鍛冶屋とレギオン
レストランの奥、窓際の席に腰を下ろす二人。
香ばしい肉の焼ける匂いと、厨房から響くフライパンのジュウッという音が、空気の中に心地よく漂っていた。
客たちのざわめきやグラスの触れ合う音がBGMのように流れる中、ユーロックは椅子の背もたれに軽く体を預け、無愛想な表情で口を開いた。
「私が勝ったから、まずはアンタの持っている情報を話してもらおうか…」
リークはナプキンで口元を拭い、平然と笑みを浮かべた。
「いいわよ…石版の場所だけど、ここから北に向かうとクレイタウンって町がある。そこからさらに先に、大理石で造られた神殿があるの。そこにあるわ」
その声は、熱いスープの湯気のようにゆらゆらと、しかし確かにユーロックの耳へ届いた。
そして彼女は、立て続けに別の話を切り出す。
「それじゃあこっちの番…そのワールドウェポンを知り合いに見せて欲しいんだけど。向こうには話を通してるから、もうすぐ来るはずよ…」
……そういえば、そんなこと言ってたな。
あまり知らない奴とは会いたくないが、約束は約束だ。仕方ない……ダルい。
ユーロックが無言のままグラスの水を口に運んでいると、リークは暇つぶしのように話題を投げてきた。
「あなた、髪は手入れしないの?」
「なんだお前、失礼なやつだな。まぁ確かに気を使ってる訳じゃないがな…」
「すごく髪の毛がはねてるし、手入れした方がいいわよ?」
ユーロックはツインテールを軽く触りながら、ため息混じりに答えた。
「私の髪は天然パーマだ…ハネは治らん…」
ジト目で見つめるユーロックの髪を、リークは何度も撫でつけて整えようとするが、そのたびにアホ毛は元気よく跳ね返る。
「やっぱり治らないわね…ていうかあなた、目つき悪いわよ?」
「これは元々だ、無愛想で悪かったな…」
そんな他愛もないやり取りをしていると、背後から野太い声が響いた。
「よう、リーク! またせたなぁ!」
振り向けば、スキンヘッドにタトゥーを刻んだ屈強な男が、笑顔を浮かべて立っていた。
彼の皮革ジャケットからは金属と油の匂いが漂い、場の空気が一瞬で鍛冶場のように変わる。
「あ、来たわね! 紹介するわ。この見るからに悪そうな男は、アビリティウェポンの鍛冶職人よ!」
「お前ひでぇやつだな! まぁこの見た目だ、よく言われて仕方ねぇよ! ガハハハハッ!」
男はテーブルを揺らすほどの豪快な笑い声を上げた。
「で、そっちが例のものを持っている嬢ちゃんか?」
「ユーロック・バレットだ…」
「愛想悪いでしょ?」と、リークがニヤつきながら呟く。
ユーロックはため息をつき、呆れた顔で返す。
「お前なぁ…」
「ああ、名前言ってなかったな! 俺の名前はバレク・ガーンデッドだ!」
バレクは片手をテーブルに置き、勢いよく話を続ける。
「まぁ、話すだけでもなんだし、これから俺の鍛冶場に行くか!」
「そうね。それじゃあ行きましょ、ユーロック!」
二人と一人は椅子を引く音を響かせながら立ち上がり、暖かな料理の匂いが残るレストランを後にした。
扉の外には、夕暮れの街並みと、金属のような冷たい風が待っていた――。
しばらく街の人集りを抜け、石畳が途切れた先の細い路地へと足を踏み入れる。
両脇にそびえる建物はくすんだ色をしており、風に運ばれてくるのは鉄と油の混ざった匂い。かすかに響く金属音が、奥にある目的地を予感させた。
「ここが俺の鍛冶場だ…」
バレクが顎で示した先に、時代を感じさせる小さな建物があった。外壁は煤で黒く、扉の蝶番は少し錆びついている。窓から漏れるのは、ぼんやりとしたオレンジ色の光。
