57.【ナナちゃんと僕】
不思議な夢を見た。
映画やドラマを見ているようだった。
夢の中の主人公はアタシではなく、女の子と小さな柴犬。
屋根のない洋服屋でも柴犬の子犬が出てきたことがあるけど、今回の柴犬は年老いていた。
女の子は五、六歳ぐらい。
柴犬のことを「ロク」と呼んでいる。
一人と一匹は何かを探しながら、木のたくさん生えた場所を歩いていた。
アタシはテレビや映画を見ているみたいに様子を見ていることしかできなくて、この場所がどこなのか考えていた。
ここがアッチノ世界なのかもわからない。
もしここがアッチノ世界なのだとしたら、学校の近くの森林にも似ているし、神社公園の奥にある坂道の辺りに広がっている雑木林にも思える。
「ねぇ、ロク。今日はパパのお誕生日だから、二人でドングリとかマツボックリとか、いっぱい集めてプレゼントしようね」
楽しそうに柴犬に話しかける女の子。
主にロク目線なのか、ロクが思ったことまで伝わってくる。
ロクは女の子のことを「ナナちゃん」と呼んでいた。
何だかナナちゃんが嬉しそうだから、いっぱい集めなきゃ……。
ロクも必死にマツボックリを探している。
ナナちゃんはドングリを拾いながら、ロクが拾ってきたマツボックリを小さなトートバッグに詰め込んでいく。
もうトートバッグがいっぱいで入らなくなった頃……
「ロク! もうすぐパパが帰ってくる時間だから、駅まで一緒に迎えに行こう」とナナちゃんが言った。
雑木林のような場所から出ると、目の前に車がたくさん行き交う大きな道路があった。
その横の歩道を並んで歩く。
人が一人通れるぐらいの細い歩道。
「ロク遅い~」
怒ったように後ろを振り返りながら、ナナちゃんが少し先を歩いている。
その後ろをロクがゆっくりと歩く。
ナナちゃん待って~。
僕、もうお爺ちゃんだから速く動けないんですよー。
そんな風なことを思いながら、ロクは追いつこうと一生懸命歩く。
「パパが帰ってきちゃうから、ナナは先に行ってるよ! ロクは走っちゃいけないから待ってて」
そう言うとナナちゃんは走って行ってしまった。
あーぁ。行っちゃった。
いつの間にかナナちゃん大きくなったなぁ。
昔は追いかけっこだって僕の方が速かったのに……
今じゃ僕がヨチヨチ歩きだよ。
なんて呟きながら歩いていると、後ろから一台の大型バイクが蛇行しながら走ってきた。
片手には鉄パイプ。
反対車線側の歩道を歩いていた人達を次々と鉄パイプで殴っていく。
この先にはナナちゃんが……!
その様子を見た途端にロクはナナちゃんの向った方へ全速力で走り出した。
辿り着いた先に見えたのは、倒れているナナちゃんの姿。
「パパ……パパ……」
急いでロクが駆け寄ると、ナナちゃんは腕を押さえながら泣いていた。
辺りには誰もいない。
急いでお父さんを連れてこなきゃ……。
ロクはナナちゃんの顔の涙を何度か舐めると、ナナちゃんを置いて駅の方へまた走った。
少し走ると、前からナナちゃんのお父さんらしき人が歩いてきた。
「あれ? ロク~。お前だけか? ナナは?」
ロクの頭を撫でるお父さん。
ナナちゃんが大変……お父さん早く!
