青龍の鉾
「団長、報告します……奇妙な衣を纏った少女を連れてまいりました……」
「少女……? その者はいまどこに?」
「気を失った状態なので、寝室に寝かしつけています……」
「わかったわ……彼女が目覚めしだい、私のところに連れてきなさい……」
⸻
――意識が浮上する。
ゆっくりと目を開けると、そこは見覚えのない部屋だった。
体を起こし、周囲を見渡す。
木造の室内。壁には赤い柱と、同じく赤い窓が等間隔に並んでいる。
寝室……なのか? ここは……
その時――
ギィ、と扉が開く音がした。
音の方へ視線を向けると、食事の乗った盆を持った男が入ってきた。
……さっき戦った男か。
「目が覚めたようだな……とりあえず、これでも食べてくれ。後で会わせたい人がいる……」
「そうか……」
空腹を自覚した私は、無言で食事を口に運んだ。
やがて食事を終えると、ベッドから降り、男と共に部屋を出る。
「会わせたい人とは、団長のことか?」
「あぁ……君の詳細は特に伝えていないが、団長はなぜか連れてきてくれと言った」
しばらく歩くと、視界が開けた。
そこは庭園のような場所だった。
赤い橋、静かな池――全体的に豪華で、どこか威厳すら感じさせる造りだ。
そして。
池のほとりには――青い槍を持った女性が立っていた。
見たことのない服装だな……。
この世界では、これが普通の装いなのか……?
「団長、連れてきました……」
「あなたが、龍雅が言っていた少女ね?」
「龍雅……?」
「名乗るのが遅くてすまない……俺の名前は王 龍雅だ」
「私はユーロック・バレットだ……」
「変わった名前だな……バレット、よろしく……」
「バレットは苗字だ。ユーロックでいい……」
「苗字が後ろなのか……なんともまた珍しい……」
団長と呼ばれた女性は、ゆっくりとこちらを振り返った。
透き通るような水色の瞳。
そして艶やかに揺れる青い髪。
「ようこそ、ユーロック。私たち青龍の鉾の本拠地へ……」
――その瞬間。
私は彼女の耳元に視線を奪われた。
「アンタ、そのイヤリング……ひし形の宝石が付いている……まさか!」
「これ? ワールドウェポンの召喚具よ……」
「ブレスレットじゃないのか?」
「ブレスレット?」
私は手首を見せる。
「これにも、ひし形の宝石が埋め込まれてる……」
「黄色……? 青色じゃないわね……」
――まさか。
世界によって召喚具の種類も色も違うのか?
「一応聞くが、そのイヤリング……外れないだろ?」
「そうなのよ……もしかして、あなたも同じ?」
「あぁ……」
「あなたのこと、詳しく聞かせてちょうだい……」
私は、これまでの出来事と知っていることをすべて話した。
「なるほど……整理すると、あなたは別の世界から来て、ワールドウェポンと接触し、レギオンの親玉である神を倒すために旅をしている、と……」
「だいたいそんなところだ……」
――にわかには信じ難いわね。
世界を越える?
他にも世界があるというの?
彼女の容姿や服装……
世界ごとに文化が違うということかしら……
「今度は、この世界のことについて教えるわね……」
「あぁ……助かる……」
「その前に。この世界にはレギオンを討伐する軍団が四つに分かれているの。
北の軍団――玄武の盾。
南の軍団――朱雀の弓。
西の軍団――白虎の剣。
そして東の軍団……私たち青龍の鉾」
一拍置き、彼女は続ける。
「だけど、互いの軍団の仲は芳しくない。原因は……ワールドウェポンを所有している青龍の鉾にある。私たちがそれを持っているのを、他はよく思っていないの」
「そもそも、なぜ青龍の鉾が所有しているんだ?」
「ワールドウェポンは元々、世界の中心に保管されていた。四つの軍団は、それは誰かが所有するものではない武器――互いに世界の均衡を保つため、手をつけないという暗黙の了解があったの」
彼女の声色が、わずかに低くなる。
「だけど……何百年も前に、朱雀の弓の団長が力欲しさに持ち去ってしまった。それを聞いた軍団たちは、『武器として扱える』『一人が所有しても世界に影響はない』と知った。すると、武器を巡って争いが起きたの」
「そうなのか……」
「当然、長い年月の中でワールドウェポンは各軍団に渡った。だけど……他の団長は適合できなかった。武器は暴発し、多大な被害をもたらした」
静かに息を吐き――彼女は続ける。
「だが、百年ほど前……青龍の鉾の団長のみが制御に成功した。それからは、この軍団の人間だけが武器に選ばれ続けた。結果、ワールドウェポンは正式に青龍の鉾が所有することになったの」
「それぞれの軍団も団長は入れ替わり続ける。その中で暴発の話を迷信だと思う者も出てきた。だから、私たちが持っているのをよく思わない軍団もいる。一応……レギオン討伐を目的とした組織として、形だけは共闘関係だけど……実際はそんなところね」
――確かに。
過去の話を、今の人間が百パーセント信じるのは無理がある……。
「だいたいはわかった……」
そういえば――
この世界のワールドウェポンは、召喚具も武器の形状も色も違う。
ということは、能力も違うのだろうか?
