84.【パラレル・ワールド:凍った扉】
夢のお話の前にちょっと違うお話を……。
「夢の中で夢だと気がついた時ってどんな感じなの?」と聞かれまして。
ふと何かをやった時、何かを見た瞬間に
やり忘れていたことを思い出した時の
「ハッ……!」って感じに似ている気がします。
これは私の場合ですが、そんな感じです。
ある日の夢は……
姉と一緒に動物病院のような場所にいた。
アタシは腕に猫を抱きかかえていた。
怖がらずスヤスヤと眠っている猫。
姉の家の猫に似ている気がする。
待合室のような場所にはたくさんの人がいた。
待っている間に次から次へと人が呼ばれて、外からも続々と新たに人が入ってくる。
姉はどこかに行ってしまったのか、いつの間にかいなくなっていた。
自分の名前が呼ばれなくてウズウズしていたら、明らかにアタシより後に来た人達がどんどん呼ばれていく。
それでも待ち続けていたら、待合室に残るのはアタシと女の人の二人だけになった。
でも、やっぱり先に名前を呼ばれたのはアタシじゃなくて女の人。
居ても立ってもいられなくなったアタシは、女の人が立つと同時に受付に向かった。
受付に座っていたのは医療用の帽子とマスクをした男の人だった。
ボールペンを持って紙を見つめている。
「○○ハムスターなんですけど……」
女の人は連れてきたペットの種類を言いながら、透明のビニール袋を受付の台の上に置いた。
ハムスターって何にも持ってないじゃん……。
「まだ赤ちゃんなんですよ~」
笑いながら話す女の人の言葉に男の人は無言で頷きながらビニール袋を持ち上げた。
アタシも一緒になって覗き込んで驚いた。
少し空気の入ったビニール袋の角に物凄く小さな灰色のハムスターがモソモソと動いていた。
一センチあるかないか……指先ぐらいの大きさだった。
「小さっ……」
驚いて思わず声に出てしまった。
受付の男の人はアタシを見ると
「あと少しで本日の診療時間が終了なので、受け付けできません」と言った。
「え? ずっと待ってたんですけど……」
アタシが詰め寄っても受付の男の人は動じない。
椅子から立ち上がって無言で扉を開けると、アタシの背中をぐいぐい押す。
抵抗もできずに、そのまま外に追い出されてしまった。
扉の外はなぜかアッチノ世界にある学校の廊下になっていた。
いくつか種類があるけど、今回はフローリングの廊下だった。
窓の外を見ると夕暮れっぽい空が見える。
オレンジ色よりも赤色に近い濃い色をしていた。
アッチノ世界で、こんなに濃い夕暮れの学校は初めてかもしれない。
左を向くと動物を抱えた人達が一列になって、ぞろぞろと廊下を歩いていた。
アタシはまた一番最後。
みんなの後についていくと、夕暮れの光に照らされた薄暗い階段を下りていく。
「一番最後の人! ちょっと階段の電気を点けてくれない?」
だいぶ前を歩いていた人が叫んだ。
すぐ真横に電気のスイッチを見つけて、急いで押した。
チカチカと二回ぐらい点滅しながら階段の電気が点いた。
同時に、濃い赤色に染まっていた空間が眩しいぐらいの光りに照らされて真っ白になった。
寸前まで階段の踊り場に夕日が差し込む小窓があったはずなのに、光が落ち着くと大理石のような白い壁だけになっていた。
階段を最後まで下りると、辿り着いたのは見覚えのある場所だった。
見えた瞬間、自分は夢の中にいるんだと気がついた。
気がつくと同時に、アタシの前を歩いていた人達も抱えていた猫もいなくなっていた。
今いる場所に見覚えがあるのは、前に夢で見たことがあるからだと思った。
その時の夢は……
車の展示会なんかをやりそうな場所にコンテナみたいな箱が何個か並んでいた。
箱には扉と底に脚があって、扉の前に小さな階段もあった。
