60.【侵入者:感染と抗争】
ある日の夢はカラクリ屋敷の一室から始まった。
部屋のすぐ前にある階段から下を覗いてみると、前に夢で会ったオネエ風の男の人が立っているのが見えた。
「あの……」
声をかけるとオネエ風な人は凄い顔でこっちを見た。
「Aちゃん!」
アタシの名前を叫びながら、勢い良く階段を駆け上がってくる。
「Aちゃんお久しぶりね。お久しぶりなのに悪いんだけど、ちょっとゆっくりできないのよ」
そう言うと最初にいた部屋に入った。
オネエ風な人は着ていた服を軽く整えて呼吸を落ち着かせると、深い溜息を吐いた。
「ここ最近ね、なんでか変な奴等がウロウロしちゃって……そのせいでアナタをこの屋敷の外に出すことも、とどめておくこともできないのよ」
アタシの髪の毛を触りながら溜め息混じりに言うと、オネエ風な人は窓際に行って、部屋の端にあるカーテンをめくった。
カーテンの奥には焦げ茶色の壁と、人一人が這いつくばって通れるか通れないかぐらいの小さな扉があった。
扉の前には扉の高さに合わせたようなアンティーク調のチェストが置いてある。
オネエ風な人はチェストの上に乗っていた四角い布を取って埃を丁寧に払った。
「ここから先はね、ここと同じであって同じじゃないの。この辺りよりかは落ち着いているとは思うけど、安全とは言い切れないわ。でも、Aちゃんなら逃げられるはずよ!」
なんて力強く言われてしまった。
「あの扉の先って一体……」
そうアタシが言いかけた瞬間――
下の階から何かが割れる音と、不気味な唸り声が聞こえてきた。
「さぁさぁ、早くあの扉の先へ行って!」
オネエ風な人は、後ろからアタシの両肩に手を置くと小さい扉の方へアタシを押した。
「次に会った時はゆっくりお話ししましょ」
そう言いながら扉と壁を繋ぐ留め具のような物を指先で外すと、チェストの上にアタシをヒョイと乗せた。
オネエ風な人は、すぐさま入ってきた扉の方へ向かうと、軽く振り向いて頬に手を当てた。
「この屋敷に招かれていないお客の相手は、美容にも悪そうね」
そんなことを言いながら、素敵な笑顔で部屋を出て行ってしまった。
扉が閉まると同時に鍵をかけるような音がした。
その後は何にも音がしない。
どうなっているのか気になった。
でも、オネエ風な人がアタシを守るために鍵をかけてくれたのなら、入ってきた扉を開くのはやめておいたほうがいいと思った。
カラクリ屋敷の外側は緑色の草原が広がっている。
昔見た景色が頭の中に浮かぶ。
小さな扉を開けて恐る恐る外に顔を出してみた。
同じであって同じじゃない……。
そう言われても、やっぱり草原が出てくるのだろうと勝手に思っていた。
けれど、見えた景色は全く違うものだった。
小さな扉の先には見知らぬ住宅街が広がっていた。
見えたのは緑色の草原ではなく、綺麗に手入れされた芝生と高級そうな大きな家。
同じような家が区画に分けられてたくさん並んでいる。
海外の住宅街のような雰囲気だった。
アタシのいるカラクリ屋敷は高い位置にあるのか、住宅街を見下ろすことができた。
区画と区画の間には背の高い壁が続いていて、迷路のように道ができている。
人はいないのかと見渡していたら、ある区画の道におかしな格好をした何かがいた。
人なのかもわからない。
それは小太りで、白と黒のシマシマな格好をしていて、偽物のようなオレンジ色の髪の毛がボッサボサに生えていた。
振り向いたその目元には極太の一本線。
一瞬、黒い目隠しでもしているかのように見えたけれど、ペンや墨で書かれたような線だった。
まるで某ファーストフード店にいたキャラクターのような風貌。
道の両端にある壁と壁にぶつかりながら、忙しなくウロウロしている。
その動きがかなり怖かった。
暫く見ていたら、すぐ横の道から男女の二人組が歩いてきた。
シマシマのいる道へゆっくりと曲がった瞬間――
聞き覚えのある奇声をあげて、シマシマは男の人の腕に噛み付いた。
噛み付かれてすぐだった。
男の人の頭からオレンジ色の毛が噴き出すように伸びて、目元には黒い一本線が表れた。
それを見た女の人は叫びながら後ずさると、足がもつれたのか後ろへ倒れるような姿勢になった。
そのまま背後の壁に肩が触れたと思ったら、女の人の目元もジワジワと染み出すように黒くなっていく。
男の人のように一瞬ではないけど、ほんの数秒でシマシマ達と同じような一本線が入った。
触れた壁はさっきまでシマシマがぶつかっていた場所。
感染……。
そう思ったら一気に怖くなった。
女の人が地面へ倒れると、シマシマと男の人は覆い被さるような姿勢で襲いかかる。
五分もしないでシマシマと男の人は起き上がると、女の人がいた場所には服だけが残っていた。
食べたんだ。
オネエ風な人が言っていた変な奴等ってあれのことか……。
そう思いながら様子を見ていたら、男の人の体がブクブクと太るように膨らみ始めた。
