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意識の解放

ポータルを抜け、少し離れた場所へと瞬間移動する。

ユーロックは負傷したユエンを担ぎ、近くのホテルへと駆け込んだ。

血を流す彼女たちの姿に、出迎えたホテルマンは驚愕の表情を浮かべる。


「大丈夫ですか……!」


「すまんが、緊急事態だ……救急箱を持ってきてくれ!」


「わ、わかりました……!」


慌てて救急箱を手渡すホテルマン。ユーロックはそれを受け取ると、急いでユエンの傷口を消毒し、手際よく包帯を巻き付けた。


これで、ひとまずはいいか……


安堵の息を吐き、ユーロックは静かに立ち上がると呟いた。


「彼女を頼んだ……」


「あの……どちらへ……」


引き止めるホテルマンに背を向け、彼女は言い放つ。


「私は、することがある……」


そう残し、ユーロックはホテルを後にした。


ゴーン……ゴーン……。


夜の街に、重々しい鐘の音が鳴り響く。

ユーロックは歩きながら片手を顎に当て、思考を巡らせていた。


あいつをどうやって攻略するか……。能力の構造は理解したが、突破口が切り開けない……


その頃。


暗殺者トラウンは屋根から屋根へと飛び移りながら、ユーロックたちの行方を追っていた。

しばらくして、街中を歩くユーロックの姿を眼下に捉える。

彼女が手を横に振ると、指にはめられた指輪が赤く輝き、光が収束して一本の剣を形作った。


時空斬剣(じくうざんけん)タイムスラッシャー!】


鋭い電子音が鳴り響く。

歯車が噛み合い、時計の針が進む音と共に、赤き剣がトラウンの手元に顕現した。

彼女は空に円を描くように剣を回し、天へと高く掲げる。

その瞬間——。


【タイムストップ!】


剣から再び電子音が轟く。

歯車がゆっくりと動きを止める音と共に、空間全体が赤く染まり、世界のすべてが静止した。

トラウンがユーロックの目の前に降り立つと、剣が能力の解除を告げる。


【タイムオーバー!】


再び時が刻み始め、街の喧騒がユーロックの耳に飛び込んできた。


「またお前か……」


だいぶ遠くまで離れたんだがな……


舌打ち交じりに、ユーロックは自身の武器を召喚する。


次元界銃(じげんかいじゅう)ディメンションシューター!】


互いに鋭い視線を交撃させながら、二人はひとけのない路地へと場所を移した。

ユーロックは銃を構え、ポータルを展開。連続して瞬間移動を繰り返しつつ、反撃の糸口を探る。


やつはいきなり目の前に現れた……ということは、時を止めたのか。なら、時止めは今は連続で使えないはずだ……!


しかし、トラウンは余裕の表情で道端に落ちていた石ころを複数拾い上げ、周囲の宙に向かって無造作に投げ飛ばした。


何やってんだ、あいつ……


隙だらけの行動。ユーロックは銃口を彼女に向け、引き金を引こうとした。

だが、その瞬間。空中に放り出されたはずの石ころが、あり得ない軌道で勢いよくユーロックの背中へと突き刺さった。


「ぐはっ!」


【タイムリバース!】


吐血と共に、背中から鮮血が舞い散る。

空中に飛び出していたユーロックは地面に叩きつけられ、膝をつきながら滴る血を抑えた。激痛を堪え、トラウンを睨みつける。


やつが投げた石が戻ってきた……? まさか、時間を巻き戻したのか……


倒れて動けないユーロックにトドメを刺そうと、トラウンが無慈悲に剣を振り上げる。

その時、ユーロックは彼女の顔を間近で見て、ある記憶をフラッシュバックさせた。


赤色の髪、紫色の瞳。


まさか……


「あんた、昔奴隷市場にいただろ……。覚えてないか、私の顔を……」

その言葉に、トラウンは大きく目を見開いた。

途端に手から剣を取り落とし、頭を抱えて苦しみ始める。

ユーロックは負傷した体を引きずって立ち上がり、彼女の方へ歩み寄った。


やっぱり、あの時の少女だ……。でも、私の記憶とは性格が違う気がする。もっと明るい子だったはずだが……


だが、トラウンは頭の痛みを振り払うかのように再び剣を構え直した。

ユーロックは相手の能力発動を潰すべく、銃の引き金を引き連続射撃を浴びせる。

トラウンは剣で弾丸を弾き落とすが、防ぎきれなかった数発が脇腹を掠めた。


やつは今、時止めと巻き戻しを使った。あと三つ残ってる……時飛ばしは厄介だが、残りの二つは動きが速くなるか遅くなるかだけで大したことは無い……このまま弾幕で押し切る!


ユーロックが追い打ちを仕掛けようとしたその瞬間、トラウンは剣を地面に深く突き刺した。刀身が赤く激しく発光する。


【タイムスキップ!】


一瞬、世界が飛んだような奇妙な感覚。

目の前からトラウンの姿が掻き消えた。

背後に殺気。振り向くよりも早く、剣を振り上げたトラウンの姿があった。


まずい……このままだとやられる……!


その瞬間、路地裏の屋根の上から人影が降ってきた。


【ファイヤー!】

【バーニングストライク!】


青い槍から猛烈な炎が吹き出し、トラウンを強襲する。ユエンの加勢だ。


【タイムスピード!】


剣が唸りを上げ、トラウンは目にも止まらぬ速さでユエンの攻撃を回避し、大きく距離をとった。


「ユエン、怪我は……?」


「大丈夫……。まだ少し痛むけど、動けるくらいには治ったよ」


遠くで構えるトラウンから目を離さず、ユーロックはユエンに語りかける。


「あいつは今、時間遅延能力しか使えないはずだ……」


「それを全部出し切ったら、また能力が全開放になるわけね……」


やつをどう倒すか……


ユーロックが思考を巡らせていると、トラウンは再び剣を地面に突き刺した。


【タイムスロー!】


刀身が赤く輝き、電子音と共に歯車の回転が重く、ゆっくりとした音に変わる。

ユーロックとユエンの体は、泥の中に沈んだかのようにゆっくりとした動きに縛られた。

その隙に、トラウンは脇腹の弾痕を押さえながら自身の体力を回復させていく。ユーロックは息を飲み、焦燥感に駆られた。


やばい、また動きが遅く……ッ。この能力が解除されるまでに倒す方法を見つけないと詰むな……!


すると、泥濘むような時間の中で、ユエンが何かに気づいたように目を輝かせた。


そうか……その手があった……!


