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【Event 9】 ─ 《試練の洞窟》にチャレンジしてみよう 3 ─


 《試練の洞窟》を前にして。

 リーリンが俺の腕の服をつんつんと軽く引っ張ってくる。


「あの、アシ様」


 なんだよ。


「どうしよう、私……」


 リーリンが不安の表情を浮かべて、胸に手を当てると大きく深呼吸する。


「なんだかドキドキしてきました。やっぱり私、アシ様の後方で支援を──」


 支援は俺がやる。いいからお前は俺の前を行け。勇者だろうが。


 途端にリーリンが不機嫌にぷぅと頬を膨らませて涙目で俺を睨んでくる。


「アシ様は私に冷たすぎます。たまには『お前はここで待ってろ。試練の洞窟は俺一人で片付けてくる』くらいのまぶしい優しさを見せてください」


 なんだよ“眩しい優しさ”って。つーか、意味ねぇーだろそれ。試練の意味分かっているのか?


「だってだって、怖いんですもん! 私、最弱だから絶対スタート地点で泣いちゃう自信があります!」


 何の自信だ、それは。──ったく、いいから行くぞ。


 涙ながらに駄々こねるリーリンの手を無理やり掴んで引っ張り、俺は試練の洞窟への一歩を踏みこんだ。




 ※




 俺はリーリンを背後に連れて洞窟の中へと入っていく。

 一歩、一歩と地面を踏みしめて。

 薄暗い洞窟内。

 人工的に道や壁を舗装して作られた洞窟内部は、アトラクションと言えばアトラクション的な感じだった。

 しかしここは《試練の洞窟》。

 ちゃんとした初級者ダンジョンだ。

 ただのお化け屋敷ではないだろうし、いつ目の前に敵が現れてもおかしくない雰囲気。

 空気も湿っていてカビ臭く、そして異様なまでの殺気を肌に感じた。

 そんな雰囲気に気圧されてか、リーリンが俺の背にしっかりとしがみ付いてきた。

 怯えて小さく震えている。

 そんなリーリンの手を、俺は握り締めて励ます。


 大丈夫。


 リーリンは声を震わせて細々と不安そうに俺に言う。


「で、でもアシ様……」


 ちゃんと俺が守ってやるから。


 今度は違う意味でリーリンが俺の背に抱きついてきた。

 どこか安心感を覚えたような、そんな表情で。

 リーリンの震えは止まっていた。


「アシ様が一緒なら、私、どこにだってついて行きます」


 ……。


 勇者がモブに頼りきりでどーすんだ。


 そうは思ったが、レベル1の勇者なんだから怖いものも当然か。


 ま、強くなってくれるまでは仕方ないよな。


 俺はリーリンを背に連れて守り、歩き出す。

 入り口からどのくらい歩いてきただろうか。

 道はたしかに平らで歩きやすかったし、薄暗く照らされていたから進むのにも問題なかった。

 敵が現れても戦闘は出来る。

 しかし、道は迷路のごとく複雑に入り組んでいて、地図無しではとても──


 お。


 俺の視界の右上に、簡易な電子地図のようなモノが現れる。


 良かった。これなら安心して進める。


 適当に進んできたはいいが、帰り道が分からなくなったら笑い者だ。


 恐らくこれで進むべき道に問題はない……はず。


 俺はリーリンを連れて、《試練の洞窟》にある最奥の部屋を目指して歩き続けた。

 電子地図が右上に表示されるものの、全ての道を示してくれるわけではない。

 自分が通った道のみを表示してくれる電子地図。

 まだ通っていない場所は隠されている。


 ──ふと、その時だった。

 虚空に運営からのメッセージが現れる。







 ※ メンテナンス終了のお知らせ ※


 プレイ中の皆様にはご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

 不具合等の報告により、いくつかの点を改善しました。

 ささやかながらアイテムをお贈りします。

 今後とも【運営】をよろしくお願いいたします。







 ……。


 いや、それ以前にいつからメンテナンスしてたんだ? 運営。

 それにしても不具合って?

 いったい何を改善したっていうんだ?


 そして、俺のアイテム袋からいきなり三つのアイテムが溢れ、こぼれ落ちる。

 それを見たリーリンが慌てて床に落ちたアイテムを拾い上げた。


「アシ様、(アイテム袋の)お口からアイテムが落ちましたよ。老化を迎えるにはまだ早すぎます」


 もともとアイテム袋の中はいっぱいだった。

 そこに運営からのプレゼントが三つも入り、溢れたんだろう。って、それにしてもリーリン──


「老化ってお前……」


「アシ様のことじゃありません。アイテム袋のことを──」


 リーリンが突然ハッとした表情で口元を押さえて言葉を続けてくる。


「アシ様、会話が……」


「あぁ。俺も気付いた。運営の改善ってこのことだったのか」


 本当に、どうでもいい改善だった。


「アシ様? どうでもいい改善って何のことですか?」


 相変わらず心の声がリーリンにだだ漏れだった。

 そう。いつだってそうだ。

 本当に重要な改善点は忘れられている。


 ふと、リーリンが心配そうに俺を見つめて言ってくる。


「アシ様? 大丈夫ですか?」


「あ、あぁ。大丈夫、問題ない」


「ご気分が悪いのであれば、この試練を辞──」


「俺は辞退しても構わないが、一人で先に進めるのか?」


「私は一人では進めません」


「いや、お前は進めよ。頼むから」


「私はここで待っています。だからアシ様は急いで外の空気を大量に吸い込んでから戻ってきてください」


「蛙か、俺は。吸い込んでどうすんだ? 俺は普通に洞窟の外で待ってるから、お前は一人で──」


「ずっと、ここで待っています」


「いや、だから──」


「待っています。ずっと、ここで」


「いや」


「待ってます。ずっと、ここで」


「『ずっと、ここで』を強調するなよ、怖いから」


 どうやら俺が一緒に進んでやらなければリーリンはここを動く気はないようだ。

 別に気分悪かったわけではなかったし。

 俺はリーリンを連れて先を進むことにした。




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