53.【モノクロビルとBlackey】
ある日の夢は……
BARみたいな場所から始まった。
アタシはカウンター席に座っていた。
中は薄暗いけど、外の光が窓から入ってきているから夜ではないらしい。
お酒のボトルやグラスが並んでいそうな場所には、灰色がかった細長い扉がいくつも綺麗に詰まっていた。
どの扉にも銀色の番号と金庫みたいなダイヤルがついている。
あの中にお酒のボトルが入っているのかな。
聞きたくてもカウンターの中に誰もいない。
気になってカウンターの中を覗こうとしたら――
「やめろよ!」
突然、声がした。
「ごめんなさい……」
ビビリながら振り向くと、少し離れた所に大きなスクリーンと小さなステージのような場所があった。
そこに三人の男の人が立っていた。
どの人も体格が良くて、極道物の映画に出てきそうな、いかつい顔したオジ様達ばかりだった。
アタシに気付いているのかわからないけど、どうやら何か揉めているようだった。
さっきの『やめろよ!』もアタシに対してではなかったらしい。
パツンパツンの黒パンツにピッタリTシャツを着たおじ様がスーツのおじ様の胸元を掴んでいた。
スーツのおじ様の後ろには、黒ラインの入った白い革ジャンのおじ様が立っている。
「俺を負かしてから手出せやぁ!」
そんなことを言いながら、革ジャンのおじ様が黒パンツのおじ様に近づく。
凄く自信あり気に黒パンツのおじ様に蹴りを入れようとしたけど、サラリとかわされた。
……と思ったら、逆に黒パンツのおじ様に肩と腕を摑まれて床に叩きつけられる革ジャンのおじ様。
骨が折れたのか凄い音がして怖い!
あんなに格好つけて挑んだのに、ちょっと格好悪いね……。
ビビりつつ、そんなことを思いながらアタシは三人の様子を静かに見ていた。
革ジャンのおじ様は床に倒れたまま動かない。
黒パンツのおじ様は、すぐまたスーツのおじ様の胸元を掴んでいる。
今度はあのおじ様が殴られちゃう……怖いなぁ。
そう思った瞬間――
アタシの肩を誰かが軽く叩いた。
いきなりだったから、ビックリして椅子から転げ落ちそうになった。
振り返ると、曇った黒ブチメガネをかけたオッチャンが立っていた。
喧嘩しているワイルドなおじ様達とは、正反対な雰囲気。
「ねぇー、お嬢ちゃん。なんでこんな物騒な所にいるんだい?」とニカッと笑うオッチャン。
「うーんと……ここは多分アタシの夢の世界で、気が付いたら座ってて。アタシにもわからないんです」
アタシは素直に話してしまった。
「ほぉー。面白いこと言うね。まぁー、夢であっても危ないことには変わりないね。こんなとこ怖いだろ?
オッチャンについておいで」
そんなようなことを言いながら、オッチャンは出入り口っぽい扉の方へスタスタと歩いていく。
なんでオッチャンがここにいたのかも、ワイルドなおじ様達がどうなるかもわからないけど……
これ以上、怖いやり取りは見たくなくて、アタシはオッチャンに付いていくことにした。
黒い扉の外に出ると、外の匂いがした。
扉のすぐ横には、上りと下りの階段があった。
階段はザラザラしたコンクリートみたいな質感で、炭のように黒い。
じっと見ていたら、オッチャンはスタスタと下りて行ってしまった。
急いで後を追うと外に出た。
目の前には大きな長方形の建物があった。
後ろを見上げると、自分が出てきた建物も全く同じ形をしたビルだった。
周りには高さの違う同じようなビルがたくさんあって、その間を幅の広い道路が通っていた。
ビルも道路も全部黒い。
ビルを見て、未来ビルが浮かんだ。
未来ビルは、紙粘土みたいな素材でできた白い建物。
窓がビッシリあるけど、中は暗くて何も見えない。
ハイテクそうなビルだから、未来ビルと呼んでいる。
ここにあるビルも同じように窓枠はたくさんある。
でも、ガラスとか遮る物が全く無い。
どこからでも中へ入れそうだった。
ビルの表面も、モコモコ軽そうな素材の未来ビルと違って、黒いビルは大きなスズリみたいにツルツルしている。
まるで未来ビルを反転したかのような街。
そう思った。
見上げると、どのビルにも上の方にそれぞれ番号がふってあった。
それを見た瞬間、前に見た夢の映像が浮かぶ。
ここは来たことがある場所なんだと思った。
