがあれば補助しますから」


 俺に素手で戦えと?


 リーリンが口を手で覆い、驚いた顔をする。


「戦ってくださらないんですか?」


 無茶言うな。俺何も装備してねぇんだぞ。


「だったら──」


 リーリンが俺の胸服を掴んでくる。


「だったら今ここでタンスや壷の中身を確認してください。運が良ければお金が入手できるかも──」


 泥棒じゃねぇかよッ!


 俺はリーリンを叱った。

 どんなに今が不遇な状態だろうと、けして。

 絶対に。

 俺はそんなことに手を染めたりしない。






 しばらくして。

 リラさんがヤシの実のような器を手に、外から戻ってきた。

 

「ダーウィン、もうすぐ討伐団リーダー連れて戻って……ん? 何している? お前たち」


 タンスを探っていた場所から元の場所へと。

 俺とリーリンはさりげない仕草で座り込む。


 いえ、別に。なぁ?


「え、えぇ。勇者としての持病が出てしまったというか。特に何でもないです」


 俺とリーリンはぎこちない笑みを浮かべてその場をはぐらかした。

 ちなみにタンスを調べたが何もなかった。

 ふと。

 リラさんが俺たちヤシの実のような器を差し出してくる。


「私、魔除けの飲み物用意した。お前たち、これ飲む」


 俺は尋ねる。


 魔除けの飲み物?


 リラさんは頷く。


「そうだ。外、魔物いっぱい。これ飲む、弱い敵来ない」


 なるほど。それはありがたい。


 俺はリラさんからその器を受け取った。

 傍に近づいてきたリーリンと一緒に器の中をのぞきこんでみる。

 器の中にいたのは一匹の水色スライムだった。

 俺はリラさんへと目を向ける。


 いやあの、これ……。すでに魔物が出現しているんですけど……


 リラさんが「とんでもない」とばかりに手を振る。


「スライム、魔物違う。スライム、森の恵み。それ飲む」


 飲む?


「そう、飲む。こうぐいっと」


 一気飲みしろという仕草でリラさんがそう言ってきた。


 ……。


 俺とリーリンは顔を見合わせた。

 そして再び器へと視線を落とす。

 器の中のスライムはとても悲しげに俺たちを見つめていた。

 しかもすごく怯えている。

 リーリンがぽそりと呟く。


「なんだか、かわいそう……」


 それ言うな。


「本当に食べるんですか?」


 ……食べるしかない、のか?


「あの、お先にどうぞ」


 いやお前勇者だし、お前が先に食べた方がよくね?


「あなたには魔王を倒す義務が──」


 それお前だろ。


「勇者には巫女の加護があるから大丈夫です。でもあなたには何の加護もありません。ですからあなたが先に──」


 俺のことは気にするな。いざという時はログアウトという魔法を使うつもりでいるから。


「そんなの私が許しません」


 いや、許す許さないの問題じゃないと思うんだが──


 すると。

 リラさんが不思議そうに小首傾げて俺から器を回収する。


「どうした? 飲まないのか? 毒入っていない」


 言うなりすぐに、リラさんは器を口に運ぼうとした。

 俺とリーリンは慌ててその行動を引き止める。


 あ、あの、待って──!


「待ってください!」


 俺とリーリンで一緒になってリラさんから器を奪い、胸元へと保護する。

 そして。

 俺たちは懇願した。


 あの、このスライム──


「私達に引き取らせてください!」



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