「ユーロック、倒す方法わかったかも!」


ユーロックは驚き、ゆっくりとユエンの方へ視線を向ける。


「見つかったか……」


「でも、説明してる時間はないわ……! とりあえず私の前から離れないで、固まって……!」


「わかった……」


【タイムオーバー!】


遅延能力が消えると同時に、トラウンは再び致命の剣を起動させた。


【タイムストップ!】


電子音が鳴り響き、時が止まる。

静寂の世界の中、無防備な二人に近づくトラウン。

そして、彼女がトドメの剣を振り上げようとした——その時。

突如、トラウンは自身の首を掻きむしり、激しく苦しみ始めた。

荒くなる息。白転する目。体から急速に力が抜け落ちていく。

時止めが強制解除され、トラウンはそのまま糸が切れたように気を失い倒れ込んだ。


「倒したのか……? でもどうやって……」


呆然とするユーロックに、ユエンは得意げに説明した。


「私たちの周囲を酸素の膜で覆って、その場の空気を二酸化炭素に変えたの。彼女は多量の二酸化炭素を吸って気を失ってるわ」


「なるほど……。それより、コイツが気を失っている間に拘束してホテルに連れて帰るぞ」


ユエンが気を失ったトラウンを担ぎ上げ、ユーロックがポータルを開く。二人はホテルの個室へと帰還した。

気絶したトラウンを椅子に縛り付け、彼女が目を覚ますまでの間、二人は今後の対策を練っていた。


「やつは暗殺者の一人だろう……。なら、その組織を仕切るものがいるはずだ」


「そうね……。でも彼女が素直に吐くとも思わないわ」


「そこでだ……。コイツを囮にして、他の暗殺者をおびき寄せる」


「なるほど……。その暗殺者達が来る場所を炙り出せば、本拠地がわかると言うわけね」


「あぁ……まぁ、上手く行けばいいんだがな」


一時間ほど経った頃、トラウンがうめき声を上げて目を覚ました。

ユーロックとユエンは即座に武器を召喚し、警戒して距離を取る。

すると、トラウンが座らされている椅子の下から、ゴテゴテとした無骨なスチームパンク風の機械がコロッと転がり出てきた。

二人が不思議そうに見つめていると、その機械から「ザーッ」という砂嵐のようなノイズが鳴り始める。

赤いランプが点滅し、ピピッ!と甲高い音が響いた。


「え、なにあれ……」


「わからん……なんだあの装置……」


直後——背後の窓ガラスがバリンッ!とけたたましい音を立てて砕け散った。

粉々のガラスと共に、フード付きマントを羽織った黒ずくめの怪しい三人が部屋へと雪崩れ込んでくる。


「なんだお前ら……!」


ユエンはユーロックの肩を叩き、震える指で侵入者たちを指し示した。


「ねぇ……あれって……」


侵入者たちの手首には、先ほどのスチームパンク風の機械と同じ意匠のブレスレットが光っていた。


「まさか……発信機……!」


クソっ、段取りが狂った……! こんな想定はしていなかった……!


「どうする、ユーロック……!」


焦るユエンに対し、ユーロックは信じられない言葉を口にする。


「負けるぞ」


「え、負けるって!? 確かに三人は多いけど、私たちなら勝てるでしょ!?」


「いいから、負けとけ……!」


抵抗を捨てた二人は、三人の暗殺者に一方的に打ちのめされ、暗闇へと意識を落とした。


「ここはどこ……? 私たちはさっきまでホテルにいたはずだけど……」


薄暗い牢獄。

手足を縛られた状態で目を覚ましたユエンが、隣で同じ境遇のユーロックに問いかける。


「やっぱり思った通りか……」


「どういうことなの?」


「私たちがワールドウェポンを持っていると知ったら、組織のトップは必ず食いつく。そうなれば、生け捕りにして情報を聞き出すはずだ……」


「確かに。私たちが少女と初めて対峙した時……すぐ引いたし、私たちがワールドウェポンを持っているのを伝えに行ってたのかも……」


「段取りは狂ったが……結果的に組織のトップの方へたどり着けるなら、それでいいと判断した」


「とは言っても、ここは少し肌寒いわ。しかも暗いし……」


その時。


奥の暗がりから、コツン……コツン……と革靴の足音が反響して近づいてきた。

姿を現したのは、紫色のワイシャツに黒いストライプのスーツを着こなした、オールバックの男。


「君たちがワールドウェポンの持ち主か……。トラウンから聞いているよ」


ユーロックは手足が縛られ、横に寝そべったままの体勢で男を鋭く睨みつける。


「お前誰だ……」


男は余裕の笑みを浮かべて両手を広げた。


「おいおい、そんな怖い顔しないでくれよ……。別に敵対したい訳では無いんだ」


だが、その笑顔の奥には冷たい光が宿っていた。


「ただ、トラウンを戦闘不能にまで追いやったことについては、少し目に余ることはあるかな……。あれは私の大事な『商売道具』でね、壊されると困るんだよ」


「商売道具? あの子は人間なのよ……! 物みたいに言うあなたはなんなのよ!」


「おっと、挨拶がまだだったようだね。私の名はアルバン・ボォークス。暗殺組織のボス……と言ったところかな?」


「トラウン……あいつはどうした」


「彼女は今、体調が優れないらしくてねぇ……。別室で休ませているよ」


同じ頃。


別室のベッドの上で、トラウンは頭を抱え、ひたすらに苦悶していた。


「ぐぅぅぅっ……!」


なに……!? 頭が割れそうな感覚……。何か、大事なことを忘れているような……何を……!


「君たちに、私の仲間になってもらおうと思っていてね……。その提案をしに来たんだ」


「提案ですって? ふざけないで……! あなた達がやっていることなんて、ただの人殺しじゃない!」


「おいおい、人聞きの悪いことを言うね。我々は社会にとって悪影響な存在を滅ぼす……いわば『正義の味方』みたいなものだ。想像してご覧、今も貧困で喘いでいる市民、それをワインのツマミ感覚で楽しむ金持ち……そういうものを裏で密かに消す……それが我々の使命さ」


「じゃあなぜ、武器物流の社長を殺した? あれだって、ろくでもない金持ちから依頼されたからだろ……。結局は金があれば動くだろ。適当なことを言うな」


「もちろん、ビジネスでもあるからね……。顧客のオーダーに答えるのも、必要な時はある」


ユーロックは冷たく言い放つ。


「一つ質問だ……」


「なんだね……?」


「なぜ、武器商人のおっさんを始末させた?」


「彼はね、我々に提案してきたんだよ……」


ボスの語る顛末はこうだ。

武器商人は、強力な武器を提供する代わりに周囲の邪魔な競合組織を潰してくれと依頼してきた。組織は了承し、依頼を完遂したが、報酬として渡された品はどれもガラクタばかり。あまりの質の低さに辟易したボスは、制裁として武器商人を始末し、財産を根こそぎ奪い取ったらしい。


「本当に、全くもってくだらない男だったよ……。それより、君たちも我々と共に正義の執行者として働かないか?」


「私達はそんなつまらんもんはやらん……。ろくでもない金持ちが生きてようが死んでようがどうでもいい……。それよりトラウンをよこせ」


「なぜ、君は彼女に固執するんだい?」


「何か引っかかる……。前にもあった気がする……それに、彼女も多分何かに気づき始めている」


ユーロックの言葉に、ボスの表情が一瞬だけ険しく歪む。だが、すぐに元の作り笑いに戻った。


「それは君の気のせいだ……」


「いや、そんなことは……」


「そんなことはあるんだよ。……それに君は、私の仕事はやらないと言った」


「それがなんだ……」


「従うさ……君たちの意志とは関係なしにね」


ボスは懐から一丁の銃を取り出した。


バンッ!