前の夢は夜だったから印象が違うけど、ビルの数字が白く光っていたし、あちらこちらの窓から真っ白な光が漏れていたのを覚えている。
そんな記憶を思い出しながら、ふと見たビルの一階が気になった。
お店なのか、白い室内にオシャレな家具やハイテクそうな電化製品がディスプレイされている。
窓が無いのに盗まれないのか不思議だった。
空は曇っているけど、今回は昼間だから明るくて街並みがよく見える。
何もなかった未来ビルとは違って、ビルの周りには人も歩いているし車も走っている。
本当に何もかも反転したかのように思える。
でも、見える色がみんな白か黒か灰色しかないのが気になった。
覗いたお店の内装も、売ってある物も、歩く人の服装や車もみんなモノトーンな色ばかり。
道路は真っ黒だけど歩道は真っ白。
オッチャンの服装もヨレヨレの濃い灰色のカーディガンに白いシャツ、ダボダボの黒いパンツに黒のサンダル……。
肩には昔の学生が使っていそうな白い肩掛けカバンを掛けていた。
お店や売っている物はハイテクそうな物ばかりなのに、車はアンティークな小さい車しか見当たらない。
街を歩く人の服装や髪型も昔風だったり、SF映画のようだったり、バラバラ。
新しいのか古いのかわからない。
まるでオセロみたいな街。
この街のことをオッチャンに聞こうと思ったら、いつの間にかいない。
辺りを見渡すと、離れたビルの前で手を振って待っていた。
慌てて駆け寄ったら、オッチャンはすぐさま早歩きでビルとビルの間を曲がっていってしまった。
置いていかれないようにアタシも小走りで追いかけた。
ビルとビルの間を抜けると細い通りに出て、渡った先に公園があった。
そんなに広くはない公園の中には、象の形をした滑り台とブランコ、それと地面に埋まってしまったみたいに低すぎるジャングルジムがあった。
どれもやっぱりモノトーンなカラーリングだった。
公園の奥の方にベンチが向かい合うように二つ置いてあった。
オッチャンはベンチに座ると、すぐさま汚れた白い肩掛けカバンの中から何かを取り出した。
アタシも前のベンチに座って見てみると、オッチャンが持っていたのはノートと鉛筆だった。
無言で何かを書いている。
気まずい……。
オッチャンのノートを覗いてみると、仏像のような絵を描いていた。
凄く気になって聞こうと思った瞬間――
「ねぇー。お嬢ちゃんはさっきさ、この世界が自分の夢だと言っていたよね。自覚しているってことなのかな」
ノートを見つめたままオッチャンが話し出した。
オッチャンは独特な話し方をする。
「一応、自覚しています……夢の中で気づける時と気づけない時がありますけどね」
「ふーん。なるほど。じゃあここもお嬢ちゃんの夢の中なんだ」
オッチャンは小さく呟いた。
「そうだと思うんですけど……。あの、何を描いているんですか?」
気になることを聞いてみた。
「えーと、これはねぇ。オッチャンのキーホルダーのデザイン。ブラッキーに会えたら作ってもらおうと思ってね」
「ブラッキー?」
「そう。ブラッキーは鍵の管理人。黒い羽根と腰につけている鍵が印象的だから、BLACK と Key をくっ付けて Blackey ってみんな勝手に呼んでいるらしい。彼に会えると特別なキーホルダーを作ってもらえるとかって」
オッチャンはノートに『Blackey』と書いて見せてくれた。
黒い羽根と鍵。
それは黒羽根さんのことだと思った。
前に夢で会った時にキーホルダーみたいなのを作っていたし……
「その人知ってるよ」
オッチャンに言ってみた。
「ほぉー。ここはお嬢ちゃんの夢の世界だもんねぇ。どこにいるかも知っているのかい?」
オッチャンは可愛らしい瞳でじっと見つめてきた。
「アタシも会いたいけど、わからないんです。オッチャンは知っているんですか?」
「うーん……。オッチャンはこの街から出たことがないからねぇ。オッチャンも Blackey に会いたくて何度もこの街を出ようとしたんだけど、出口が見当たらなくて出られないんだよ」
そう言うと苦笑いするオッチャン。
話しながらオッチャンが鉛筆を落とした。
「オッチャンも Blackey の居場所は知らないなぁ~」と拾いながら言っている途中で目が覚めてしまった。
黒羽根さんとモノクロビルは何か深い繋がりがあるのだろうか……。
そんな気になる夢でした。