「大分散らかってるな…」
ユーロックが率直に呟くと、バレクは胸を張って笑う。
「まぁ、何十年も使ってるからな! ガハハハハ!」
彼の声は路地の壁に反響し、鍛冶場の古びた空気と混ざり合った。
「とりあえず、外も少し寒いし中に入ろうよ!」
リークが肩をすくめながら促す。
「おう!そうだな!」
ギィ…と音を立てて扉が開くと、温かい熱気と金属の焼ける匂いが三人を包み込んだ。中は工具や素材で所狭しと埋め尽くされており、中央には頑丈な作業台が鎮座している。
「それじゃあ、嬢ちゃんのワールドウェポンをこの作業台に置いてくれるか?」
「わかった…」
ユーロックは無駄な動きなく、黄色い愛銃を取り出してそっと置いた。鉄と革の混ざった質感が、鍛冶場の明かりを受けて鈍く輝く。
バレクは奥の棚から、年季の入った機械を引きずり出してきた。
キャスター付きの鉄製の台に、ブラウン管のような古いモニター。その横には電気ショックのパドルのような形状のスキャナーがコードで繋がれている。
「それはなんだ?」
「あー、これか? 物の物質をスキャンする機会だ」
バレクが武器をセットし、スキャナーを当てると――
モニターがピピピッと電子音を鳴らし、赤いエラー表示を立て続けに吐き出した。
「なんだこりゃ!」
驚愕に目を見開くバレク。
「どうしたの? バレク…」
「こんなのは始めてだ…本体もマガジンも弾丸も、全てエラー表示された…こりゃ一体何でできてるんだ?」
「そんなにおかしいことなのか?」
「おかしいも何も、エラーが出ることは一回もねぇ…」
念のため、バレクは自分のアビリティウェポンもスキャンする。
正常に読み込まれるモニターを見て、彼は眉間に皺を寄せた。
やっぱり壊れてねぇよな…なんなんだこの武器は…。
「そういや嬢ちゃん、これを初めて手に入れた時、能力はどうしたんだ?」
少しの沈黙のあと、ユーロックは視線を落とし、淡々と口を開いた。
「これは元々恩師が使ってたもの。彼は言っていた『これは元々能力が付与されていた』と。だからこの武器は、誰が作ったとか、誰の能力とか、そんなものは存在しないんだ…」
「それは不思議だな。アビリティウェポンってのは特殊な金属――《コアメタル》を使って、俺たち鍛冶職人が仕上げるものなんだ。それなのに物質も存在も、何もかもが不明。こりゃ面白いな!」
《コアメタル》。
それは人間の持つ能力を鉱物に移し替える性質を持つ希少金属だ。
一度能力を移し替えれば二度と持ち主には戻らず、移し替えられた瞬間に初めて能力は武器から発動する。ゆえに、自分がどんな力を持っているかは、その時まで知ることはできない。
バレクは口元を釣り上げる。
「まぁ何にしても、物質が不明ってことが知れてよかったぜ。あんまりスッキリはしねぇけどな!」
「そりゃよかった…これから私は石版の方に向かう、じゃあな…」
「ちょっと待ちな!」
バレクが片手を上げて制す。
「このまま行くのは構わないが、夜になれば荒野の開けた場所にレギオンが現れる。嬢ちゃんは強いが、一人で何匹も相手にできねぇだろ? 捌ききれたとしても、一人じゃ時間がかかる!」
「確かにそうだな…」
リークがすかさず口を挟む。
「ということで私とバレクも石版のところまでついて行くわ! いいわね?」
バレクの言う通り、無駄な時間はかけられない。
それに、石版の場所は聞いたが情報は大まかで、道案内は必要だ。
「わかった…じゃあ着いてきてもらおうか…」
「決まりね!」
そして三人は街を後にし、そよ風が吹き抜ける荒野へと足を踏み出した。
