蒸気と鋼鉄の街
ユーロックとユエンは石版を抜け、新たな世界へと降り立った。
「今度は結構うるさい場所に出てきたな……」
ユーロックが周囲を見渡しながら呟く。
「建物は鉄とレンガでできてるみたいね……」
ユエンも辺りを観察するように視線を巡らせた。
周囲には蒸気ボイラーの唸り、歯車の回転音、鉄同士がぶつかる金属音、そして人々の賑やかな生活音が響いている。
所々に漂う油と煤の匂い。空は薄く茶色がかっており、遠くには工場らしき煙突から蒸気が吹き上がっていた。
「とりあえず、この世界のことを知るために情報収集が必要だな……」
「そうね、とりあえず街の人に聞きこみをしましょ……」
ユエンは近くを歩いていた男性に声をかける。
「あの、少しよろしいでしょうか……?」
通行人は不思議そうな表情で彼女を見つめた。
「あの……」
男性は短く問い返す。
「Was?」
「え……? えっと……」
「Ich habe keine Ahnung, wovon Sie sprechen……」
ユーロックは慌ててユエンの腕を引っ張り、小声で囁く。
「おい、何やってんだ……」
「この世界のこと聞こうと思ったんだけど……」
「多分、言葉通じてないぞ……」
ユエンは困惑した表情を浮かべる。
「えぇ……」
その瞬間、ユーロックのブレスレットが淡く輝いた。
黄色い光が二人を包み込み――すぐに消える。
「何……今の?」
「知らん……」
ユーロックは眉をひそめる。
そして少し間を置いた後、何かを思い出したように呟いた。
「そういえば前にも似たようなことがあった気が……」
その時だった。
先ほどの通行人が帽子を外し、ユエンの肩を軽く叩く。
「あの、お嬢さん……私になにか御用でも?」
「え……!?」
「何か?」
「え、いや……言葉が分かると思いまして……」
男性はほくそ笑みながら答える。
「フフッ……確かに、今はあなたの言葉が分かりますね……」
「そうだ……あの、聞きたいことがあるんですけど。この世界の文化を教えて欲しいのですが……」
男性は顎に手を当て、考え込む。
「文化ねぇ……」
彼女の服装も珍しいし……容姿もどこか変わっているな……
「あの、どうかしましたか?」
「え、あぁ……いや、なんでもないよ。この世界のことだったよね?」
男性の話によると、この世界ではあらゆる物が蒸気機関によって稼働しているらしい。
人々は蒸気機関車や飛行船、車などを利用して長距離を移動しているという。
「教えていただきありがとうございます」
男性はポケットから懐中時計を取り出し、慌てた様子で言う。
「おっと、もうこんな時間……それでは私はこれで……」
「お忙しい中ありがとうございました……」
ユエンが深く頭を下げると、男性は軽く会釈して去っていった。
⸻
「滞在するためにこの世界の通貨が必要だな……」
「そうね……どうしようか……」
「何か売れるものないか?」
「売れるものねぇ……」
ユエンはふと思い出したようにポケットへ手を入れ、小さな道具を取り出した。
「それは?」
「これは方位磁針よ……」
「これ……売れるのか?」
「百聞は一見にしかずよ……」
二人は質屋を探し、街を歩き回った。
⸻
数時間後。
「やっと見つけたわ……!」
「はぁ……はぁ……この街、高低差すげぇ……階段の上り下りで疲れた……」
質屋の建物はレンガ造りで、看板は鉄製のプレートだった。
二人は中へ入る。
店内には木製カウンターと、茶色く変色した鉄製レジ。そして商品が並ぶガラスケースがあった。
「あの、売りたいものがあるのですが……」
「わかりました。では商品をこちらに……」
ユエンが方位磁針を差し出すと、店員は目を見開いた。
「……これはなんですか!? 見た事ない文字も書かれている……」
「方位磁針です……」
店員は目を輝かせる。
「方位磁針……なるほど……ぜひ買い取らせていただきたいです!」
「よろしくお願いします!」
その間、ユーロックはガラスケースを眺めていた。
どれも奇妙な物が置いてあるな……。これは……時計か? にしてはゴテゴテしてるな……
不意に肩を叩かれる。
「買取終わったよ……」
「お、おう……」
ガラン――
鈴の音と共に扉を開け、二人は店を出た。
「で、どんな感じだったんだ……」
「6万くらいだったよ……でも、これってこの世界だとどのくらいの金額なんだろう?」
「わからんが……とりあえず宿でも探すか……」
⸻
しばらく歩き、二人は宿を見つけた。
「暗くなってきたな……ここにするか……」
「そうだね……」
宿の内装は豪華だった。
二人はフロントへ向かう。
「あの、宿泊したいのですが……」
「お部屋はどうなさいますか?」
「一部屋、二人で頼む……」
「かしこまりました。では500になります」
その金額を聞いたユエンは目を丸くした。
「え……?」
「どうかなさいましたか?」
「500って安いですね……」
「安い……ですか?」
従業員は首を傾げる。
「違うんですか?」
「ええ。500といえば、高級レストラン二回分ほどの金額ですから……」
ユーロックは思わず声を上げる。
「まじか……!?」
そんな高いのか……あいつの方位磁針、一体どれだけの値段したんだよ……!
