朱雀の弓
南の街の一件から、数ヶ月が過ぎた頃――。
静かな午後の光が差し込む部屋の中で、ユーロックは龍雅の部屋に腰を下ろし、のんびりと寛いでいた。
木の香りが漂う室内には、整然と並べられた木彫りの置物がいくつも飾られている。
彼女は、作業机に向かう龍雅を見て呟いた。
「何やってんだ?」
「俺は木彫りが趣味でね……こうして空いた時間によく作ってるんだ……」
ノミを動かす音が、静かな部屋に規則的に響く。
ユーロックは立ち上がり、興味深そうに部屋を見渡した。
棚の上には精巧な装飾品や建築物を模した木彫りが並んでいる。
「これ少し触ってもいいか……」
彼女が指差した先には、中華様式の建物を模した木彫りが置かれていた。
龍雅はわずかに間を空ける。
「あぁ……いいぞ……」
「すげぇな……これ1から作ったのか?」
ユーロックはそれを手に取り、ゆっくりと回しながら眺める。
龍雅は胸を張るように答えた。
「これはすごく時間をかけたが素晴らしい出来になった……俺の最高傑作だ……」
「ふーん……」
軽く頷きながら、ユーロックはしばらく見続けていた――その時。
「あっ……」
指先が滑った。
次の瞬間、木彫りは床へ落下した。
ガシャンッ!
バラバラに砕け散り、木片が床に飛び散る。
龍雅が音の方へ振り向く。
パリンッ!!
その衝撃と共に、彼の眼鏡のレンズが弾け飛んだ。
「グハッ……!」
龍雅はその場に崩れ落ち、気絶した。
「……」
ユーロックは数秒間、完全にフリーズする。
やがて、額から冷や汗が一筋垂れ落ちた。
「や、やば……」
動揺で視線が泳ぐ。
そこへ――扉が開いた。
「龍雅、少し手伝って欲しいことがあるんだけど……ってどういう状況……!?」
ユエンが立ち尽くす。
彼女の視界に映ったのは――
粉々に砕けた木彫り。
床に倒れた龍雅。
そして、オロオロと歩き回るユーロック。
「どうしよう……どうしよう……どうしよう……」
ブツブツと呟くユーロック。
ユエンはため息混じりに苦笑した。
「なるほどね……だいたい状況が分かった気がする……」
――ユーロック達は、騒がしくも平和な日常を送っていた。
⸻
一方――北の街。
「おい、聞いたか……」
「何を?」
「朱雀の弓が団員を増やすために募集をかけてるらしいぞ……」
「確か団員の給料も高くて待遇がいいらしいなぁ……」
「俺、応募しようと思ってんだよ……お前も行くか?」
「ん~……そうだな。俺も応募しようかな……」
その結果――志願者は約50人集まった。
「団長……50人ほど集めました……」
「これだけあれば……あれも満足するかしらね……」
志願者達は、暗く広い部屋へ誘導された。
背後で巨大な扉が、重々しい音を立てて閉じる。
ドォン……。
志願者達がざわめく。
その時――暗闇の奥で、赤い瞳が複数、光った。
「なぁ……あれってレギオンだよなぁ……」
直後。
「おい!開けろ!頼む開けてくれぇ!」
絶叫が響き渡る。
しかし、扉は沈黙を守ったままだった。
その後に広がったのは――悲惨な光景。
志願者達は、一人残らずレギオンの餌食となった。
⸻
「あの計画は進んでる?」
「はい、現在特殊個体を東の区画に放っております……」
⸻
その頃――。
「ユエン団長!現在こちらの担当区域内に特殊個体のレギオンが数体目撃されたという情報が入りました!」
「なんですって……!すぐ現場に行かなきゃ!」
ユエンはユーロックと龍雅を連れ、現場へ急行する。
「あれが特殊個体……」
彼女の視線の先には――巨大個体と武器個体のレギオンが暴れていた。
「普通のレギオンじゃないな……」
鍾乳洞で見た奴とは、また違うな……。
三人は武器を構え、駆け出した。
レギオン達が咆哮を上げ襲いかかる。
三人は攻撃を交わしながら迎撃する。
――なんでこんなところにレギオンが……?