どの扉も厳重にロックされているのか開かない。
中は見られない仕様なんだと思って離れようとしたら、一つだけ窓付きの扉がある箱を見つけた。
近づいてみると、窓のガラスに網目状の線があって不鮮明だった。
でも、中は電気がついているのか明るくなっていて、赤い扉が何個かあるのがぼんやりと見えた。
何かのSF映画みたいに、実験生物とかが入っていそうな雰囲気だったのを思い出す。
今回も全く同じように箱が並んでいた。
他の箱は見ないで、窓がある扉の前に立ってみた。
やっぱり前の夢の時と同じように部屋の中は電気が点いていて明るい。
また開かないだろうな……。
そう思いながら扉のレバーを掴んで引いてみると、扉はすんなりと開いてしまった。
同時に溢れ出すように冷たい空気が肌に触れた。
空気の冷たさに驚きながら部屋の中に入ってみると、赤い扉が五つあった。
冷凍されているのか、赤い扉はスーパーの冷凍食品みたいなガラス扉の中に入っていた。
霜だらけのガラス扉を恐る恐る開けてみると、さっきよりも更に冷たい空気がアタシを包み込む。
赤い扉は板チョコのような形をしていて、金色の綺麗な装飾があった。
金属でできているのか、触れると指先が貼り付きそうなぐらいキンキンに冷えている。
この扉の先は、アッチノ世界のどこかに繋がっているんだろうか……。
殺人ロードとかだったら嫌だな。
そんなことを考えながらドアノブに触れてみた。
どんなドアノブだったかは忘れてしまったけど、赤い扉はずっしりと重たかった。
ゆっくり開いていくと、赤い扉の先にはまた同じような部屋があって、凍った扉も五つある。
最初の赤い扉は全部横並びにあったけど、今いる部屋の扉は正面に三つ、向きを変えて左右に二つあった。
正面の扉には「8・10・9」
左右の扉には「6・7」と番号がふってある。
その番号を見た瞬間、この扉の先はアタシが知っているアッチノ世界ではないと思った。
アッチノ世界にもあって、他の世界にもある。
同じであって同じじゃない。
69.【パラレル・ワールド:気紛れターミナル】の夢の時みたいに、パラレルワールドのような場所に繋がっている気がした。
どんな場所に繋がっているのか知りたくなったアタシは、なんとなく左側にある「6」の扉を開けてみた。
すると……扉の先は真っ暗闇。
暗い場所は悪夢になりそうな気がして、いつもは暗い場所を見ると避けていた。
でも、今回の暗闇はなぜか怖さを感じない。
そう思ったら吸い込まれるように入ってしまった。
暗闇を抜けると細い廊下に出た。
扉が開いている間は元の場所に戻れるのか、振り返ると四角い暗闇がモヤモヤと浮いている。
一旦深呼吸してから視線を前に戻すと、アタシの立っている数メートル先になぜか母が立っていた。
アタシと目が合うと母はニヤニヤしながら近づいてきた。
「あら、Aちゃん! こんなところで何をしているの?」
大袈裟なぐらい顔を覗き込むように見てきた。
「前に話した夢の世界に今いるんだよ?」
そう答えると……
「夢の世界? そんな話をしているの? ふーん……」
いつも夢の話をしているのは現実の世界の母だからか、今目の前にいる母は話を知らないようだった。
それはいいとして……。
「6」の世界の母は何か凄く嫌な感じがした。
「こっちへ来て」
ニヤつきながら手招きする母について行くと、廊下の先はコンビニのような場所に繋がっていた。
その場所と廊下の境目はお菓子コーナーになっていて、気になったお菓子の箱を一つ手に取ってみた。
何の気なしにパッケージを見た瞬間、鳥肌が立った。
『このお菓子を食べた○○ ○○君は誤った食べ方をしたため、亡くなりました』
そう商品名の上に小さく書かれていた。
