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魔法貴族の優雅でない酒造り奮闘記  作者: 十一屋 翠


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酒の肴

「ここが夜の神の神殿がある町か」


 俺は今、国内で唯一夜の神の神殿がある町チャマッテに来ていた。

 夜の神は太陽の神の別側面なので普通は太陽の神殿と兼ねているのだが、炎塩を取り扱うこの神殿だけは夜の神の神殿として独立して存在していた。

 そんなチャマッテの町はそれほど大きくはない。対角線にして500mも無いだろう。

 この町は綺麗な正方形をしており、更にその中は道で均一な網目状に区切られていた。

 ちょうど道と道の間に数件の家が詰められている感じだ。

 不自然なまでに計画的に作られた町。ソレがチャマッテの町だった。

 そしてその不自然な町の中心にあるのが夜の神の神殿だ。


「と、こんな所で突っ立っていても仕方が無い。神殿に行くか」


 小さな町の中心、そこにある夜の神の神殿に数分も歩かずにたどり着く。


「結構大きいな」


 夜の神の神殿を見た感想は言葉通り『意外に大きい』だった。

 町を区切る網の目状の道路と道路の隙間いっぱいに建てられた神殿は、他の家々がギュウギュウ詰めに建てられているせいもあってなおさら大きく見える。

 さっそく俺は神殿入り口にいる受付の神官に話しかけた。


「すみません、私アーク=テッカマー=アルフレイムと申します。神殿長様にお目通り願いたいのですが」


 すると受付の神官が申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳有りません、神殿長様は本日予定が詰まっておいでです。空いているのは3日後となりますので後日また出直して頂けませんでしょうか?」


 3日か。どうやらこの町の神殿長殿は多忙な人物らしい。


「承知いたしました。では3日後に改めて出直させて頂きます。この町の宿に泊まっていますので何かありましたらご連絡ください」


「畏まりました」


 ふむ、今日の所は空振りか。


 ◆


 夜、この町で唯一の宿の一階にある酒場兼食堂で俺は夕食を食べていた。

 料理のメニューはシンプルな塩焼きが多く、スープもシンプルな塩味だった。

 しかし同じ塩味でも焼き魚は少し苦味のある塩を使い、スープは見た目ほとんどお湯なのにも関わらず非常にコクのある味わいをしていた。

 更に酒の肴すら塩と言う徹底振りだ。

 ワインを呑む前にグラスの淵に塩をつける事で強調される酒本来の味を楽しんだり、酒を呑んだ後で色々な味の塩を舐め比べたりと中々に面白い試みだ。


「塩で完結する料理か。これは面白い」


「この町は塩の町だからね。いろんな塩があるよ!」


 俺の独り言を聞いていた給仕の女性が笑いながら教えてくれる。


「へぇ、塩の町か。海に面していないのに塩を売りにしてるとは珍しいね」


 実際この町は海から結構離れた位置に建つ内陸の町だった。


「この町には様々な製法の塩が集まるのですよ」


 そこに別の声が加わる。

 声の方向に目を向けると年の頃50くらいであろう初老の男性が立っていた。


「あ、す、すみません。この時間は混んでいるので合席になってしまうのですが……」


 現れた男性に給仕の女性が頭を下げる。


「かまいませんよ。すみません、宜しければ私と合席をお願いしてもかまいませんか?」


「ええ、構いませんよ」


「ありがとう、私はいつもの物を頼みます」


 頻繁に来ているのだろう。男性の注文を受けた給仕の女性はすぐに厨房に引き返していく。


「先程の話ですが、塩には塩田で作る天日塩や海水を煮込んで塩分を抽出した塩の他に、塩湖と呼ばれる塩分の多い湖から採取した湖塩、それに岩塩と呼ばれる塩の固まりがあります。この町はそうしたさまざまな塩の流通経路が重なる土地に建っているのですよ」


 なるほど、それで色々な塩が多いのか。


「更にそうした様々な塩はこの町にも卸され、町の至る所にある塩屋で購入する事が出来ます」


「同じ店が沢山あると客を食い合わないんですか?」


 俺の疑問に男性は首を横に振る。


「この町で塩を買う人間の大半は外から来た人達です。珍しい塩を土産に、また自分の商品ではない塩を別の土地で高く売る為に買っていく商人もいます。中には貴族お抱えの料理人もやってきますので希少で高価な塩でも売れるのですよ」


 なるほど、ターゲットは町の外の人間な訳ね。

 つまりは観光地の土産物屋みたいなモノか。


「で、わが町の塩はいかがでしたか? アーク=テッカマー=アルフレイム男爵様」


 どうやら偶然ではなく、俺に用があってやって来た様だ。


「夜の神の神殿の方ですか?」


「ええ、私夜の神の神殿の神殿長を勤めさせて頂いております、ノハーナウと申します」


「神殿長!」


 まさかの大物登場である。

 っていうか忙しいんじゃなかったのかこの人!?

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