ロクはお父さんのジーパンの裾に噛み付いて、何度も引っ張った。
「なんだ? ロクやめてくれ! これはお父さんが結婚する前にママから貰った大切な物なんだよ。破れたら怒られちゃうよ……」
お父さんはロクを抱き上げようとした。
ロクはすかさず避けて、今度はナナちゃんのいる方へ走った。
「ロク! 走っちゃダメだ!」
お父さんもやっと異変に気が付いたのか、慌てて追いかける。
ロクの曲がった先に見えてきたのは、救急車とたくさんの人集りだった。
「パパー! ロクー!」
近づくと泣き叫ぶナナちゃんの声が聞こえる。
人集りを掻き分けて進むと、救急隊員に支えられて座るナナちゃんがいた。
「えっ、ナナ! この子の父親です! 一体 何が……」
お父さんの姿が見えると、ナナちゃんは救急隊員から離れてお父さんの方に倒れこんだ。
「先程この辺りで通り魔が出て、この子も襲われたみたいなんです。救急車に乗せようとしてもパパが来るまで乗らないと言って暴れてしまって……」
救急隊員が説明すると、お父さんはナナちゃんを抱き上げて救急車に乗った。
そのまま救急車はロクを置いて走り去ってしまった。
ナナちゃん大丈夫かな。
でも、お父さんと会えて良かった。
救急車を見送りながらロクは安堵していた。
あー。昔みたいに無茶苦茶に走っちゃったよ。
また怖い場所に連れて行かれるかな……。
何か病気を患っているのか、呟きながらロクはしんどそうに伏せた。
ボーっと見つめた先には、ナナちゃんが持っていたトートバッグが落ちていた。
辺りには一緒に拾ったドングリやマツボックリが散らばっている。
ナナちゃんと一緒に拾ったやつ。
ナナちゃんに渡さなきゃ……。
ロクはプルプルと震えながらゆっくりと立ち上がると、トートバッグの近くに落ちているドングリとマツボックリを鼻先で転がして二、三個トートバッグの中へ押し込んだ。
そのままトートバッグの持ち手を口にくわえると、引きずりながらフラフラと歩き出した。
途中で止まっては少し歩いて、また止まっては少し歩いての繰り返し。
「ねぇ、オジサン。どこへ行くの?」
休んでいたら突然、声をかけられた。
顔を上げると、目の前にスラッとした若い犬が座っていた。
体の大きさはロクと同じぐらいで、耳の垂れた茶色い毛の犬だった。
「これをナナちゃんに渡さなきゃいけないんだ。やかましく鳴く乗り物を探してて……」
「それなら知ってるよ。オジサン、何だか辛そうだから僕が代わりに持って行ってあげようか?」
そう言って若い犬がトートバッグをくわえようと近づいたけど、ロクは立ち上がって拒んだ。
「いいや。これは僕が持って行きたいから場所を教えて欲しい。僕に残された時間はあと少し……あと少ししかないんだ」
そんなロクの様子を見た若い犬は、何かを察したのか前を歩き出す。
その後ろをゆっくりとロクが付いて行く。
引きずるトートバッグの中から一つ、二つとマツボックリが外へ出てしまう。
もう少し……もう少しだけ待って……
うわ言のように呟きながら、落ちた木の実を拾って進むロク。
同時にどこからか切ないBGMのような音楽が聴こえてきた。
気がつくと辺りは暗くなり始めていた。
緩やかな坂を上ると、真っ暗な建物に辿り着いた。
アタシは暗い建物を見て停電病院だと思った。
「着いたよ! 前にうるさいのがここに入っていくのを見たんだ」
若い犬がはしゃぎながらロクに駆け寄る。
でも、すぐに……
「せっかく着いたけど、僕らはこの中には入れてもらえない」
そう寂しそうに言った。
「そっか……じゃあここで待ってみるよ。ありがとう」
ロクはそう言って入り口の前で横になった。
若い犬はロクが心配なのか、帰らずにロクの横で寄り添うように座る。
「ねぇ……オジサン。ナナちゃんってそんなに大事な人間なの?」
そう若い犬が聞くと、急にロクの回想シーンのような映像に切り替わった。
そこには赤ちゃんを抱っこしてソファーに座っている女の人と若い頃のお父さんがいた。
ロクをお父さんは抱き上げると
