『シタ妻ですが、手に入れた都会のタワマンで、すべてを失い孤独に泣いています』
サレ夫の話をシタ妻からの視線で書いてみました。
『マンションを売ったお金と預貯金は、私がもらうわ。親権は私だし、これからの息子の学費や養育費を考えたら当然でしょ。あなたには500万円の慰謝料が入るんだから、マンションを売ったお金からローンの残額を払っても手元に200万円は残る。合わせれば700万。一人で生きていくには十分じゃない』
区役所に提出する離婚届の前に座る夫に向かって、私は淀みなくそう言い放った。
目の前にいる男は、ひどく疲労した顔で私の方を見ることが出来ずにうつむいている。高卒で小さな会社に勤め、這いつくばるようにして働いてきたこの男には、もはや私に反論する気力すら残っていない様だった。テーブルの上に置かれたボールペンを見つめる彼の目は虚ろで、どこか遠くの景色を探しているようにも見えた。
不倫をしたのは私だ。その事実に対して罪悪感がなかったと言えば嘘になる。自分の両親に対しても悪いなとは思っている。慰謝料として彼の分と合わせて500万円を夫に支払うことになったが、それは私の新しい恋人——地元の名士の息子であり、若くして会社をいくつも経営している彼——にとっては、ポケットマネーにも満たない端金だった。夫の手元に残るマンションの売却益と合わせても700万円。私がこれから手にする優雅で不自由のない生活に比べれば、あまりにも惨めな手切れ金だ。
「息子も、私についていくと言っているわ」
その決定的な一言を口にした瞬間、夫の肩がビクッと跳ねた。うつむいていた顔が微かに上がり、信じられないものを見るような、すがるような視線が私に向けられた。だが、私は冷たく視線を逸らした。
息子の本心など、実は聞いていない。私は十三歳になる息子に、『お父さんは今の生活に疲れたから、一人になって人生をやり直したいって。だから、あなたのことは引き取れないって』と吹き込んでいたのだ。
ひどい母親だと思われるかもしれない。だが、そうしなければならなかった。息子を手放せば「子供を捨てて男に走った最低の女」というレッテルを貼られる。新しい彼も「世間体があるから、子供は引き取ったほうがスマートだ」と言っていた。子供のことで嘘をついた罪悪感よりも、この泥臭くて退屈な男から一日でも早く解放されたいという渇望のほうが、私の心の中ではるかに勝っていたのだ。
夫との生活は、息が詰まるような退屈の連続だった。
深夜に帰宅し、ただ泥のように眠るだけの背中。安物のスーツには常に汗と居酒屋の煙草の匂いが染み付いており、休日にどこへ連れ出してくれるわけでもない。私が少し明るい色の口紅を買っても、美容院で髪型を変えても、彼は全く気づいてくれることはなかった。彼にとって私は、愛する「妻」「女」ではなく、ただ家を守る「子供の母親」であり「都合の良い家政婦」でしかなかったのだ。
息子の学費のためにと始めた高級スーパーでのパート。そこでそのスーパーを運営している会社の社長である彼と出会った。彼はいつも仕立ての良いスーツを着こなし、日に焼けたことなどなさそうな滑らかで美しい手をしていた。たまたま視察に来ていた際に私を見染めたと後から聞いた。パートの休みの日にランチに誘われ、初めて彼のエスコートで小洒落たフレンチレストランに入った時、私は自分が長い間「女として扱われること」に飢えていたのだと痛感した。
彼は私の話を笑顔で聞き、ワインを注ぎ、私を一人の魅力的な女性として丁重に扱ってくれた。泥のように眠る夫のいびきを聞きながら過ごす夜とは、まるで違う世界がそこにはあった。私は彼に惹かれていく自分に気が付いたが、夫が悪いのよと言い訳をしながら、私をエスコートしてくれる彼に行動を委ねていった。
夫が無言のまま、震える手で書類に署名をし判を押した。
朱色の印肉が紙に押し付けられる乾いた音を聞きながら、私はようやく手に入れた完璧な自由と、これから始まる煌びやかな生活に胸を躍らせていた。私は事前に準備をしていたスーツケースを持ち、息子を伴いマンションを出た。購入したときは新しい生活に胸を躍らせたあの日を思い出しながら、「行くわよ」と息子に声を掛けた。
後日、夫が着の身着のまま、逃げ出すように田舎へ帰っていったと聞いた時も、ただ「これで完全に縁が切れた」と安堵しただけだった。この時の私が、のちにどれほどの代償を払うことになるのか、想像すらしていなかったのだ。
***
煌びやかな都会の夜景を一望できる、タワーマンションの高層階。それが、私と息子に用意された新しい「城」だった。
エントランスにはコンシェルジュが常駐し、部屋の床は大理石で覆われている。リビングにはイタリア製の高級ソファが置かれ、キッチンは私が今まで見たこともないような最新式のシステムキッチンだった。彼から手渡された家族カード(ブラックカード)を財布に忍ばせ、私はついに自分が思い描いていた「ふさわしい場所」に辿り着いたのだと確信した。
