紫色の番傘は恋という感情を知る
この作品は東方Projectの二次創作作品です。お読みになる際は留意して下さい。
また、ガールズラブ要素を含みますので、苦手な方はバックをお願いします。
「ばぁっ!」
「わぁっ! びっくりするじゃないですか、もうっ!」
いつものように、私を退治してくれた巫女さん――東風谷早苗を驚かした。
今日は古典的に、物陰からいきなり飛び出して驚かせるという方法にしてみた。私のもっとも得意とする驚かせ方だ。確かに化け傘なのだから、素直に傘立てにいれば良いのだが、待つよりも自分からの精神をモットーに、今日も仕掛けた。そして成功。気持ちが良い。
「小傘さん、いつも私を驚かせに来ますけど……暇なんですか?」
「暇って言う言い方はないでしょ! あちきの存在意義は驚かすことにあるんだから。それを否定されるのはあちきの存在を否定することと同じだよ」
「いや、そこを否定するつもりは更々ありませんが……。こう、毎日驚かされても、マンネリというか、慣れちゃうんですよねー」
「で、でも今日だって驚いてくれたし」
「そりゃ驚くのは驚きますよ。でも、なんというか、またかって感じに思っちゃうんですよね。そういうのは偶にあるからこそ、心の底から驚けるんじゃないですか?」
なるほど、と悩み込んでしまう。確かにここ最近、ずっと早苗を追いかけて驚かせてきた。最初はギャーギャー騒いでこちらも愉快にさせてくれたが、最近では一言二言交わすだけとか、最悪の場合、驚かす前にバレてしまうことすらある。時間をおくという単純なことでも、その効果を高めるのに相応しいと言うことに、まさか人間に気付かされるとは……。正直、恥ずかしい。
「な、なら、今度は時間をおいて、作戦も練って、驚かせにくるよ」
「ふふっ。楽しみにしていますね」
赤らんだ顔を隠すように、そそくさとその場を立ち去った。
やっぱり、こんにゃくかな。それとも、ひゅーどろどろ的な奴かな。最近はそんな事を考えて過ごしていた。何人か驚かせてみたものの、何か違う。やっぱり早苗の、それも最初の頃の新鮮な驚き方が懐かしい。それを求めて、私は策を練っていた。
今度は、夜にしよう。そして定番のこんにゃくだ。定番に適うものはない。そして、そうだな。ぺたんと腰を抜かした時に、うーらーめーしーやー、だ。これは定評があるし、何よりも驚かせた後に『してやったり』感があるから私好みだ。よし、そうしよう。
そう決まるやいなや、善は急げで私は守矢神社へと向かった。
「早苗はーっと」
いた。夜だからか、お風呂の火焚きをしている。一所懸命火吹き筒を吹いてる所からしても、今が絶好の好機だろう。
そーっと近付いて……。今後ろから大声を出すのは我慢して……。立ち上がり振り向いた所に丁度当たるようにこんにゃくを仕掛けた。そしてその木陰に潜んで、声を掛ける瞬間を見極める。
「さて、と。神奈子様、お湯加減は如何ですかー?」
「丁度良いよ。早苗、寒いだろうから早く部屋にお入り」
「はい。そうさせて頂きます……きゃっ」
引っかかった! 今だ!
「うーらーめーしーやー!」
「こ、小傘さんですか? びっくりしましたよ、もう」
「さ、早苗、怒ってる? なんか声が怖い……」
「別に怒ってなんかいませんよ。それにしても、小傘さん、お久しぶりですね。お茶でも飲んで行きますか?」
「お、お茶なんて。あちきはただ驚かせに来ただけだから。それじゃっ」
正直なところ、早苗とお茶をしたかったが、とてもではなく恥ずかしくて、その場からそそくさと立ち去ってしまった。ただ、早苗が心から驚いてくれたことが嬉しくて、自然と顔がほころんでしまう。
次はどういう風にして驚かせよう。それだけが頭の中にぐるぐると回っていた。
また、暫く時が経った。その間、あちきは常に一つのことを考えている。
おかしい。どうにも早苗のことしか考えられなくなってきている。昔はもっと驚かすことに執着していたのに、今は早苗を驚かすことにしか興味が無くなってきている。それは私の存在意義が傾いていると言うことで、存在がなくなるかもしれない、とても危険なこと。しかしそれでも、早苗のことを考えてしまう。
恋、と言う言葉が脳裏を過ぎる。あちきは早苗に恋をしているのだろうか。確かに、そういう関係になったという妖怪と人間の話は聞いたことがある。しかし、いざ自分がそんな関係になるのかもしれないと思うと、恥ずかしいというか、周りの目というか、素直に受け入れられない自分もいる。ただ、この気持ちは生まれて初めてのものであって、どうにも理解出来ないものだった。
その時、はっと気付く。
人は、突然告白されたら驚くのではないだろうか。どきどきするのではないだろうか。
久しぶりに、私の驚かしたいという本能が疼く。これは、善は急げと言うものではないだろうか。そう思うと矢も盾も堪らず、守矢神社へと急いだ。