西の空は茜色に染まり、これから訪れるであろう戦いの気配を、遠くの地平線が静かに告げていた――。
だいぶ歩いたな……。
タクシーが北の都クレイタウンに行かねぇ以上、歩くしかないが……さすがに脚にきた。
「もう無理ぃ! 疲れたよー! 五時間も歩いてるし!」
フラフラと肩を落とすリーク。その様子にバレクは鼻で笑い、豪快に言った。
「おー、リークもうバテたか? しょうがねぇ奴だな。ここらで休憩だ!」
バレクは背負っていたリュックから空の瓶を取り出し、ザッと砂を掬い上げる。
「リーク、水頼むわ」
「はいはい……」
リークはため息混じりに武器を構え、瓶の中を撃つ。瞬間、ザラついた砂がふわりと液体に変わり、光を反射した。
「ふぅー、うめぇ!」バレクはゴクリと飲み干すと、空の瓶をユーロックに放り投げた。
無言でそれをキャッチしたユーロックも砂を掬い、リークに変換させる。
「この水って……飲めるのか?」
「大丈夫よ。私の能力は“液状化”だけじゃなく、水を濾過することだってできるから」
口をつける。――冷たく、透き通った味。悪くない。
これなら水分補給の心配はなさそうだ。
夜が深まる。雲を切り裂くように、満月が照らし始めたその瞬間――
月が歪み、闇の裂け目が空に開く。
ぞわり、と肌を這う悪寒。そこから這い出すのは、異形の群れ――レギオン。
ギャァァァァ――!!
耳をつんざく奇声とともに、漆黒の怪物たちが羽ばたき舞い降りる。ヤギの顔に牛の角、獣の牙、蛇の舌。蝙蝠のような翼を広げ、地を掴むのは猛獣のような二脚。腕の鋭い鉤爪が、地面をえぐった。
「……レギオンか。嬢ちゃん、気をつけろ」
バレクの低い声を合図に、闇が襲いかかってくる。
「ダルいが……やるしかなさそうだな」
ユーロックは銃口を向け、引き金を引き続ける。パンッ、パンッ! 火花が闇を裂き、硝煙が鼻を突く。しかし――
(くそ……撃っても撃っても、減らねぇ!)
次の瞬間、鋭い爪が視界を覆い――
バァンッ!!
重たい衝撃音。飛びかかってきたレギオンが、横から吹き飛ばされた。
「……なんだ!?」
振り返ると、葉巻を咥えたバレクがショットガン型アビリティウェポンを構えていた。
「嬢ちゃん、数が多すぎる……俺の能力、使いな!」
そう言って放たれた弾丸がユーロックの体に命中する。
「いってぇな! 何すんだおっさん!」
「それで撃てば、一気に薙ぎ払えるはずだ」
――瞬間、視界の景色が流れた。地面が後ろに溶けていく。
(速い……!?)
「そうだろ! これが俺の能力、“物質加速”だ!」
「リーク、お前にも!」
「ありがと!」
バレクは超加速した剛腕で怪物の群れを次々と粉砕していく。
リークは砂を水に変え、高圧の刃と化してレギオンの胴を一閃した。
「どう? 私の水圧カッター!」
ユーロックは加速を乗せた蹴りで一体を上空へと吹き飛ばす。瞬時にポータルを開き、上からさらに蹴り上げ――そしてかかと落としで地面に叩きつけた。
「嬢ちゃん、最後は三人の合わせ技だ!」
「あ? 合わせ技?」
バレクがさらに加速を重ね、リークが水の噴射でユーロックを弾丸のように押し出す。
――加速と圧力を乗せた飛び蹴りが、次々と怪物を貫く。
蹴り、ポータル、蹴り、ポータル――連続撃破。
やがて全てのレギオンが塵と化し、月は元の穏やかな光を取り戻した。
「……ふぅ、全部倒したか」
「ほんと、疲れたわ……」
三人はその場に腰を下ろし、言葉少なに夜空を仰いだ。やがてまぶたが落ち、荒野の静寂が訪れる――。