最初の数ヶ月は、夢のように甘く、刺激的な毎日だった。
彼は「好きなものを買えばいいし、好きなことをすればいい」と私に言い、週末になれば高級レストランやホテルへと連れ出してくれた。美容院、エステ、ネイルサロン。私は彼に見合う美しい女であろうと、ひたすらに自分を磨き、着飾った。
だが、その完璧に見えた生活は、少しずつ、しかし確実に軋み始めていた。
ある日の夕方、私は彼を喜ばせようと、デパ地下で高級な食材を買い込み、エプロンをつけてキッチンに立った。以前の夫が好きだったハンバーグや、手間のかかる煮込み料理。家庭的な温かさを提供することが、女としての私の価値をさらに高めるはずだと信じていたからだ。
しかし、帰宅した彼に手料理を振る舞った時の反応は、私の期待とはまるで違うものだった。
「……わざわざ作らなくていいのに」
彼は美しい眉を微かにひそめ、露骨に嫌な顔をした。
「君に家政婦の真似事なんて求めていないんだよ。家の中に生活の匂いがするのは好きじゃない。食事なんて、外で美味しいものを食べるか、ケータリングを頼めばいいじゃないか。君はただ綺麗に飾って、僕の隣で笑ってくれているだけでいいんだ」
それは一見、女としてこれ以上ないほど大切にされている言葉のようだった。だが、その裏には「君にはそれ以外の役割を求めていない」という残酷な宣言が隠されていた。彼は、私が「母親」や「妻」としての生活感を持つことを徹底的に嫌悪したのだ。以前はハウスキーパーを雇って生活していた彼にとって、家に誰かがいて、料理の匂いが漂っている空間そのものが「不快」だったのである。
そのしわ寄せは、当然のように十三歳の息子へと向かった。
息子は、この大理石で覆われた無機質な城の中で、常に所在なげにしていた。新しい父親である彼は、表面上は息子に優しく接していたものの、本質的には「自分の優雅な生活空間に紛れ込んだ異物」として扱っていた。
家族三人で高級レストランに行っても、彼は私としかワインや旅行の話をしない。息子が少しでもマナーに反する音を立てたり、ソファーに汚れた服のまま座ろうとしたりすると、彼の目は氷のように冷たくなった。直接的な暴力や暴言は一切なかったが、視線やため息、そして「存在を完全に無視する」という冷酷な扱いが、日々息子の心を削っていった。
息子が私の顔を不安そうに見つめる回数が増えた。無言のSOSを発していることは、母親である私にも痛いほど分かっていた。
『お母さん、僕……』
言いかけた息子の言葉を、私は何度も遮った。
「大丈夫よ、彼も仕事で疲れているだけだから。あなたももう少し、お父さん(彼)の好みに合わせて静かにしていなさい」
私は、息子を守らなかった。彼から与えられる贅沢な暮らし、美しい服、女としてのプライド。それを手放すことが恐ろしくて、息子が透明人間のように扱われている現実から、意図的に目を背け続けたのだ。「お父さんはあなたを要らないと言った」という嘘をついてまで手に入れたこの生活を、絶対に失敗させるわけにはいかなかったから。
***
決定的な崩壊は、蝉の声が響き始めた夏の終わりに訪れた。
その日、私がエステサロンから帰宅すると、いつもは自室で息を潜めるようにゲームをしているはずの息子がいなかった。大理石の床には靴がなく、リビングのテーブルの上に、無造作にちぎられたノートの切れ端が置かれていた。
『本当のお父さんのところに行く』
たったそれだけ。それ以外の言葉は何もなかった。クローゼットを開けると、彼が買ったばかりのブランド物の服はすべて残され、以前の夫が休日にスポーツ店で買ってやっていた、くたびれたスニーカーとリュックサックだけが消えていた。
私はパニックになり、震える手で何度も息子のスマートフォンにメッセージを送り電話をかけた。しかし、メッセージに既読が付くこともなく、コール音すら鳴らず「電源が入っていないか、電波の届かない場所に……」という無機質なアナウンスが繰り返されるだけだった。
時間が経ち、夜が来た。私はパニックから少し立ち直っていた。その時には「息子は父親の元へ行ったなら元夫に養育費を返さないといけなくなるのでは?」と思い立った。また今の彼にお願いしたら快く払ってくれるかもしれないとも考えた。
そうであるなら、彼との甘い生活が気兼ねなくできるかも。
夜になり、仕事から帰宅した彼に、私は状況を説明した。息子が家出してしまった。前の夫の田舎に向かったのかもしれないと。
彼は私の話を聞き終わると、仕立ての良いスーツのジャケットを脱いだ後、いつもと変わらない冷めた目で私を見返し、そして冷ややかに微笑んだのだ。
「なんだ。それなら、別にいいじゃないか」
「え……?」