同時に着ていた服が体の中に吸収されていって、ひっくり返すようにシマ模様の服が表れた。
あれに食べられるのは嫌だし、外に出たくないなぁ。
なんて考えていたら、アタシがいる部屋の扉をバンバン叩く音と唸り声が聞こえてきた。
慌てて小さな扉の外へ出ると、そこはバルコニーのような場所だった。
足を下へ着地させた瞬間ーー
バルコニーのどこかに自分の履いていた靴の先が当たって、〝カーンッ〟と鐘のように鳴り響いてしまった。
シマシマ達が恐ろしい顔をしながら寄ってきた。
夢の中のアタシは身軽に動ける時と全く動かない時がある。
今回はフワッと動けそうだったから、屋根によじ登ってみた。
シマシマがいない辺りに飛び降りて、後ろを振り向かずに走った。
ひたすらまっすぐ走っていたら、大きな通りに出た。
振り返ってみると、シマシマ達はいない。
通りには二本の道路があって、その真ん中に芝生や木が綺麗に植わっている
アタシは警戒しながら通りを歩いてみた。
右にも左にもずらっと大きな家が並んでいて、洗車する人や芝生の手入れをしている人が見える。
前を見ると二人組の若い女の子達が歩いてきた。
楽しそうな顔してるなぁ……。
そう思いながら二人と擦れ違おうとした瞬間――
奥にいた女の子の目元が黒く見えた。
振り返ると、その女の子がアタシの肩に咬み付こうとしていた。
焦ったアタシは尻餅をついてしまった。
やばい。噛み付かれる……!
身構えていたら
「えっ、何してんの?」
一緒にいた女の子が呟いた。
声に引き寄せられるように、黒ラインの入った女の子はアタシではなく、その女の子に咬み付いた。
すると二人は同時にシマシマと同じ姿に変わりだした。
今度こそホントに噛まれると思って目を閉じた瞬間――
おもちゃの光線銃のような機械音が二回聴こえた。
目を開けると、シマシマになった小太りの二人が更に膨らんでいって……
パンッパンッと風船のように破裂してしまった。
彼女達の服の残骸がパラパラと舞い落ちていく。
その先に何かが立っていた。
よく見ると、そこにいたのは16.【XXロード : 危ない隠し芸】の白い人型ロボットだった。
うわぁ……
全然嬉しくない再会。
なんて思っていたら突然、大きな爆発音がした。
白いロボットの奥で真っ黒な煙が立ち昇っている。
その煙を纏うように見えてきたのは、黒い人型ロボット。
32.【遊園地&プール】と【研究所】で見たロボットだった。
辺りを見渡してみると、シマシマと白黒の人型ロボットが攻撃し合っていた。
最初は穏やかな雰囲気の大通りだったのに、あっという間に戦場になってしまった。
アタシはその場で座り込んだまま動けずにいた。
すると、背後から誰かがアタシの肩を抱き上げるように立たせて、そのまま手を引っ張って走りだした。
前を見ると若い男の人だった。
その人の他にも、同じ歳ぐらいの人達が何人か一緒に走っている。
住宅街の細い道に入ると、みんな立ち止まって辺りを見渡し始めた。
「この家なら大丈夫だろう」
手を引っ張っていた男の人が高級そうな二階建ての家を指さした。
みんなぞろぞろと敷地内に入っていく。
焦げ茶色の木の塀に囲まれていてわからなかったけど、
円柱型の面白い形をしている家だった。
外側にある白い階段を上っていくと、両開きの大きな黒い扉があった。
みんな躊躇せず家の中に入っていく。
中に入ると、すぐにリビングのような部屋に繋がっていた。
カーペットが張られた部屋になっていて、囲むように大きな窓がある。
見えた外は曇り空なのか、夕暮れの時間帯なのか、何とも言えない薄暗い色をしていた。
男の人達は扉を閉めると、また一斉に何かを探し始めた。
「あった!」
探していた一人が割りとすぐに見つけ出して、アタシを引っ張っていた男の人に手渡した。
何かと思ったら赤い小さな箱だった。
「これはキミが持っていて」
中も見ないでアタシに箱を渡すと、それを見た他の人達はどんどん家の外に出ていく。
アタシも付いて行こうとしたら止められた。
「食料がないか探してくる。キミはここで待っていて」
そう言ってアタシを引っ張っていた男の人まで出て行ってしまった。
窓の側には大きなソファーとローテーブル、奥にはダイニングテーブルとキッチンがあった。
薄暗い家の中で一人……。
落ち着かなくて、暫く部屋の中をウロウロしていた。
渡された横長の赤い箱は、小さいけど結構重い。
中身も気になるけど、何より箱を持っているのがしんどくなって、キッチンのカウンターの上に置いた。
その瞬間に目が覚めてしまった。
人型ロボット達が攻撃していたということは、シマシマはアッチノ世界の住人ではなく、侵入者なんだと思った。
あの箱の中には何が入っていて、あの人達は何で助けてくれたのか。
オネエ風な人も無事なんだろうか……。
色々気になる夢でした。