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ミラーで彼女を確認しながら、高峰の心は躍っていた。なびく黒髪が美しい。なにより、バイク姿がとても似合っていた。彼女はヘルメットも黒のフルフェイスで、全身が黒で統一されている。そこに真っ赤なドゥカティ、この組み合わせは素直に格好いいと思えるものだった。
高峰自身は、ラフなパーカーにジーンズ、肩掛けの小さなバッグを提げているなんてことの無い服装なので、まさにこの二台は本格的なツーリストと、そうじゃない人間で、まさか一緒に列をなして走っているとは思われていないだろう。
風を切りながら、二台のバイクは進んで行く。唸るエンジンと、挙動を感じながら着実に目的地へと向かっていく。ここ、琵琶湖沿いの「湖岸道路」と呼ばれる場所には信号はあまりない。ツーリングにはもってこいのスポットである。
さきほどのコンビニから五分ほどバイクを走らせると、左手にリゾートマンションの様な建物がある。少し古さを感じさせるが、造りは綺麗で何よりベランダから琵琶湖を一望できる素晴らしい立地である。学生時代は、よくこのマンションを眺めながら休憩したものだった。レトロな感じがたまらなく高峰のツボだった。
平日ということもあり、湖岸道路にはほとんど車が走っていなかった。まるで世界中に二人だけみたいな気がして、高峰は妙な高揚感に浸っていた。初めて引っかかった赤信号で止まると、彼女は高峰の隣まで来て、フルフェイスのシールドを開け、高峰に話しかけた。
「やっぱり湖岸道路は風が気持ち良いですね」
高峰は頷いて答えた。
「もう少し、スピード上げても大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫ですよ。ただ、あまり飛ばしすぎないようにしてくださいね」
桐谷がそう言うと二人で笑い合った。
信号には青色が灯り、二人はバイクを転がせる。湖とはいえ、琵琶湖には少々波が立ち、海と何ら変わりはない。
高峰はふと学生の頃を思い出した。当時付き合っていた彼女と、二人乗りでこの辺りを走っていた時のことを。なぜかその時彼女はつれなくて結局琵琶湖を見渡すベンチで休憩しているときに別れを切り出された。理由は、「他に好きな人が出来たから」。これ以上ない文句で振られたわけだ。それが大学三回生の頃、それ以来彼女と呼べる存在はいない。女性との出会いがないほど仕事に熱中していたわけでもない。ダラダラと日が過ぎていただけで、正直この五年間は無駄だったと実感している。
「人生は何事もなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短い」
有名な名言だが、高峰は後者の意味などまったくわからなかった。これまで、夢中になれるものに出会っていなかったからだ。
まさかこんなふらっと始めたツーリングで、それが見つかるとも思っていない。だが「犬も歩けば棒に当たる」とはよく言ったもので、何も考えずに行動したとしても、何かに巡り合えるかもしれない。そんな劇的な出会いを求めて、このツーリングに期待を寄せる自分自身に高峰は気付いている。実際に、もうすでに劇的な出会いはあった。これから先、彦根という目的地であっさりと別れることになるかもしれないが、予期していなかった事が起こったのは事実。これがこのツーリングの最初で最後の劇的な出来事だとしても、満足しよう。高峰はそう考えながら、掛けているゴーグルの中で深く瞬きをした。