「ほら、 ロク~。お前の妹だよ。ロクは六番目に産まれたからロク! そのロクの次に我が家の家族になったからナナちゃんって名前にしたんだ。可愛いだろう~」と赤ちゃんを覗き込む。
「ナナちゃん……僕の妹かぁ。お父さん達よりちっちゃいなぁ」
嬉しそうに尻尾を振るロクの姿が見える。
「大好きなナナちゃんは僕の大事な妹。もう少しナナちゃん達と一緒にいられると思ったのになぁ……」
ナナちゃんのトートバッグを見つめながら話すロク。
その両目には大粒の涙が……。
「僕はずっと独りぼっちだったから、オジサンが羨ましいよ! だから、そんな弱気なこと言わないでよ……」
若い犬は励ますようにロクの隣にぴったりくっ付いて伏せた。
「うん。でも、そろそろバイバイしなきゃいけないみたい。寂しいけど……ナナちゃんが出てくるまで少し休むよ。もし僕が渡せなかったらキミにお願いしてもいいかな。ごめんよ」
そう言うとロクは眠いのか目を閉じてしまった。
すると、また別の映像に切り替わった。
今度は暗い街中を走り回るお父さんがいた。
「ロク~! ロク~!」
まだあの場所にロクがいると思って、行き違いで探しに来たらしい。
「年老いた犬なら若い犬と一緒に歩いているところを見たよ。若い犬が気遣うように歩いていたから親子かと思ったよ」
近くの家にいた人が教えてくれた。
それを聞いてお父さんはロクだと思った。
もう一度来た道を探し始めると、お父さんの携帯電話が鳴った。
電話に出ると、ナナちゃんが運ばれた病院にいるお母さんからだった。
「パパ! ロクが……」
「ロクなら今探してるよ? ロクみたいな犬を目撃した人もいたし」
「ロクね、病院の前まで来てたのよ。だから早く戻って来て」
お父さんは電話を切ると走って病院へ戻った。
緩やかな坂を上ると、病院の入り口の前にママの後姿が見えた。
「ママ! ロクは?」
お父さんが後ろから声をかけると、振り向いたママは泣いていた。
「どうしたの?」
ママの見つめた先を見ると、横になって眠るロクがいた。
その隣には汚れたトートバッグをくわえた若い犬が座っている。
「ロクね、ナナちゃんのバッグ持って、この子と一緒にここで待っていたみたいなの。でも、私が見に来た時にはもう……」
ママはそう言うと、泣きながら崩れるようにしゃがみ込んでしまった。
「そんな……」
触れたロクの体は冷たくなっていた。
お父さんは震える手でロクの体を何度も撫でる。
そのまま隣に座っていた若い犬の頭を優しく撫でると、若い犬はトートバッグをお父さんの前に置いた。
バッグの中には、笠の取れたドングリとヨダレに塗れたボロボロのマツボックリが入っていた。
「さっきナナちゃんが言ってたじゃない。今日はパパの誕生日だからロクと一緒にドングリとかを拾いに行ったって……きっとロク、これが大事なものだと思って病院まで歩いて届けに来てくれたのよ」
ママの話を聞いたお父さんは、バッグと一緒にロクを抱きしめながら泣いていた。
「ロク……ありがとう」
見ていたアタシも号泣。
少しすると、また映像が切り替わった。
ロクとナナちゃんが最初にいた雑木林のような場所。
「ハチ!」
ナナちゃんの声がすると、ロクと一緒にいたあの若い犬がナナちゃんに駆け寄る。
首にはロクがしていたのと同じ首輪をつけていた。
「ねぇ、ハチ。今日はパパのお誕生日な……」とナナちゃんが言いかけたところで目が覚めた。
目覚めると、アタシの顔や枕は涙で大変なことになっていた。
本当に映画を見ているような夢だった。
途中でBGMまで流れちゃうし……。
思い出す度に切なくて涙が止まらなかった。
こうやって文章にまとめた時も泣きはらしながら作業していたから、丸一日かかってしまった。
でも、気になることが一つ。
もし、あのまま目が覚めずに夢を見ていたら、続きはどうなっていたのだろうか。
あのくだりだとロクと同じような流れになっていたのでは……なんて思うのはアタシだけでしょうか?
文章にするのが下手っぴなアタシの表現なので、
大した夢ではないかもしれませんが……
たくさん泣いた夢でした。