突如として響く発砲音。放たれた弾丸が、いとも容易く二人の体に撃ち込まれる。


なんだ……フラフラする……。意識が……


崩れ落ちる二人の耳元で、ボスが甘く囁く。


「我が命ずる。我の手となり、足となれ……」


ボスの声が、脳内に直接エコーのように反響する。

ユーロックとユエンの瞳から、スッと理性の光が消え失せた。

ボスは背後に控えていた部下に顎で指示を出す。


「二人の拘束を解き、書斎へ連れてこい……」


「了解しました」


拘束を解かれた二人は、操り人形のようにフラフラと書斎へと歩みを進める。

ボスは革張りの椅子に深く腰をかけ、足を組んで葉巻に火をつけた。紫煙を吐き出し、モノクロの写真がクリップされた書類を机に投げる。


「今回のターゲットはこいつだ……。速やかに始末せよ」


自我を奪われた二人は、一切の感情を見せずに立ち上がり、静かに部屋を去っていった。

その後ろ姿を見送り、ボスは昏く微笑む。


これが私の能力、洗脳『マリオネット』。これに抗えるものなどいない……無敵の能力だ


洗脳されたユーロックたちはポータルを開き、ターゲットのいる目的地へと瞬時に跳んだ。

闇夜の建物の屋根を駆け抜け、標的を探す。

しばらくして標的を発見し、無機質に攻撃を仕掛けようとした――その瞬間。

時が、飛んだ。

二人の目の前に現れたのは、澄んだ瞳を取り戻したトラウンだった。


「待ちなさい!」


その声に二人の動きが一瞬止まるが、すぐに戦闘態勢を取り、トラウンの迎撃へと回る。


これは、もしかしてボスの洗脳で操られている……! 私が止めなければ。私と同じ過ちを犯させないために……!


トラウンは剣を天高く突き上げる。刀身が極彩色に発光した。


【タイムストップ!】


電子音と共に、歯車の回転がゆっくりと止まる音が響く。空間は赤く染まり、飛ぶ鳥も、風も、空気の震えすらも完全に静止した。

トラウンはすかさず二人の懐に潜り込み、正確に首筋に手刀を叩き込む。

秒針がカチカチと音を立て、カチン!と弾けた。


【タイムオーバー!】


再び時が刻み始め、意識を刈り取られた二人はその場に崩れ落ちた。

トラウンは二人を担ぎ上げ、かつてユーロックたちが宿泊していたホテルへと帰還した。

しばらくして、二人は重い瞼を開ける。


「ん……ここは……」


ユーロックの目の前には、椅子にふんぞり返るトラウンの姿があった。


「目が覚めてよかったわ……」


ユエンが困惑した表情で頭を押さえる。


「私たち……なんであんな行動を……? まるで体が勝手に動いたみたいな……」


「あなた達は、ボスの力で操られていたのよ」


「ボスの力……?」


「彼の能力は『洗脳』。銃型のアビリティウェポンで撃ち抜いた対象に命じ、自在に操ることができる……」


「そんな能力が……。でも、私たちの洗脳は一瞬で戻ったぞ……?」


「洗脳を解く方法は『気絶』させること。一度気絶すれば、能力は強制解除されて正常に戻る仕組みなの」


「だから、あなたも今普通に話せてるのね……?」


「そうよ……! まったく、大変な目にあったわ! せっかくの天才で才能に溢れるこの私を洗脳しようだなんて、ほんっとダメな男ね!」


なんだこいつ……自分で天才とか才能とか……。痛いやつだな……


ユーロックは呆れを隠せずにため息をついた。


「とりあえず私達は、あのボスをどうにかしないと……。トラウンが居なくなったこと、私たちの帰りが遅い事で、向こうも不審に思うはずだ」


「確かに、やつをどうするかだな……。おい、トラウン、なんか案はないのか……?」


ユーロックが視線を向けると、トラウンは鏡の前で様々なポーズを取りながらキメ顔を作っていた。ユーロックはジト目で彼女を見つめる。


「おい、なにやってんだ……」


「決まってるじゃない……! どの登場ポーズが一番かっこいいか考えてるのよ……! こっちの方がいいかしら……いや、こっち……? あー、どれもかっこよすぎて決められないわ……!」