早苗を探す。探す。探す。しかし中々見つからない。それでも探していると、不意に後ろから声を掛けられた。風邪でも引いているのだろうか、その声は少々ざらついているが間違いなく早苗の声だった。
早苗は巫女服を着ていた。それは青を基調にしたものだったが、いつもとどこかが違う。落ち着いたような、古典に則った巫女服だ。そして、猫背が酷い。どうにも早苗らしくなかった。
そこまでは見ることが出来たが、どうしても顔を見ることが出来ない。驚かせる為とは言え、今から告白をするのだ。まともに顔を見ることなんて、とてもではないが無理だった。
「さ、早苗……?」
「何ですか? 改まって」
「す、好きです!」
言ってしまった。もう口から引っ込めることは出来ない。ただ、何故か達成感だけは感じていた。
「ふふ、嬉しいです。こんな私なんかを好いてくれるなんて。……私も好きですよ。小傘さんのこと」
一瞬、その言葉を理解することが出来なかった。しかし、脳は勝手に意味を理解してしまう。
私のことが好き。早苗が、好きだって言った。
途端に恥ずかしくなって、私はその場から逃げ出した。そして気付く。逆に私が驚かされていることに。
色々な涙が流れる中、どことなく頭の整理が出来た私は、思わず飛び跳ねていた。
好きだと言われた手前、私はどうすれば良いのだろう。暫くの間考えてはいたが、その答えは出なかった。
きっと、今まで聞いた話からすれば、普段通りに接すれば良いだけのことなのだろう。普通に会って、話して、お茶して。そんな普通なことが、特別なことになるらしいから。
ただ、今回ばかりは中々善は急げとはならない。何よりもあの場から逃げ出してしまったことが、会いに行くのを躊躇わせていた。どんな顔をして会えば良いのか。なんて声を掛ければいいのか。全く解らない。未知である恋というものに、どうにも振り回されていた。
「どうしたのですか?」
「あ、白蓮」
「最近はずっと悩んでいるようですが、良ければ私に話して頂けませんか?」
「……」
白蓮は信頼が置ける妖怪だ。しかし、こういった類の話をするのはどこか恥ずかしく、躊躇われる。ただ、これだけ悩んでも答えが出なかったのだからと言う思いが、私に一歩を踏み出させた。
「……実は、あちきは早苗のことが好きみたいなんだ」
「え……。そう、なんですか」
「この前告白もした。私も好きって言われた。だけど、会いに行くのは何だか恥ずかしくて……。ねぇ白蓮。こういう時って、どうしたらいいのかなぁ?」
「……そうですね。彼女はずっと待っています。だから、会いに行ってあげて下さい。彼女は守矢神社裏の桜の木の所にいますよ」
「へぇ、流石白蓮だ。そんな事まで解るんだね」
「えぇ。ただ、行くのは貴女の気持ちの整理が出来てからの方が……。いいえ。何でもありません。すぐに会いに行ってあげて下さい。これは、私からのお願いです」
「白蓮? 何で泣いているの?」
その言葉に返事はなかった。白蓮はただ、涙を流しながら微笑んでいるだけだった。
私は白蓮の言う通り、守矢神社へと向かった。まだ言葉は用意していないが、それでもどうにかなるだろうと信じて、石段を登った。桜が綺麗に咲いている。
神社と、母屋が見える。今日目指す所は神社裏だから特に用もないのだが、障子が開いていた為、ちらりと中を覗き見た。
お茶を啜る神様達。そして、壁に掛けられた早苗の写真。その写真はとても良い笑顔で、私の胸をときめかせる。それと同時に、どこか不吉なもの、そして近しいものも感じた。
白蓮の言う通り、早苗は神社裏の桜の木の所にいた。脇の開いた巫女服、緑色の髪。少し、懐かしい。
「さ、早苗」
「小傘さん。待っていましたよ」
早苗はにっこりと微笑むと、私の手を取る。
「でも、時間がありません。今ここで会えたのも奇跡でした。選んで下さい。私と共に行くか、驚かせるという貴女の本分を通すか」
「え、それは……選べないよ。あちきにはどちらも大切だもん」
「そうですね。順当なお返事です。でも、選ばなくてはならないんです。私と、驚かすことと。どちらが大事ですか?」
早苗の目つきが真剣なものへと変わる。本当に決断する時なんだと、私も覚悟を決めた。
「……早苗、かな」
「もっと、はっきりと!」
「何よりも早苗が大事! 早苗と一緒にいたい!」
「良かった……。私も、そう思ってました」
お互いに、涙を零していた。そして、どちらともなく抱き合う。
「これで、ずーっと一緒ですね」
「そうだね。これからもあちきが驚かせてあげるよ」
「ふふ、期待していますよ」
辺りを突風が吹き荒れる。そして、桜の花びらを巻き上げて、それは上空へと舞い上がった。
花びらが少なくなり、寂しくなった桜の木の下に、紫色の番傘が一つ、落ちていた。
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