――まだ夜じゃないのに……。
「ユエン団長……何者かが意図的に放ったとしか思えません……」
「確かにそう考えるのが自然ね……」
「でも誰が、なんのためにこんなことすんだよ……」
ユエンは周囲を見渡す。
報告があったのは東だけ……
他の場所には目撃情報がない……
――まさか……!
「団長……何か分かりましたか?」
「えぇ……相手の意図は私を始末し、ワールドウェポンを手に入れることだと思う……
臨万団長は武器に執着はない……邪亮はもう居ない……とするなら黒幕は一人……」
「朱雀の弓団長、焰 統紅ですね……」
「彼女は邪亮とは違い狡猾で打算的。直接手を下さずに手に入れようとするはず……」
全く……団長がレギオンを使うなんて大問題よ……
何を考えてるかしら……。
「とりあえず……さっさとぶっ倒すぞ……」
前に覚醒した力で蹴散らすか……。
ユーロックは勢いよくコッキングレバーを引いた。
瞬間――黄色いエネルギーが圧縮されるようにライフルを包み込む。
同時に、ライフルからウエスタンな旋律が鳴り響く。
彼女は銃を構え、引き金を引いた。
ワールドウェポンが電子音と共に唸る。
【ディメンションショットブレイク!】
無数のポータルが空間に展開。
弾丸が雨のように降り注ぐ。
着弾と同時に、レギオンの体中にポータルが発生する。
パチン――。
ユーロックが指を鳴らす。
次の瞬間、ポータルが一斉に閉じた。
レギオンの身体は、無残に分断され絶命した。
⸻
ユエン達は一瞬その技に驚くが、すぐに意識を切り替える。
「朱雀の弓、本拠地へ向かうわ!」
三人は強引に侵入し、統紅の元へと向かった。
扉を蹴破る。
「呼んでいない客人が来たわね……なんの用かしら……?」
統紅は嘲るように呟いた。
「あなた……レギオンをなぜ持っているの!
しかも……特殊個体を!」
「何を言っているか分からないわね……」
「シラを切るつもり?
あなたの企みは分かってるんだから!私の武器が狙いでしょ!」
「仮にそうだとして、どうするつもり……?」
「当然あなたを拘束して情報を吐いてもらうわ!」
「そう……」
統紅が片手を上げる。
その合図と共に、団員達が武器を構え三人を包囲した。
戦闘が始まる。
三人は応戦するが、統率された体術に押される。
「団員の統率が取れていて無駄がないわ……」
「朱雀の弓は統率力に優れている軍団……隙がない……」
「特訓してある程度近接戦闘に慣れてきたとはいえ……やっぱり団員一人の質が高い……
懐に入られると勝ち目がない……」
統紅は優雅に茶を飲みながら観戦していた。
――直接手を下すまでもないって訳か……舐めやがって……。
激戦の末、団員達を倒す三人。
しかし、疲労は限界だった。
「さすが……全員倒すなんて……
まぁ……そう簡単に殺られるとも思ってなかったけど……」
統紅は弓を構え、矢を放つ。
三人の体が赤く発光した。
「なに?体が勝手に……」
「まさか……これが彼女の能力……」
三人は武器を構え――互いに攻撃を始める。
「体が言うことを聞かない……!」
「クソ……あいつ……!」
統紅は嗤う。
「三人仲良く殺し合いなさい……」
――どうすれば能力を解除できる……?
その時、ユエンの槍が振り下ろされる。
ユーロックはライフルで受け止める。
その瞬間――彼女は違和感に気付いた。
「……ん?おかしいぞ?」
「な、なにが……!」
「こいつの能力……体を操る能力じゃ……ないかもしれない……」
「それって……」
「変だと思わないか!