「お前……ふざけてるのか……?」


トラウンはバッと振り返り、自信満々のドヤ顔で言い放つ。


「私は大マジよ!」


お前の頭がふざけてるということは、よくわかった……


ポーズ研究に余念がないトラウンを放置し、ユーロックはユエンと共にボス対策の会議を進めた。


「そういえば、気になったことがあるんだけど……」


「なんだ……?」


「洗脳されていたトラウンといい、周りにいた暗殺者といい、みんな虚ろな目をしていたの。これってもしかして……」


「そうか、全員洗脳されていた……! なら、その連中を軒並み気絶させれば洗脳は解けて、敵の陣形が崩れるというわけか……」


「私の推理が正しければね……。まぁ、百聞は一見にしかず……一回やってみましょう」


「そうと決まれば、早速暗殺組織のアジトに乗り込むぞ……」


「そうね……」


「おい、お前もいい加減にしろ……! さっさと行くぞ……!」


鏡の前でひたすらポーズをとっているトラウンの頭に、ユーロックの強烈なチョップが炸裂する。


「あ痛ぁ! 何するの!? って、ちょっ……!」


首根っこを掴まれて引きずられていくトラウン。

三人はホテルを出て、暗殺組織のアジトへと向かった。

屋根の上を疾走している最中、ユエンがふと疑問を口にする。


「ねぇ、私達が洗脳されてる時に、ユーロックはポータル開いてたわよね?」


「あぁ……そういえばそうだったな……」


「ここまでテレポートできたのなら、逆もできるんじゃない?」


「いや、無理だな……」


「どうして?」


「確かに洗脳されていた記憶はあるが、あれは私の意思じゃなく開いたものだ。場所の正確な座標がわからないと開けない……」


「トラウン、あなたならアジトの場所を知ってるでしょ?」


「ここから飛行船に乗って一時間くらいだと思うわ……」


「飛行船? 飛行船なんて、どうやって乗るんだよ……」


その時、先頭を走っていたトラウンが急ブレーキをかけ、ピンと右腕を伸ばした。後ろを走っていた二人は避けきれずに腕に激突する。


「うおぉ!」


「うわぁ!」


派手に尻もちをつく二人。


「なんだよ、いきなり止まりやがって……」


トラウンがドヤ顔で指さす方向へ視線を向けると、数十メートル先に巨大な飛行船乗り場がそびえ立っていた。


「あそこに行けば乗れるわよ……! 何座ってるのよ、さっさと行くわよ……!」


「転ばせたのはあなたでしょ……!」


「なんでぶつかってビクともしねぇんだよ、お前は……」


トラウンのマイペースさに振り回されながらも、三人は飛行船乗り場へと足を向けた。

乗り場に到着し、船内へ潜入する三人。

夜明けを告げる蒸気の汽笛が鳴り響き、巨大な飛行船がゆっくりと空へ浮かび上がる。

空の旅に、ユーロックとユエンは少しだけ目を輝かせた。


「おー、こりゃすごいな……飛んでるぞ……」


「不思議ね……この世界に来てから、不思議なものばかり……」


すると、トラウンが腕を組みながらドヤ顔で胸を張る。


「フフンー! どう! すごいでしょ!」


ユーロックは再びジト目を向けた。


「いや、なんでお前が誇らしげなんだよ……」


目的地に着くまで船内で休息を取ろうとした——その時。

背後の死角から、鋭いナイフが音もなく飛来した。

トラウンは野生の勘でそれに気づき、咄嗟に時を止める。


【タイムストップ!】


空を切るナイフは、ユーロックの目と鼻の先でピタリと静止した。

トラウンは二人を両脇に抱えて物陰へ隠れ、能力を解除する。


【タイムオーバー!】


一瞬にして場所が移動したことに驚愕する二人。


「何が起きた……いや、トラウン、何があった?」


「ナイフが飛んできたのよ……!」


「襲撃か! 相手は見たか!?」


「あ……」


敵の姿を確認することを完全に失念していたトラウンの顔を見て、ユエンは深く頭を抱えた。


「これは……確認することを忘れてた顔ね……」


ユーロックも深い深いため息をつく。


「お前……味方になってから使えねぇなぁ……」


その辛辣な一言は、トラウンの心にクリティカルヒットしたらしく、口から魂が抜けたように真っ白に燃え尽きた。


「ガーン……」


放心状態のトラウンを放置し、二人は武器を構え、船内を警戒しながら敵の探索を開始する。


「投げナイフのアビリティウェポン使い、というのはわかったが……それだけだ」


「そうね……。あの子がちゃんと見てくれていたら良かったけど……」


一つ一つの扉を警戒しながら開けていく。


バタン! 扉を蹴破り、ユーロックが銃を構えて部屋に突入する。


「うわぁ……!」

「きゃぁー!」


そこには、イチャついていたカップルが両手を挙げて震えているだけだった。


「チッ!」


盛大な舌打ちを残し、カップルを無視して部屋を出るユーロック。


「すみません……お邪魔しました……」


ユエンは細い声で謝罪し、そそくさと後を追った。


一体どこにいるんだ……


船内を歩き回り、周囲に気を配る。

すると、前方にある廊下の角から、黒いマントの裾が一瞬だけ翻るのが見えた。


「待て……!」


怪しい人影を追って走り出す二人。


「クソ、逃げ足の速いやつだ……!」


「通路は狭いし、曲がり角が多いからすぐ見失いそうだわ……!」


人影は左へと逃走する。曲がり角を曲がると人影は消失し、目の前には複雑な十字路が広がっていた。


「見失ったか……」


「これじゃ、どこに行ったのか分からないわ……」


その時。


十字路のあらゆる方向の奥から、複数の人影が横切るのが見えた。


「何……!?」


「一人じゃなかったの……!」


ユーロックが苛立ちを露わにした瞬間、その感情に呼応するかのように、手元のライフルが眩く黄色に発光し始めた。


「なんだ……」


「光ってる……! ってまさか、新しい能力が解放されたの!?」


なんだかわからんが、使ってみるか……!


ユーロックが地面に向かって弾丸を撃ち込むと、足元にワープゲートが展開された。ゲートは三つに分裂し、彼女の左右と前方に配置される。


【ディメンションイリュージョン!】


武器から聞いたことのない電子音が鳴り響く。


「なんだ、これは……」


光が収まると、三つのポータルから『ユーロック』が三人、歩み出てきた。


「えっ……ユーロックが、四人になった……!?」


ユエンは目を点にして絶句する。


「これは一体なんなんだ……」


《ディメンションイリュージョン》

無限に枝分かれした分岐点に存在する「平行世界の自身」を召喚する能力である。

なお、召喚される個体は召喚者に近い平行世界から自動的に連れてこられる。


状況を瞬時に理解したのか、召喚された三人のユーロックは冷静に口を開いた。


「あの人影は、おそらく暗殺者だな……」


「私もさっきまでアイツを追ってたところだった……」


「だが、どういう訳か突然瞬間移動した。と思ったら私が三人いた……」


本物のユーロックが答える。


「それは私の新しい能力だ……原理は知らんが今はどうでもいい……」


「あぁ……奴らを追うことだな……」


四人の自分が淡々と会話する異様な光景に、ユエンは困惑を極める。


「なに……これ……なんか変な気分なの、私だけ……?」


すると、四人のユーロックが一斉にユエンを振り向き、まったく同じ声とタイミングで言い放った。


『ユエンは後ろの通路の奴を追ってくれ……』


「ちょっと! わ、わかったけど、頭がこんがらがるから全員で言わないで……!」


「よし、四人で分散するぞ……」


三人のユーロックは力強く頷き、ユエンは複雑な表情のまま頷き返した。

分身たちは三方向へ散開し、本体のユーロックとユエンも別の通路へと走り出す。


一方その頃。


トラウンは、船内に併設されたシックなバーのカウンター席に優雅に腰掛けていた。

足を組み、ドヤ顔でバーテンダーに注文をつける。


「この私に合いそうな飲み物を頼むわ……」


「かしこまりました……」


熟練のバーテンダーがシェイカーを振り、一杯のカクテルを差し出す。


「お待たせしました……こちら、『ローゼツァイト』でございます……」


上品な赤色が美しいカクテル。トラウンは満足げに頷いた。


「お、いいわね……あなた、見る目あるわ……」


グラスをそっと手に取り、唇に近づけようとした——その時。


ガシャァァァン!!