「あの子も、ここでの生活に息苦しさを感じていたんだろう。実の父親のところへ行ったのなら、わざわざ連れ戻す必要なんてないさ。むしろ、これでやっと君と二人きりで、誰の目も気にせず楽しめるね」
「養育費など多少の費用が掛かるかもしれないが、まあ大したことはない」
テーブルの上のグラスに注いだミネラルウォーターを飲みながら、彼は清々しい表情でそう言い放った。
その瞬間、私の頭の中で何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
ああ、やっぱりこの人は、最初から息子が消えてくれることを望んでいたのだ。この男にとって私は、都合よく愛でるための「美しい人形」であり、息子はただの「邪魔な付属品」に過ぎなかったのだ。
私は息子を失ったという喪失感を心に秘めたまま、彼に息子の事をこれ以上何か言うことが出来なかった。彼に嫌われたくなかった。この生活を失うことになるような発言はしてはいけないとも思った。
数日後、前の夫が依頼したという弁護士から、親権変更の申し立てに関する連絡が入った。
息子は無事に田舎の夫の元に辿り着き、明確に「父親と暮らしたい」と拒絶の意思を示しているという。弁護士の冷ややかな声の奥に、かつて私が手酷く切り捨てたあの泥臭い夫の、怒りと決意が透けて見えた。すでに受け取った養育費や財産分与の返還は求めないから、とにかく親権を渡せという要求だった。
私は、それに抗うことができなかった。
息子の心はすでに私から完全に離れ、そして今の彼(恋人)は、息子が戻ってくることを絶対に許さないだろう。この優雅な生活を守るためには、息子を切り捨てるしかなかった。
「……分かりました。親権は、お返しします」
私がそう答えた時、電話の向こうから、かつての夫の安堵したような、しかし私を心の底から軽蔑しているような、重い溜息が聞こえた気がした。
***
息子が去ってから半年。冬の冷たい風が、タワーマンションの窓を震わせる季節になった。
私の手元には、念願だった自由と、尽きることのないお金、そして彼から与えられた広くて美しい部屋だけが残された。しかし、その部屋は、まるで巨大な冷蔵庫のように冷え切っていた。
彼は、何かと理由をつけて家を空けるようになった。「仕事の付き合い」「接待ゴルフ」「急な出張」。最初こそ申し訳なさそうにしていた彼だが、今では私が不満を口にしようものなら、冷たい目で「君には不自由させていないだろう?」と黙殺するようになった。
完璧に掃除され、生活音のしない静まり返った部屋。
再び雇用されたハウスキーパーが整えたシーツからは、無機質な洗剤の匂いしかしない。ある夜、深夜に帰宅した彼のコートを受け取った時、微かに、しかしはっきりと、若い女性向けの甘い香水の匂いがした。
彼を問い詰めることはできなかった。それを言えば、この生活が、私の足元にある薄っぺらな虚栄の城が、完全に崩れ去ってしまうと分かっていたからだ。私は彼にとって、すでに「飽きられつつある愛玩動物」でしかなかった。かつて私が、前の夫の不器用さを「退屈だ」と切り捨てたように、今度は私が、より新しく、より負担のない別の女へと切り捨てられようとしているのだ。
一人きりのダイニングで、私は高級なワインをグラスに注いだ。一口飲んでも、何の味もしなかった。
ふと、脳裏に古い記憶が蘇った。
あの中古の広くないマンションの食卓。私がスーパーの特売品で作った、何の変哲もない肉じゃがやカレーを、「美味い、美味い」と額に汗をかきながらかき込んでいた前夫の姿。
彼から漂っていた汗と泥臭さは、間違いなく、私と息子を必死に守り、養うための「愛情の証」だったのだ。私はそれを「女として見てくれていない」「生活感にまみれていてスマートじゃない」と軽蔑し、自分から蹴り飛ばした。
今、彼らはどうしているだろうか。
風の噂では、夫はあの慰謝料を資金にして、田舎の実家であるボロ家を自らの手で直しているらしい。息子と一緒に泥だらけになりながら、笑い合い、二人だけの居場所を作っていると聞いた。
窓ガラスに映る自分を見た。エステに通い、高い化粧品で塗り固められた顔は、確かに若々しく美しいかもしれない。だが、その瞳の奥には、取り返しのつかない後悔と、底なしの孤独だけが張り付いていた。
「……あなた、ごめんなさい」
誰もいない部屋で、無意識に言葉がこぼれた。前夫への謝罪か、息子への謝罪か、自分自身への哀れみか、もう分からない。
私はただ、都会の冷たい夜景を見下ろしながら、声殺して泣き続けることしかできなかった。どれだけ高い服を着ても、どれだけ高層階に住んでも、私が自らの手で捨ててしまった「家族の温かい温度」は、もう二度と、永遠に取り戻すことはできないのだ。
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