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3/3

~3~

高峰は指示キーと手信号で後ろの桐谷に合図を送り、コンビニへ入った。桐谷もそれに続いた。車一台分のスペースにバイクを二台止め、ヘルメットを脱ぐ。


「どうかしましたか」


「ちょっとごめん。小腹が空いて…」


「朝から何も食べてないんですか」


「え、あ、まぁ…そんな感じです」


「それならちょうどいい。あと五分ぐらいのところに、オススメのカフェがあるんです。よかったら、そこで朝食はいかがですか」


「ホントですか。では、そこにしましょうかね」


「じゃあ、次は私が前を走りますね」


そう言うと彼女はまたヘルメットを被った。


「あ、桐谷さん」


彼女はヘルメットを被ったままの姿で高峰の方を振り返る。


「…いえ、お願いします」


少し桐谷との距離を縮めようと、何か言葉を探したが口には出せずしどろもどろになった。彼女は愛想よく、


「任せてください」


と言い、バイクに跨った。


 高峰は前を走る桐谷の風に舞う黒髪を見ていた。艶のある黒髪に、光沢のあるライダースジャケット、磨かれているバイクのボディ。そのどれもが格好良いものだった。桐谷のバイクの左の指示キーが黄色く点滅する。そして、バイクを綺麗に傾けながら左へと流れ込んでいく。高峰が前を走っていた時には気付かなかったが、綺麗なフォームでカーヴを曲がる彼女はまるでレーサーの様だった。

 舗装された道路のわきには、木々が生い茂る。緑が多いせいか、先ほどまでより涼しく、また森の中へ彷徨いこんできたようなワクワク感を味わいながら前方の女性を追いかける。車二台がギリギリすれ違うことができるような狭い道路をしばらく進むと、少し開けた場所へ出た。左わきは舗装されておらず、雑草が生えているものの駐車スペースのようだった。バイクを二台、横並びで止める。すぐ近くにある木造のテラスの様な建物が桐谷の言うカフェだった。

 ヘルメットをバイクにロックし、桐谷は言った。


「あれが私の言ってたカフェです」


「琵琶湖を見渡せるテラスもあって良いですね」


「営業時間が面白いんですよ、ほらここ見てください」


そう言うと桐谷は木の看板を指差す。


「営業時間十時から日没まで」


「学生の頃、よく琵琶湖沿いはバイクで走ってたんですけど、このお店は初めて知

りました」


 店内に入り、琵琶湖を見渡せるテラスに二人で座った。高峰はコーヒーとトーストを注文し、桐谷は紅茶だけ注文した。


「何も食べないんですか」


「朝ごはん、食べてきたんです」


彼女はそう言うとグラスに入った水を一口飲んだ。琵琶湖を眺めると、ジェットスキーを楽しむ人もいれば、まったりと船を浮かべてその上で釣りをしている人もいる。


「そういえば…」


桐谷が口を開いた。


「さっき、学生の頃よく琵琶湖沿いをバイクで走っていたと」


「ああ、学生の頃は草津市に下宿していたので大学がない日なんかはよくバイクで走ってたんですよ」


「そうなんですか。ご出身はどちらなんですか」


「大阪です。桐谷さんは」


「私は生まれも育ちもここ滋賀県です。大津市に住んでます」


テーブルに注文した品が運ばれてくる。木で造られたテーブルは少し揺れるが、これもまた自然の情緒があって良い。


「滋賀県っていいところですよね」


高峰が言った。


「うまく説明できませんが、本当に住み心地が良いというか。僕、将来はここでゆっくりと暮らしたいと思ってるんです」


桐谷は持っていたカップをテーブルに置き言った。


「私も好きなんです。ツーリングするにはもってこいの場所ですし、冬場は琵琶湖バレーというスキー場でウィンタースポーツも楽しむことができますし」


「行ったことありますよ、琵琶湖バレー。学生の頃はよく友達とスノーボードをしに行きましたね」


「高峰さんは、今どちらに住んでおられるんですか」


「今は…大阪です」


「地元へ戻られたんですね」


桐谷はそう言って微笑んだ。ここで、仕事を辞めて東京から戻って来た等と口に出したくはなかったし、何よりそう言ってしまえば彼女が返答に困るだろうと思った。


「大阪なら休みさえあれば、いつでも滋賀へ来れますからね」


そう言うと、トーストを手に取ってかじった。


「それにしても、桐谷さんは本格的なライダーって感じですね」


「まったくそんなことないですよ」


「服装もキマってますし」


「私、格好から入るタイプなんです」


そう言って彼女は笑った。


「いやいや、カーヴの時とかすごく綺麗でしたよ。レーサーみたいでした」


「そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます」


「どこかレースチームに所属してるとか」


「いえいえ。ただ好きで走ってるだけです。車の運転が苦手で、移動手段として乗

り始めたのがきっかけなんですけど、もう今となっては移動手段どころではなく趣味になっちゃいました」


「意外ですね。車の運転は苦手なんですか」


「ええ、かなり下手なんです」


少し照れくさそうに彼女は言った。何でも完璧にこなせそうな見た目だけに、高峰は驚いた。


「よく親の車を借りて仕事に行ってましたが、絶対にどこかぶつけて帰ってくるのでもう乗せてくれなくなりました」


二人で顔を見合わせて笑う。琵琶湖からは気持ちの良い風が吹き、桐谷の髪を揺らした。


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