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第2話

あとでちまちま編集入れます。


想像力豊かに読んで下さい。

 狼は一歩、また一歩と距離を縮める。

 赤ずきんは動かない。

 動けないのではなく、動かなかった。逃げる意志はなく、ただ狼を見つめるばかり。

 恐怖も逃走も赤ずきんには有り得なかった。


 しかし、お婆さんにそうは見えなかった。お婆さんでなくとも、そう見える者などいないだろう。

 当人以外の者から見れば、それは“恐怖で動けなくなった少女”に他ならない。


 姿勢を低くしたままお婆さんは走り出した。狼の注意が逸れているうちに彼の傍に立てかけてあった得物を掴み、背筋を伸ばして大きく振りかぶる。


「赤ずきん、伏せなさい!」

「「っ!?」」


 呼ばれた赤ずきんは反射的に頭を抱えてしゃがみ込むと、一瞬風を切る力強い音が耳に入った。

 狼に状況を確認する暇などなかった。振り返った瞬間には既に棒状の角張った何かに体への接触を許しており、弧を描いて床と水平に走るそれは狼の横腹に深々とめり込んだ。

 易々と成功した不意打ちは先程のお婆さん同様まともに喰らい、狼の体はくの字に曲がって後方の壁まで吹っ飛んだ。


「ぐっ──!」


 咄嗟に頭は庇ったものの背中に受けた衝撃が肺を締め付ける。吸えない空気は聞くに堪えない歪な音を響かせた。背骨に違和感を覚える。

 打ちつけた背中は壁を擦りながら床まで滑り、そのまま片膝を立てて座り込んだ。

 想定外なお婆さんの再起の早さ。老体にどれだけの鞭を打てば可能な機動力なのかと疑問に思う。


(クッソ、あの婆さん本当にバアさんか?)


 渇いた咳を床に吐き出し、歯噛みする。


「赤ずきんに近付くんじゃないよ」


 お婆さんが赤ずきんを背に庇う。

 狼は痛みに眉根を寄せて俯いたまま視線のみお婆さんに向け、その得物を計った。


 長さは一寸、太さは拳程もない。ささくれ立った所がない木製の長物はお世辞にも武器とは言い難かった。

 しかし、下段に構えて狼を見据えるお婆さんの姿はまさに槍兵のそれであった。様になっている分だけ癪に障り、狼は舌打ちをする。


「とんでもない婆さんだな……」


 それは閂だった。


 鍵穴が存在しないこの扉の錠はお婆さんが持った途端にひとつの武器となった。

 閂は門や戸を固定するための横木。丈夫さは申し分ない。


「お、オオカミ……さん?おばあさん……」


 状況が掴めていないのか、立ち上がった赤ずきんの声は震えていた。狼の陰に隠れていたり背を向けられてばかりでお婆さんの顔を見れていないが、その声音から辛そうな状態を感じた。

 見れば、お婆さんの肩は上下していた。

 下段に構えているのはまだ腹部に喰らったダメージが残っていたからだった。今の一連の動作だけで体の中のものが全部ひっくり返りそうな感覚に襲われたというのに、こうして立っていられるのは偏に“赤ずきんを守らねば”という意志の賜物だった。


 まだ壊れるなと言わんばかりに得物を握る手に力がこもる。

 一歩退いて狼を睨め付ける。


 ダルそうに膝から立ち上がる狼は痣の出来た腹をさすった。

 口の端を吊り上げ、形だけの笑みを作る。赤ずきんからはギリギリ見えるか否かの位置関係なため、声に気丈な意志を込めた。


「大丈夫だ、赤ずきん。大したことない」

(内臓、少しやっちまったかもしれねぇけど)


 その強がりに、怒気の隠るお婆さんの眼が笑った。


「言ってくれるじゃないかい若僧。まぁ確かに、あんたの内臓正拳突きに比べたらどうということはないんだろうね」

「謙遜することねぇよ。あんたの内臓ホームラン、ありゃオレじゃなかったら死んでたぜ」


 声音に合わない、決して穏やかとは言えない会話。

 置いてけぼりの赤ずきんは籠を抱えて震え上がっていた。どちらにとなく、呟くように声を出す。


「あの、……」

「赤ずきん、そこの壁の隅にいなさい」

「え?」


 見上げれば、お婆さんが横目に赤ずきんに視線を送っていた。

 それは赤ずきんがよく知る、厳しさより優しさが勝ったいつものお婆さんだった。


「本当は美味しいお茶とお菓子を振る舞ってあげたいんだけど、無礼な輩がいたら台無しだものね。獣を追い払ったら、ゆっくりお話をしましょう」


 慈愛に満ちた、聖母の笑み。赤ずきんが幾度となく見て、学んだ、普段の印象に一番近いお婆さんの姿がそこにあった。全ての者を安心させる表情。如何なる者も納得させる態度。

 