意のままに操れるなら、防御なんてさせずに殺させるはずだ!」
「確かに……!」
「つまり……統紅の能力は……」
「《《目に映る者を強制的に攻撃する能力》》……!」
「能力は分かった……!けど……!
どうやって解除すればいいの……!」
「団長……!あの地面に刺さっている矢……
俺たちと同じで赤く発光しています……!」
――あの矢を壊せば……!
「ユエン!矢の方へ移動してくれ!」
「え……?わかった!」
「そう……その位置だ……!」
ユーロックはユエンへ銃口を向け――発砲。
弾丸は矢を破壊した。
赤い光が消える。
「おっと……解けた……」
統紅が驚愕する。
「馬鹿な……!」
「やっとお前をぶっ倒せる……」
「ならばもう一度――」
「させるか!」
龍雅がトンファーで斬り込み、弓を奪う。
直後――統紅の体が固まる。
泥のような拘束が全身を覆っていた。
ユエンが歩み寄る。
「さぁ……話して貰うわよ……」
統紅は睨むが、やがて観念した。
「はぁ……分かったわ……」
彼女は語る。
民間人を生贄にする代わりに、ワールドウェポンを与えるという――謎の声との契約。
「で、その謎の声って誰だよ……」
「それは――」
その瞬間。
空間が黒く歪んだ。
禍々しいポータルが出現する。
そこから伸びた獣の腕が――統紅の心臓を貫いた。
ポータルは消え、彼女は絶命した。
「なんだ今の……」
「まさか……口封じ……?」
⸻
その後、三人は青龍の鉾本拠地へ帰還した。
「そういえば、元々ワールドウェポンがあった場所ってどこなんだ?」
「この世界の中心に位置する場所で発見されたと古書に記されてたわよ……」
「行ってみるか……」
ユエンが座標を告げる。
ユーロックはポータルを開いた。
三人は光の中へ踏み込む。
到着したのは――古びた中華建築だった。
内部は暗闇に包まれている。
「暗いわね……」
歩いていると――
コツン。
ユエンとユーロックの武器が触れ合った。
瞬間、二つの武器が共鳴し輝き始める。
すると――壁のロウソクが順に灯った。
浮かび上がったのは石版だった。
「この世界にも石版が……」
「何か知ってるの?」
「あぁ……私はこの武器で石版を撃ってこの世界に来た……」
「つまり……別の世界に繋がる門……?」
「あぁ……私はレギオンの親玉である神を倒すために旅をしている……」
ユエンが石版を読む。
「全ての神器が交わる時、神を穿つ武器が顕現する……」
ユーロックは顎に手を当てる。
――交わる……
――所有者を倒す必要はない……
――武器同士を接触させるだけでいい……?
「分かったぞ……」
「何が?」
「神を倒す武器を召喚する方法だ……!」
「分かったの!?」
「あぁ……武器を全部集めなくてもいい。
『交わる』とは、武器を接触させることだ……!」
「なるほど……」
ユーロックは背を向ける。
「この世界での役目は終えた……私は新しい世界へ行く。ここでお別れだ……」
「待って……!」
ユエンが彼女を引き止める。
「私も連れて行って!」
「は……?なんでだよ……」
「私は元々レギオンを倒すために戦ってきた……
親玉を倒す旅なら、私も同行したい……それに、あの謎の声の正体も気になるし……!」
ユーロックは少し考える。
――未知の世界。
――一人より仲間がいる方がいいか……。
「分かった……行こう、ユエン……」
「龍雅、あなたも来る?」
「いえ、私は本拠地へ帰ります。
この世界を守りながら団長の帰りを待ちます。」
「分かったわ……龍雅、あとはよろしくね!」
「はい、ご武運を……」
別れを告げる。
ユーロックはポータルを開いた。
二人は白い光の中へと消えていった――。
中華の世界…完。