だが――今の私の立場では様子見が妥当だろう。
今聞いたところで、答える気は無さそうだ。
淡々と説明し、必要以上は語らない。
名前以外、自分のことはほとんど話さない。
……それに。
話すだけなら武器を召喚する必要はないのに、彼女は持ったままだ。
こちらが妙な動きをすれば、いつでも迎撃できるように。
無理もないか……。
私は人付き合いが得意じゃない。
敵意がないことを示し、警戒を解くのは難しそうだ。
……なにより、私。
無愛想ってよく言われるしな……。
考え込み、思わず顔を顰めた。
「そうだ……あなたに少し見せたいものがあるの。ついてきて……」
「見せたいもの? あぁ……わかった……」
私は首を傾げながらも、彼女の後を追った。
「龍雅。彼女にはくれぐれも目を離さぬように……敵と決まった訳ではないと言え、警戒は怠らずに……」
「了解です……」
……二人で何か話しているようだ。
あの視線……監視、か。
長い廊下を、ひたすら歩き続ける三人。
「なぁ……この建物、広くねぇか? いつまで歩けばいいんだ……」
「着いたわよ……」
彼女の指差す先――
そこは広い屋内訓練場だった。
団員と思われる者たちが、格闘の稽古をしている。
団長の姿を見た瞬間――
団員たちは一斉に動きを止め、こちらを向いた。
「団長! お疲れ様です!」
「順調のようだね……私たちには構わず、訓練の続きをしていいよ……」
「了解です!」
再び稽古が始まる。
……さっきとはまるで別人だ。
声色も、表情も柔らかい。
これが本来の彼女なのか?
それに――団員も団員だ。
一糸乱れぬ動き。
攻撃一つ一つの所作が、繊細で正確だ。
「すごい動きだ……全員、身のこなしが洗練されていて動きにキレがある……」
「そうだとも! なんてったって、この副団長兼武術監督の俺の指導の元、育て上げた団員だからな!」
龍雅は胸を張る。
「とは言っても、まだまだ俺と団長ほどではないけどね。まぁ、一人あたりレギオン二体三体制圧といったところか……団員総勢百人。単純計算で約三百体撃破可能って感じだ!」
「かなり強いな……」
思わず息を飲んだ。
「あなたも訓練してみる? 彼の訓練を受ければ、格段に強くなれるわよ……」
私は顎に手を当て、しばらく考えた。
確かに――
今の私はワールドウェポンに頼りきりだ。体術は得意じゃない。
あの時だって、射撃センスだけを磨いていたせいで、龍雅に懐へ入り込まれ、負けてしまった。
彼が殺す気でなかったから助かっただけだ。
これから先、確実に私を倒そうとする敵は現れるだろう。
……レギオンも含めて。
このままではいけない。
私は、武器の能力に胡座をかき、自分自身の戦闘能力を磨くことを怠っていた。
ここで強くなれるなら――受けるべきだ。
「わかった……私もその訓練、受けよう!」
「任せな! 俺が強くしてやる!」
その瞬間。
団長が、龍雅の頭を軽くトン、と叩いた。
「コラ……やる気になるのはいいことだけど、あまり厳しくしないように。まだこの場所にも慣れていないんだから……」
龍雅は苦笑いする。
「はい、わかりました……」
団長は、わずかにユーロックへ視線を向けた。
――彼女のことは……まぁ、龍雅が監視役にいるし心配はなさそうね。万が一があれば……これを使うまでだし……
新たな戦いに備え――
より強くなるため。
私の過酷な訓練が、ここから始まった――。