黒服マントの暗殺者と、それを追うユーロック(分身)が激しく揉み合いながらバーへとなだれ込んできた。

悲鳴を上げて逃げ惑う客たち。

トラウンは不機嫌に眉をひそめ、後ろを振り返る。


「うるさいわね……なんなのよ。人がせっかく、今かっこよく飲もうと思ってたのに……」


トラウンの姿に気づくユーロック。


「お前、ここで何してんだ……!」


「見ればわかるでしょ……。カクテルを飲んでるのよ……」


「お前、敵を探さないで何寛いでんだよ……!」


その言葉で、ようやく敵の存在を思い出すトラウン。


「敵……? 敵……あ……!」


「お前、忘れてたのかよ……!」


隙ありと見た暗殺者が、トラウンに向けて無数のナイフを投擲する。


「トラウン……!」


しかし、トラウンはカクテルグラスを傾けたまま、空いた右手を横に振った。指輪が赤く輝き、剣へと姿を変える。


【時空斬剣タイムスラッシャー!】


剣を振るうと、システム音が起動する。


【タイムスキップ!】


空間が赤く染まる。

暗殺者、ユーロック、そして飛来するナイフの群れが、赤い軌跡を描きながら超スローモーションで動く。

ナイフがトラウンの体をすり抜ける軌道にあることを確認すると、彼女は指を鳴らした。


【タイムオーバー!】


「ナイフなんかが、私に当たるとでも……?」


「何……!?」


驚く暗殺者。


「お前はそんなところで酒飲んで座ってないで、手伝え……!」


ユーロックの怒声に、トラウンはわざとらしく肩をすくめて立ち上がる。


「まったく、仕方ないわねぇ……。そんなに私の勇姿を見たいわけね……」


こいつ……バカなのか……?


「見たいなら見せてあげるわ……。私の実力というものを……!」


「なんだ貴様……! この俺が、先に貴様から始末してやる……!」


ナイフを構え、一直線にトラウンへと突進してくる暗殺者。

だが、トラウンは一歩も動かない。

男の放ったナイフが、トラウンの胸元に深々と突き刺さる。


「バカが……」と男が嗤う。


「さっきも言ったはずよ。私にそんなナイフが効くわけないじゃない……」


「!?」


男は驚愕した。突き刺さったはずのトラウンの体には傷一つなく、平然と微笑んでいるのだ。

トラウンは流れるような動作で、男の頬に強烈な裏拳を叩き込む。


【タイムスピード!】


「おりゃぁぁぁぁ!」


目にも止まらぬ超高速のラッシュ。

無数の拳を叩き込まれ、男の体は徐々に宙へと浮き上がる。

最後の一撃を振り抜くと、男は派手に吹き飛んだ。


「すげぇなぁ……」


分身ユーロックが思わず感嘆を漏らす。


「ぐっ……ま、まだだ……!」


吐血しながらも、男はナイフを杖代わりにして立ち上がった。

ダメージを負った体を引きずり、再びトラウンへと向かってくる。


しかし——。


「何、なんだ……体の動きが、ゆっくりに……!」


トラウンが悠然と歩み寄り、男の顔面に強烈な回し蹴りを叩き込む。

スローモーションのようにゆっくりと宙を舞う男。

トラウンは能力を解除し、剣を空に向けて構えた。


「見せてあげるわ……。このタイムスラッシャーの能力の真髄を……!」


【フィニッシュレッドタイム!】


剣が起動音を奏でる。

歯車と時計の針の音がビートを刻み、荘厳なオーケストラのような音楽が空間を支配した。

トラウンが男に向けて猛烈なダッシュを見せる。


「なんだ……!」


男は咄嗟に防御態勢を取る。


今、時間が飛んだ……!


男の視界から、トラウンの姿が完全に消失する。


「ど、どこだ……!」


背後に気配。振り返るより早く、トラウンの蹴りが男を空高く打ち上げた。

トラウンは自らも跳躍し、空中の男へさらに蹴りを叩き込む。男はゆっくりとした速度で吹き飛んでいく。

そして、トラウンは空中に放り投げた剣の柄を足の裏で押し込み、男に向けて飛び蹴りの構えを取った。

時が、止まる。

静止した世界の中、飛び蹴りの勢いに乗った剣が男の体を貫いた。

時が動き出すと共に、鮮血が空中に花開く。


「ぐは……」


だが、攻撃は終わらない。

急速に時間が逆行し、今度は超高速で再び剣による飛び蹴りが突き刺さる。


【ツァイト! レッドブレイク!】


男の体を貫くと同時に、剣からファンファーレのような音が鳴り響いた。

ドカーン!!

船内を揺るがす轟音。男の体内に蓄積された高出力のエネルギーが臨界点に達し、大爆発を起こしたのだ。


「どう、私の力は……」


「ワールドウェポンには、こんな力があったのか……」


ユーロックはその圧倒的な威力に魅了されるも、すぐに我に返って首を振る。


「いや、感想に浸ってる場合じゃない……! トラウン! 敵はまだ残ってる……探しに行くぞ!」


「え、一人じゃなかったの……?」


「あぁ……敵は複数いた……。おそらくボスの刺客だろう……」


「流石は暗殺組織……。全ての街の情報網を掌握してるだけあるわね……」


二人は破壊されたバーを後にし、再び船内の通路へと駆け出した。


その頃、ユーロック本体とユエンもまた、別の暗殺者を追い詰めていた。

袋小路。


「ついに追い詰めたわ……」


二人が武器を構えると、敵もまた剣型のアビリティウェポンを取り出し、床に深く突き刺した。


「何か来るぞ……気をつけろ……ユエン!」


突如、床の影から巨大な蛇が二匹、鎌首をもたげて現れた。

シャーッ! と威嚇音を上げ、二人に襲い掛かる。


「アイツに近づけない……!」


蛇が大きく口を開き、紫色の不気味な液体を吐き出した。


「何あれは……!」


「何かやばい……!」


二人が間一髪で避けると、液体が着弾した床がジュウジュウと音を立てて溶け出した。


溶けた……まさか酸か……!