亡くなった子の名前はアタシの甥と同じ名前。
現実の世界では、甥と姪の子守を任されていたから頻繁に会っていた。
「これどういうこと?」
「そのままよ。あなたが子守をしている時に喉に詰まらせて死んじゃったの。あなたがちゃんと見ていなかったから。事故があった商品にはこうやって名前が書かれるようになったのよ」
ニヤニヤしながら話す母の顔を見て怖くなった。
「ここはアタシにとって凄く嫌な世界。もうここにいたくない! 戻るから扉を閉めといて!」
アタシは子供のように叫ぶと、四角い暗闇へ戻ろうとした。
「ウケケケ……」
振り返ると、何とも言えない不気味な笑い声を出しながら母は口を押さえて笑っていた。
見ていられなくて、早歩きで四角い暗闇を抜けて、そのまま真っ直ぐ「7」の扉を開いた。
暗闇の先を抜けるとショッピングセンターのような場所に出た。
一瞬、マネキンショッピングセンターかと思ったけど、マネキン人形も人も誰もいない。
辺りを見渡していたら、バタンッと扉が閉まるような音が背後から聴こえた。
慌てて振り返ると、そこにあると思っていた四角い暗闇が無い。
――戻るから扉を閉めといて!
さっき自分が言い放った言葉が浮かんだ。
そう言ったから、「6」の世界にいた母が「7」の扉を閉めた……?
そんな気がした。
違う場所に四角い暗闇が浮かんでいないかと探してみたけれど、全然見つからなかった。
その代わりなのか、突然アタシの目の前に人型の小さな物体が現れた。
丸顔で三角形に尖った鼻。
目は閉じているのに口元は笑っていて、クレヨンみたいな青色の肌をしていた。
赤いカンカン帽と赤い長靴を身に着けていて、何だかオモチャの人形みたいだった。
海外の某キャラクターにも似ている。
その青い何かは、何回かその場で飛び跳ねると
ビョーンッ ビョーンッ と間の抜けた効果音を出しながら、そばにあったエスカレーターを上っていった。
ゴムのように両手足を伸ばしながら、ゆっくりと上っていく青い何か。
その姿を見ていたら、なぜだかわからないけど……
アタシは青い何かに対して、何かしらのアクションを起こしたくなった。
「ねぇ、待って!」
大声を出しても聞こえていないのか、青い何かはどんどんエスカレーターを上っていってしまう。
上りと下りのエスカレーターの間にある横長の階段の前に、ワゴンが置いてあった。
ワゴンの中には、青い何かが被っているのと同じカンカン帽がたくさん入っていた。
「おーいっ! 帽子だよ? 帽子!」
そう叫びながら、アタシは山のように積まれたカンカン帽を音が鳴るほど強く叩いてみた。
その瞬間、青い何かはピタリと動きを停めた。
グググッ……
ゴムがねじれるような鈍い音を出しながら、青い何かがゆっくりと振り向いた。
目元はさっきと同じで閉じているけど、口元は笑っていない。
グーゥッ……グーゥッ……
青い何かは不穏な音を響かせながら、ゆっくりと階段を下りてきた。
まるでスローモーションで逆再生をしているかのような姿と音が凄く怖かった。
目を離すことができなくて動けずにいたら……
「ちょっとお姉さん。あの変なのから逃げたいの?」
突然、背後から声がした。
恐る恐る振り返ると、見知らぬオバ様が立っていた。
カバンを片手に持って、如何にも買い物に来た雰囲気。
67.【侵入者:肌色の進化】の夢で、アタシを助けるふりをして騙したお婆さんを思い出す。
信用していいのかわからなくて身構えていたら……
「私、この中のこと詳しいから一緒に逃げてあげる!」
オバ様はそう叫ぶと、アタシの手を取り走りだした。
凄い早さで何かのお店の角を曲がった瞬間、目が覚めてしまった。
今回も色々気になったけど……
いつか他の赤い扉の部屋に行ってみたい。
そう思った夢でした。