「本当は美味しいお茶とお菓子を振る舞ってあげたいんだけど、無礼な輩がいたら台無しだものね。獣を追い払ったら、ゆっくりお話しましょう」


 お婆さんは獲物を握り直し、下段に構えて狼を見据える。病を患っているはずの老婆の眼は、一瞬で歴戦の戦士のそれとなる。

 纏う空気に奮起の熱を。皺の刻まれた手に力を。眼前の敵に敗北を。

 お婆さんの眼に挑むように睨み返す狼は、しかし口の端を上げて喉の奥を鳴らした。堪えるように、愉快そうに、どこか怒りさえ感じる不敵な笑みを浮かべる。


「言ってくれるな婆さん。現役の傭兵を若造だの無礼だの」


 片膝をついて立ち上がる。少々前屈みになった上体に、倒れぬよう足を前後に開いて安定させた。

 この姿勢ならば、つま先に少し力を加えるだけで一気に間を詰められる。お婆さんの武器が長物である以上、如何に間合いを詰めるか狼にとってネックだった。

 簡単なことではない。

 このお婆さんが下してきた者の功績や素情を知った時、オオカミは手に握った汗の感覚を覚えている。恐怖か驚愕か。その感情こそが彼に興味を持たせたのだ。


「老化と病気で楽に仕留められると思ってたんだが、初手でアレだもんな。まったくもって当てにならない情報をもらっちまったぜ」

「やはり隣国の飼い犬かい」

「俺、犬じゃねえし。犬にまで落ちたつもりもねえよ」

「金を貰って動いてることにかわりはないだろう。もう少し長く生きたいなら、さっさと契約金突っ返して就活するんだね」

「忠心までくれてやった覚えはねえし、俺の目的は長生きすることじゃないからその提案は却下だ。婆さん相手に尻尾巻いて逃げるなんざ恥もいいトコだぜ。あとこの御時世、就活は大変なんだぞ」

「そうかい。そいつは、残念な返答だね」


 言葉とは裏腹に、細められた目は不敵な笑みを浮かべ、お婆さんの黒い内側が垣間見られた。

 彼女はけして赤ずきんの想う聖母にあらず。歴史が語ろう清き心の勇者にあらず。

 人間らしい濁った心を持った、人間らしい人間。

 それ嗅ぎつけた狼は、この老婆の正体にあの時の恐怖ないし驚愕を感じた。


「じゃあ、来世で頑張りな」


 楽しむような声で呟いた。刹那、お婆さんの体は宙へ踊り出た。大股に力強く蹴られた床板は軋む音とともに継ぎ目が裂け、捻りを加えた跳躍に閂の構えが横抱きに変わる。

 一瞬の出来事。予備動作もほとんど見せず、跳んだことによりお婆さんと狼の目線より上に位置し、気付けば狼はお婆さんの射程内に立っていた。

 それは狼が予期しなかった、まさに奇行。

 お婆さんは、狼との間合いを自ら詰めに掛かった。

 体調不良や赤ずきんの非難が済んでいない限り確実に先手を打てると思っていた狼に、避ける暇はない。

 辛うじて視界の端に捉えた閂が横凪ぎに迫り来ることを認め、腕を盾に首への直撃を免れた。閂の角に集中した衝撃は狼の筋肉に阻まれ骨にまでは至らず、その勢いさえ利用して狼は横に転がってお婆さんから一時的に離れる。


 足で床を蹴り、腕で跳ね、回転を繰り返し狼が着地した先は『壁』。

 バネが縮むように膝で衝撃を和らげつつ、狼も楽しむような声を上げる。


「そいつは優先席だ。快くお譲りするぜ、御老体」


 視線の先は閂を構える敵。

 力を受け止めた膝が今度は力を解放する。つま先に力を込め、狼は壁を蹴り跳んだ。


「簡単にくたばってくれるなよ婆さん!!」

「殺す気で来な、若僧」


 再び詰められる間合いに、お婆さんは応戦の姿勢を見せる。

 振り下ろされた狼の拳を難なくかわし、続けて二撃目の掌打は閂で払う。素手の身軽さで狼の連打は止むことなく繰り出され、お婆さんは危なげなく捌いた。木を打つ音が絶え間なく家中に響き、時には床板の割れる音や調度品の壊れる音さえする。


 足払いをかけるもお婆さんは後方に跳躍してそれをよけると、再び距離が生じ張りつめた空気が流れる。

 後方の壁にはいつの間にか移動した赤ずきんの姿が覗える。彼女を背に立つお婆さんは、まさに騎士そのものに映った。


 これでは当然ながら

 狼は討伐の対象のようなものだった。


「駄目だね」


 お婆さんの言に、狼の耳が反応する。


「まだ弱いね。生かしてあげるから未来永劫しっかり語り継ぐといいよ」

「……言うなぁ、バアさん」


 狼の笑みが静かに色を変え、拳が鳴る。


「俺が本気出すとか、知らねえぞ?マジで」

まだまだ続きます。えぇそりゃもう。


次はもっと字数多めで投稿します!

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