「酸性の毒が吐けるの……あの蛇……!」


ユエンは武器のダイヤルを激しく回す。


【ウィンド!】


中華風の待機音が鳴り響く。

槍を振り回して構えると、クリスタルの刃が青白い光を帯びた。


【ウィンドミルカッティング!】


ユエンが槍を薙ぐ。

圧縮された青い風の刃が車輪のように回転しながら飛来し、二匹の大蛇を瞬く間に輪切りにして粉砕した。


「これで決めるわ!」


休む間もなく、再びダイヤルを回す。


【サンダー!】


剣の形態へと変化させ、低いクラウチングスタートの姿勢を取る。


【ライトニングストレート!】


剣が唸りを上げ、青い稲妻がユエンの全身を駆け巡る。

次の瞬間、一直線の青い閃光が通路を貫いた。

光が消え去った後、遅れて凄まじい雷鳴が轟く。


「うっるさ!」


ユーロックは思わず耳を塞いだ。

ユーロックの視線の先には、敵の胸を槍で貫いたユエンが涼しい顔で立っていた。


「速いな……」


「そりゃもちろん、雷の速さで動いたからね……」


「それって光の速さでは……」


「敵はまだ残っているはず……探しましょ……」

「そうだな……」


二人は倒れた敵を一瞥し、その場を後にする。

しばらく廊下を走っていると、突き当たりの広間で、分身ユーロックとトラウンのペアに合流した。

本物と分身、二人のユーロックを交互に見て、トラウンが絶叫する。


「えぇぇぇ! ユーロックが二人ぃぃぃ!?」


「うるせぇなお前……」


頭を抱えて驚くトラウンを見て、ユエンは苦笑する。


「まぁ、そういう反応になるわよね……」


分身ユーロックが報告する。


「まだ、二人の私が敵と戦っているはずだ……。援護しに行くぞ……」


「そうね……」


「だな……」


トラウンはぽかんと口を開け、脳内の処理が追いつかずに宇宙猫のような顔になっていた。


「あー……」


「何してんだ……早く行くぞ!」


「は……! わ、わかってるわよ!」


四人が走り出すと、今度は横の通路から別の分身ユーロックが現れた。


「お、お前らも倒したか……」


「あぁ……」


トラウンが震える指で三人目のユーロックを指差す。


「また、増えた……!」


『ん?』


分身ユーロック二人が一斉にトラウンを見る。

本物ユーロックが呆れ顔で指示を出す。


「何ボサっとしてんだ……残り一人を探すぞ……」


『あぁ……』


その頃、最後の一人のユーロック(分身)は、厄介な敵と対峙し苦戦を強いられていた。


こいつの能力、体を液状化できるのか……!


「何をしても無駄だ……。俺に弾丸は当たらない……」


ドロドロの液体となって銃弾をすり抜ける敵。

「チッ……厄介な能力だ……」


防戦一方の分身ユーロックのもとへ、ついに全員が合流する。


「お前ら……来たか……。ということは、敵は全員倒したんだな……」


「あぁ……」


「流石は私だな……」


「察しが良くて手間が省けるな……」


四人のユーロックが己を褒め称え合う異様な光景に、ユエンとトラウンは言葉を失う。


「え、何この光景……」


「脳がバグるわよこんなの……」


「アイツは体を液状化をする……」


分身が情報を共有する。


「そうか……物理攻撃が効かないという訳か……」


どうやって倒すか……


分身ユーロックが打開策を考えている隙に、液状化した敵が触手のように形を変え、分身たち三人に強烈な打撃を浴びせた。


「ぐはっ……!」


攻撃を受けた分身ユーロックたちが地面に転がる。

すると、彼女たちの足元に強制的にポータルが展開され、元の平行世界へと吸い込まれるように消えていった。


「帰ったか……。ユエン! トラウン! 行くぞ!」


「任せなさい……! って、そういえば物理攻撃が効かないらしいわね……」


「私に任せて……」


ユエンが一歩前に出て、ダイヤルを力強く回す。


【マグマ!】

【ボルケーノストライク!】


槍の刃から、超高温の青い溶岩がドロドロと溢れ出す。

ユエンが槍を大きく振るうと、灼熱の溶岩が液状化した敵を飲み込んだ。


ジュワァァァァッ!!


「ギャアアアアッ!」


敵は一瞬で沸騰し、跡形もなく蒸発して爆散した。

ユエンは槍を振り回して熱を逃がし、息を吐く。


「ふぅ……終わったわ……」


三人の武器がそれぞれの色の光の粒子となり、アクセサリーへと戻っていく。


「もういなさそうだな……」


しばらくすると、飛行船は目的地の上空へと辿り着いた。

三人はタラップを降り、見知らぬ街の地を踏む。


「おい、トラウン……お前、アジトの場所知ってるだろ?」


「知ってるわよ……。案内するわ……」


トラウンの案内に従い、三人は街の裏路地へと足を踏み入れた。


「おい、行き止まりだぞ……」


「大丈夫よ……」


トラウンが突き当たりのレンガ壁に手を当てると、ゴゴゴ……と重い音を立てて壁が上へとスライドした。


「今、何したの?」


「んー?……原理は分からないけど、こうしたら開くのよ……」


ユエンは苦笑いをする。


「分からないのね……」


壁には隠しボタンが仕込まれており、押すことで隠し扉が開く仕組みになっていた。

現れたのは古い昇降機。


「これはエレベーターか?」


網状の扉を開け三人が乗り込むと、エレベーターは自動的に地下深くへと下降を始めた。


「どこまで降りるんだ?」


「結構地下まで行くのね……」


トラウンはここぞとばかりに誇らしげに胸を張る。


「どう? 秘密基地っぽくてかっこいいでしょ?」


ユーロックとユエンは、本日何度目かのジト目を送る。


「だから、なんでお前が誇らしげなんだよ……」


チーン。


無機質な到着音が鳴り、扉が開く。


ようやく辿り着いたか……


薄暗く長い廊下を進むと、最奥に重厚な鉄の扉が立ち塞がっていた。壁にはキーパッドが埋め込まれている。


「えーと、確かぁ……パスワードはこうだったかしら……」


ピッ! ピッ! ピッ!


トラウンが慣れた手つきでパスワードを入力すると、内部で巨大な歯車が回転する音が響いた。


ガッチャン!