ユエンは慌てて言葉を繋ぐ。
「と、とりあえずお願いします……」
「かしこまりました。こちらがお部屋の鍵になります」
「ありがとうございます……」
従業員は二人の背中を見送りながら思う。
500を安いって……世間の相場が分からない様子だったし……もしかしてお金持ちなのかしら?
⸻
部屋に入ると、二人はベッドに腰掛けた。
「今日はめちゃくちゃ歩いたなぁ……」
「この世界ですることを話し合わない?」
「そうだな……。まず私たちがすることは、ワールドウェポンを見つけることと石版を探すことだ」
ユエンはユーロックを指差す。
「その武器では他の世界には行けないの?」
「これは今いる世界で同じ場所、同じ瞬間ならどこでもポータルを繋げられる。ただ過去や未来、別世界には行けないらしい……」
「試したの?」
「私の恩師が前の所有者でな。試したらしいが出来なかったらしい……」
「恩師……?」
ユーロックは静かに過去を語り始めた。
「そんなことがあったんだ……ごめんね、話しづらいこと聞いちゃって……」
「いや、気にしなくていい……。これから長く行動を共にするんだ。お互いを知っていることに越したことはない……」
「でも……一つ気になることがあるんだけど。恩師が助けに来るまで一緒にいた少女ってどんな容姿だったの?」
ユーロックは少し驚いた表情を見せる。
「どうしたの? 変なこと聞いちゃった……?」
「いや……前にも過去を語った仲間がいたんだが、そのことには触れてなかったから驚いただけだ……」
「そうなの……」
「そうだな……髪は鮮やかな赤色だった。瞳は宝石みたいに綺麗な紫色だったな……」
「そうなんだ……」
やがて会話は途切れ、二人は眠りについた。
⸻
その頃――
コツン……コツン……
夜の路地裏。
誰かが必死に逃げていた。
「はぁ……はぁ……くっ、来るなぁ!」
ぷしゃ――ッ!
壁に血が飛び散る。
三日月が浮かぶ真夜中。
路地裏には、血を振り払う剣を持った人影が立っていた。
⸻
翌朝。
目を覚ましたユーロック達は再び情報収集のため宿を後にする。
「ちょっと別の街に行かない?」
「なんでだ?」
「さっきワールドウェポンの話をしたら、隣街で見かけたって噂があるらしいよ?」
「でも……隣街って遠くねぇか?」
「蒸気機関車?っていうのに乗ればすぐ着くらしいよ?」
二人は駅へ向かった。
⸻
「ここが駅か……」
ユーロックが見上げると、頭上にはパイプと歯車が装飾された鉄と銅の巨大な駅舎がそびえていた。
「あんな高い場所どうやって行くんだ……?」
「ねぇ……今、人が箱みたいな物に入って上に上がって行ってたよ……」
ユエンが指差す先には、鉄網の扉が付いたエレベーターがあった。
「入ってみるか……」
「ねぇユーロック、なんかスイッチがあるわよ……」
スイッチを押すと扉が閉まり、箱はゆっくりと上昇し始めた。
「おいおい……なんだこれ……」
「浮いてる……! 浮いてる……!」
やがて――チンッ、とベルが鳴り扉が開く。
そこは駅ターミナルだった。
「チケット売り場?」
「チケットがないと乗れないのかもね……」
二人はチケットを購入し、線路へ向かう。
⸻
シュポーッ!!
汽笛を鳴らしながら、黒い蒸気機関車が姿を現した。
二人は目を見開く。
「黒い龍……?」
「いや……これが蒸気機関車……みたいだな……」
二人は機関車へ乗り込み、新たな目的地へと向かうのだった。




