58.【茶色いエレベーター】
ある日の夢は……
47.【屋根のない洋服屋 : 夜の世界】に出てきた茶色いエレベーターの中にいた。
扉は閉まっている。
動くのかと思ったら、別の階には行かずに扉が静かに開いた。
その先には初めて見る薄暗い廊下があった。
狭い廊下の両サイドや奥に、色形の違う扉がびっちりと並んでいた。
何だかアッチノ世界にある美術館に雰囲気が似ている。
似ていたとしても美術館での体験を思い出すと、扉を開けようとは思えなかった。
暫く待っていたけど、エレベーターは全然動かない。
何かボタンを押そうと思ってもボタンも一つも無い。
前の夢の時は、エレベーターを降りたら扉が閉じてしまった。
こんな細い廊下に閉め出されたら怖いから、アタシは頭だけ外へ出して、エレベーターの扉周辺を見てみた。
上下を選択するボタンがありそうな場所には何も無い。
代わりにあったのは壁にくっついた金色のベルだけ。
小さいおじいさんがエレベーターを動かす時に鳴らしていたのと同じやつだと思う。
扉を開けるよりはマシな気がして、ベルに触れようとした瞬間――
奥の方にある扉が開いた。
また殺人鬼……!?
思わずアタシは身構えてしまった。
扉からひょっこりと顔を出したのは、あの殺人鬼ではなく若い男の人だった。
「あっ……あぁー! やっと普通そうな人がいたぁー」
ボサボサ頭の男の人がアタシの顔を見るなり、叫びながら駆け寄ってきた。
変なのが来たと思って、アタシは慌ててベルを鳴らしまくった。
ゆっくりとエレベーターの扉が閉まっていく。
「ちょっと待って……待って!」
男の人は閉まりかけた扉に挟まりながら、エレベーターの中に入ってきた。
「気が付いたら知らない駅の前にいて、ウロウロしていたら変なロボットに追いかけられて……
慌てて近くの家に逃げ込もうとしたらここに出て……ここは一体どこなんですか?」
息を荒くしながらアタシを見つめる男の人。
何だか前にもこんなことがあったような気がする。
駅の前で変なロボットに会ったのなら、この人は殺人ロードから来たってことか。
ということは……
ここにあるたくさんの扉は、アッチノ世界の色んな場所に繋がっているのかもしれないと思った。
扉を開けなくてよかった……。
安堵していたら、エレベーターの扉が閉まった。
その瞬間、男の人がアタシの腕を強く掴んだ。
「ここはどこ?」
「えっと……ここはアタシの夢の世界だと思います。でも、このエレベーターの事はアタシもまだよくわからなくて」
そう答えると男の人は無言で床へ座り込んだ。
その様子を見ていたらエレベーターが動き出したけど、上に動いたのか下に動いたのか、またわからない。
「こんな場所にいたくない! 次の階で俺は降りる!」
取り乱しながら、子供みたいに叫ぶ男の人。
それに応じるかのようにエレベーターが停まった。
扉が開いた先には、またさっきと同じような廊下があった。
でも、同じであって全然違う。
まるでアタシ達を伺い見ているかのように、両サイドにある扉がこちらを向いていた。
壁は引っ張られた皮膚みたいにデコボコと変形している。
何が起きるかわからない。
動かずに廊下の様子を観察していると、一番手前の扉が黒い鉄の門に変わっているのに気が付いた。
男の人を見ると脅えたような顔で、その異様な光景をじっと見つめていた。
「あの扉の先がどうなっているのか、アタシにもわからない。それでも行きます?」
そう聞くと男の人は下を向いて黙ってしまった。
どうするのか様子を見ていたら――
突然エレベーターのブザー音が鳴り出した。
前の夢の時と同じ。
まるで降りろと言っているみたいに鳴り続ける。
アタシが降りると、男の人も慌てて降りてきた。
同時にブザー音はピタリと止まって、静かに扉が閉まった。
黒い鉄の門の奥を見ると、洞窟みたいになっていた。
洞窟の中は意外と明るい。
目の前にある不気味な扉より、なんとなく洞窟の方が安全な気がする。
男の人はアタシの隣で黙ったまま動かない。
このまま細い廊下で突っ立ったままも怖いから、アタシは男の人を置いて門を開けようとした。
「やだ、一人にしないで!」
そんな風なことを叫びながら、男の人はまたアタシの腕を強く掴んできた。
腕を掴まれた拍子にアタシの体が門に触れて、ゆっくりと開いた。
その瞬間、今まで無音にも近かった空間に騒がしい音が一気に入ってきた。
門には音をさえぎる物は何も無い。
腕だって通せるのに、まるで密閉されていた扉が開いたみたいだった。
突然の出来事に驚いて、アタシもボサボサの男の人も暫く固まっていた。
聴こえてくるのはクラブミュージックのような音楽。
先へ進んだ方がいい気がして、アタシは静かに門の中へ入ってみた。
後ろを見ると、ボサボサの男の人も肩をすくめながらついてきた。
ちょっとしたカーブを曲がると、その奥にはファッションショーでよく見るランウェイのような道が一本通っていた。
その道の両サイドには、パンのようなフカフカの丸っこいソファーとテーブルが点々と置いてあった。
ソファーには綺麗な女の人達が寝っ転がったり、埋まるように座っているのが見える。
進もうかどうしようか迷っていたら、近くにあった黒いカーテンの奥からモデルのようなお姉さんが一人出てきた。
お姉さんはアタシ達にすぐ気がついた。
何を言われるのかドキドキしていると……
「アナタ、Aちゃんでしょ? やっとここにも来てくれたんだー!」
なぜか大はしゃぎで近づいてきた。
「えっ? アタシのことを知っているんですか?」
「もちろんよ。知っている人の中では有名人なんだから! 隣にいる彼はAちゃんのお友達?」とお姉さんはボサボサ頭の男の人の顔を覗き込んだ。
男の人は戸惑うような仕草をするだけで全然話さない。
「まぁ、いいわ。Aちゃん達は出口を探してるんでしょ? それならこっちよ」
お姉さんはアタシの肩を抱くように掴むと、ランウェイのような道の横をノリノリで進んでいく。
フカフカのソファーの前を通過する度に、座っていた女の人達が手を振りながらウィンクや投げキッスをしてくれた。
暫く進んでいくと、最初にお姉さんが出てきたような黒いカーテンが見えてきた。
ランウェイのような道と歩いてきた横の道と、カーテンは二つあって、横の道にある黒いカーテンの前まで来るとお姉さんは立ち止まった。
「アタシの名前は○○って言うの。今日はこれでお別れだけど、今度会えた時はゆっくりガールズトークでもしましょうね」
そんなことを言って、アタシの頬にキスをして優しくハグをしてくれた。
そのまま背中を押されて黒いカーテンの中を入っていくと、強烈な光が見えて思わず目を閉じてしまった。
暫く閉じていたけど……
恐る恐るゆっくり目を開けてみると、見覚えのある謎のゲーム機が置かれていた。
そこはアッチノ世界にあるゲームセンターの出入り口だった。
どうやらアタシ達はゲーム機の後ろにある暗幕カーテンの中から出てきたらしい。
前の夢の時は壁だったのに。
あの時のオジサンはいないのかな……。
そう思っていたら目が覚めた。
アッチノ世界にある茶色いエレベーターと銀色のエレベーター。
その二つの違いはまだわからない。
あのお姉さんもどんな人なのか謎だけど、ボサボサ頭の男の人がどうなってしまったのだろうか。
少しだけ気になった。
そんな夢でした。