ロックが外れる重い音。鉄の扉が、ゆっくりと開かれていく。

扉の先には、先ほどの薄暗さとは打って変わった、豪奢な壁紙とレッドカーペットが敷かれた絢爛な空間が広がっていた。


「あそこの奥にボスがいる……」


「あそこか……」


ユーロックは正面にある大扉のドアノブを握る。

掌にじわりと汗が滲む。

大きく息を飲み、扉を開け放った。

室内の中央。豪勢なマホガニーのデスクに座るボスが、一人ゆっくりと拍手をしていた。


「よくぞここまで辿り着いたね……」


「お前が送ってきた暗殺者は全員倒してやった……! 次はお前だ……!」


「ハハッ……面白いね……。暗殺者は使い捨ての駒に過ぎない……」


ユーロックは眉を顰める。


「なんだと……」


「無くなりそうになったら、そこら辺にいる人間を洗脳すればいくらでも補充できるからね……」


ユエンは怒りに震える指を突きつける。


「なんてことを……あなただけは許せない……!」


ユエンがイヤリングに触れる。青い光が槍へと変化した。


属性司鉾(ぞくせいしほう)エレメンタルストライカー!】


電子音が豪奢な室内に鳴り響く。


「トラウン、帰っておいで……君は特別だ……」


ボスの甘い声に、トラウンは鋭い視線を返す。


「ボス……あなたにとっての私って、なんなの?」


「武器庫に保管されていたワールドウェポンは、今まで使おうとした人間が力に耐えきれず、体がネジ切れて死んでいった……。まさか、君が使えるとは思わなかったよ。君が手にした時、体になんの異常も見られないのを見て、ついに『適合者』が見つかったと興奮した……! それから君は、私にとっての特別な存在になった。ただね、君は人を殺すのに不向きだった……。だから私は洗脳し、君を最高の暗殺者にしたのだ……」


「特別な存在って、どういうこと……」


ボスは恍惚とした笑顔で、興奮気味に叫んだ。


「君はこの暗殺組織の稼ぎ柱、大切な『商品』なんだ……!」


その言葉に、トラウンは静かに、だが深い悲しみを込めて告げる。


「そう……。奴隷市場から命からがら逃げた私を拾ってくれた恩はある。けど、あなたは同時に私の時間を奪い、罪を背負わせた……! 到底許すことはできない……。あなたは、ここで倒す……!」


ボスは冷酷な目でため息をついた。


「そうか……君を失うのは惜しいが、仕方ない……」


ボスが傍らの武器を手に取り、三人の包囲網へ向けて戦闘の火蓋が切られた。

三人が一斉に飛び出そうとした——その瞬間。

部屋の暗がりから、無数の暗殺者たちが湧き出るように姿を現した。


「何……!?」


「こんな数、相手にできないわ……!」


「私が蹴散らす!」


【タイムスピード!】


トラウンが超高速で駆け抜け、次々と暗殺者を切り伏せていく。

だが、倒しても倒しても、敵は尽きない。


「アイツが倒して行ってるが、キリがない……!」


ボスが邪悪な笑い声を上げる。


「ハハッ……私の人形で沈むがいい……」


ボスの手元の剣がシステム音を響かせる。


【タイムオーバー!】


「しまっ……!!」


ドーン!!


トラウンの能力が強制解除され、洗脳された暗殺者の重い一撃を受けて壁まで吹き飛ばされた。


「トラウン……!!」


ユエンが悲鳴を上げる。


まずいな……またあれをやるか……!


ユーロックはライフルのコッキングを引き、足元の床に向かって弾丸を放つ。


【ディメンションイリュージョン!】


足元に開いたポータルが四つに分裂し、四人の分身ユーロックが出現する。

さらに、その四人の分身もまた、地面に向かって発砲した。


『ディメンションイリュージョン!』


幾重にも重なる電子音のエコー。

分身が分身を呼び、その数は瞬く間に二十一体まで膨れ上がった。


「やれ」


ユーロック軍団はポータル空間を縦横無尽に飛び回り、無数の暗殺者たちを的確に、そして圧倒的な手数でことごとく撃破していく。

あっという間に暗殺者の群れを一掃し、本体のユーロックがボスに銃口を突きつけた。


「次はお前だけだ……」


ユエンがダイヤルを回し、追撃を仕掛ける。


【フローズンブレイク!】


無数の鋭利な氷柱が射出され、ボスへと殺到する。

命中する——その瞬間。

全ての氷柱が、見えない巨大な圧で上から押し潰されたかのように、地面へと叩きつけられ粉々に砕け散った。


「嘘でしょ……!!」


ユーロックが眉を顰める。


「なにがあった……!」


ボスは口角を歪め、邪悪に嗤う。

「まさかとは思うが、私が『洗脳能力』しか使えないと思ったか……?」


「なんだと……」


「私がアビリティウェポンを一つしか持っていないとでも思ったか……? 私はね、武器を集めるのが趣味なんだ……。この剣もその一つ、物体を『重力で押し潰す』能力の武器さ……」


「くっ、厄介なやつだ……」


「今度はなんの能力が来るか分からないわ……気をつけて、ユーロック……!」


「あぁ……」


やつはさっき守りに徹していた……。次は攻めのターンだろう……。ということは、攻撃型の能力が来る……!


ボスは壁に掛けられていたリボルバーを手に取ると、躊躇なく引き金を引き、二人に向けて発砲した。

弾丸は正確にユーロックに命中する。


「うっ……! ……って、何も起こらないぞ……?」


痛みを覚悟したユーロックだったが、傷は一つもない。

すると、ボスは手元のリボルバーを思いっきり横に振り抜いた。

瞬間、ユーロックの体が不可視の力で勢いよく真横へと弾き飛ばされた。


ドーン!!


部屋の装飾岩が砕け散る爆音。ユーロックは壁に激しく叩きつけられる。


「ぐはっ……」


そのまま意識を刈り取られ、崩れ落ちたユーロックを見てユエンが絶叫する。


「ユーロック……!!」


「さて、次は君だ……」


ユエンは槍を強く握り直す。

ボスが再び発砲する。

ユエンは全開でダイヤルを回した。


【ロックバリア!】


床から分厚い岩の壁が出現し、飛来する弾丸を防ぐ。


「なるほど……。君のワールドウェポンを見るに、能力は元素操作か……。差し詰め、元素の組み合わせで岩を形成したのだろう……。ならば、これを使うか……」


ボスは別の武器——巨大な斧を構え、大きく振りかぶって横に薙ぎ払った。

斧の斬撃が、岩の壁を『透過』し、その後ろにいたユエンの体を深く切り裂く。


「ぐはっ……」


ユエンの胸から鮮血が吹き出し、口から血が溢れる。


今、何が起こったの……? 岩の壁は砕かれてない……攻撃が壁をすり抜けて来た……?


理解が追いつかないまま、ユエンはその場に倒れ伏し、気を失った。


「さて、三人のトドメを刺すとするか……」


ボスが、倒れたユエンへゆっくりと歩み寄る。


【タイムストップ!】


部屋に響き渡る電子音。その音に、ボスは驚愕の表情を浮かべた。


「なにっ……!?」


歯車と時計の針がゆっくりと止まる音。そして、全てが静止する。


ガラ……ガラ……。


瓦礫を押し退け、満身創痍の体を引きずりながら、トラウンがゆっくりと立ち上がった。

床と刃が擦れる甲高い音を立てながら、剣を引きずり、ボスの正面へと歩み寄る。


「ここで……終わらせる……」


足元をふらつかせながらも、決して歩みを止めない。

ボスの眼前まで辿り着くと、剣のシステム音が静寂を破った。


【タイムオーバー!】


時が動き出し、目の前に突如現れたトラウンに、ボスは驚愕して後ろへ飛び退いた。


「あんたを倒す……」


「ハッ……!」


ボスは余裕を取り戻し、嘲笑する。


「そんな満身創痍で、私に勝てるとでも……?」


ボスが透過の斧を振りかぶる。


「喰らえ……!」


必殺の斬撃がトラウンへと放たれた。


——その瞬間。


バーン!!


銃声と共に、トラウンの目の前にポータルが展開された。

斬撃はトラウンに当たる直前でポータルに吸い込まれる。

そして、ボスの真後ろに現れた出口のポータルから飛び出した斬撃が、ボスの背中を深々と切り裂いた。


「ガァッ……!?」


体勢を崩したボスに、トラウンが渾身の一撃を叩き込む。

自身の斬撃と、トラウンの剣撃。二つの致命傷を負い、ボスはついに膝をつき、崩れ落ちた。

倒れる間際、ボスの目に映ったのは——遠くの壁際で倒れたまま、スナイパーライフルを構え、銃口から煙を燻らせるユーロックの姿だった。

役目を終えたユーロックは、ふたたび深く意識を落とす。

トラウンは荒い息を吐きながら、呟いた。


「終わった……」


痛む体を引きずり、倒れたボスの傍らに膝をつく。手首に触れ、脈を確認する。


「止まってる……死んだのね……」


最大の元凶の死を確認した瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、トラウンもまた意識を手放し、その場に倒れ込んだ。


数時間後。


ユーロックが重い瞼を開ける。


「はっ……」


気を失ってたのか……


立ち上がろうとするが、ダメージが抜けきっておらず、全身に激しい痛みが走る。


「うっ……」


痛みを堪えながら立ち上がり、倒れている二人を両肩に担ぎ上げた。


「重い……」


スナイパーライフルを召喚し、ホテルへのポータルを開く。

ベッドに二人を寝かせると、ユーロックは糸が切れたように床へ座り込んだ。


「ふぅ……疲れた……」


しばらく休憩した後、重い体を引きずってホテルの引き出しから救急箱を取り出す。

自身の傷を塞ぎ、二人の手当てを終えると、ユーロックは泥のように眠りについた。


チュン……チュン……。


窓の外から聞こえる鳥の囀りで、ユーロックは目を覚ます。


「おはよう……ユーロック……」


見上げると、すっかり回復したユエンが微笑んでいた。


「おぉ……」


ユーロックは立ち上がり、大きく背伸びをする。


「ガー……ガー……」


ボリ……ボリ……。


隣のベッドでは、トラウンが大いびきをかき、無防備に腹を掻きながら爆睡していた。

ユエンが呆れたようにため息をつく。


「ちょっと、寝相悪いわよ……起きなさい……」


ユエンが体を揺すっても、全く起きる気配がない。

ユーロックはジト目でトラウンを見つめ、深く、深いため息をついた。


「はぁー……」


そして、容赦なくトラウンの腹部に渾身のドロップキックを叩き込んだ。


「ぐはっ……!?」


トラウンの目がカッと見開かれる。


「お、目が覚めたか……」


トラウンは涙目で怒鳴り声を上げた。


「ちょっと! いきなり何すんのよ……!」


「起きないお前が悪いんだろ……。さっさと支度して出るぞ……」


「わ、わかったわよ……!」


騒がしい朝の支度を終え、三人はホテルを後にした。


「石版探しだな……」


ユエンが苦笑いしながら空を見上げる。


「そういえば、色んなことがありすぎて忘れてたわね……」


すると、後ろを歩いていたトラウンが首を傾げる。


「石版……? あなたたち、石版を探してるの……?」


「あぁ……そうだ……」


トラウンは、あっけらかんと言い放つ。


「私……石版の場所、知ってるわよ……」


「「はっ……?」」


二人の声が見事にハモる。


「えぇぇぇ……! 知ってるの……!!」


「時計塔の地下にあるわよ……」


「なんで知ってるんだよ……!」


「私……前に暗殺のミッションで時計塔の中に入ったことがあるの……。その時に見つけて……」


「とりあえず……時計塔に行ってみましょ……」


「あ、あぁ……」


三人は呆気にとられながらも、トラウンの案内で時計塔へと向かった。

巨大な時計塔の入り口。ドアノブをガチャガチャと回し、ユエンが困り顔になる。


「鍵がかかってるわね……」


バーン!!


突如、発砲音が鳴り響く。

ユーロックが扉の鍵穴に銃弾を撃ち込み、強引にポータルを展開したのだ。


「これで行けんだろ……」


ユエンは若干ドン引きしながら頷いた。


「え、えぇ……」


中へ侵入すると、地下へと続く薄暗い螺旋階段が口を開けていた。

階段を降りながら、ユエンが周囲をキョロキョロと見渡す。


「これって、不法侵入になるんじゃないの……」


トラウンが大声で笑い飛ばす。


「どうでもいいわ……そんな事……! 何かあれば時を止めて逃げればいいのよ……!」


「何も起こらないのが一番だけどね……」


最下層。


ユーロックが足を止める。


「下に着いたぞ……」


薄暗い空間の奥に、銅でできた祭壇があった。その上には、歯車やパイプなどが複雑に組み込まれた『石版』が厳かに鎮座している。


「ついに辿り着いた……」


「トラウン、あなたも来る……?」


ユエンの問いかけに、トラウンは目を丸くした。


「来るって、どういうこと……?」


「私のワールドウェポンでこの石版を撃ち抜くと、違う世界に繋がるポータルが現れるんだ……」


トラウンの瞳が、好奇心でキラキラと輝き始める。


「違う世界……! なにそれ面白そう……!!」


ユーロックは呆れたように釘を刺す。


「おいおい、遊びに行くんじゃねぇんだぞ……」


「そうよ。ポータルを渡ったら、この世界には二度と戻れないのよ……?」


それでも、トラウンの決意は揺らがなかった。


「この世界には、なんの未練もないわ……! それより、違う世界というのが気になるわ……。連れて行ってちょうだい……!」


ユーロックは本日何度目かの深いため息をつく。


「はぁー……そうか。後で文句言っても知らねぇからな……」


ユーロックが銃を構え、石版を撃ち抜く。

空間が歪み、巨大なポータルが展開された。

三人は顔を見合わせ、光の渦の中へと飛び込んでいく。


次なる世界は一体何か。

彼女たちを待ち受ける新たなる試練とは——。



歯車の世界⋯完。


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