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玄武の盾

四聖会議から数日が過ぎた頃。

青龍の鉾、団長室。静寂を破るように、扉から控えめなノックの音が響いた。


「入ってどうぞ」


ユエンが顔を上げると、部下の龍雅が緊張した面持ちで手紙を携えて現れた。


「失礼します……。『玄武の盾』から団長宛に書状が届きましたので、お持ちしました」


「ありがとう」


受け取った手紙を開くと、そこには達筆な文字でこう記されていた。


『拝啓、青龍の鉾団長、源 禹素劝(ユエン・ウースケン)殿。

先日の四聖会議にて、虎 邪亮(フー・シェリャン)殿の暴走により会議が中断となったこと、誠に遺憾であります。

つきましては、会議中に貴殿が言及されていた“例の少女”について詳しく伺いたく存じます。宜しければ明日、彼女と共に当本拠地へお越しいただけますよう、お願い申し上げます。

玄武の盾団長、王 臨万(オウ・リンワン)


ユエンは手紙を丁寧に畳むと、龍雅に向き直った。


「龍雅。明日、ユーロックと共に玄武の盾へ向かうわ。本拠地と団員のことは任せたよ」


「了解しました」


「すまないね……いつも龍雅に任せきりで」


ユエンが眉を下げると、龍雅は微笑んで首を横に振った。


「いえいえ。団長も多忙の中、常に我々を気遣ってくださっている。それだけで十分満足しております」


翌朝。日差しがさんさんと降り注ぐ中、ユーロックはベッドの上で幸福な惰眠を貪っていた。


「ユーロック! 起きて……出掛けるよ!」


ユエンが部屋に入り、彼女の肩を揺する。ユーロックは布団に潜り込んだまま、不機嫌そうに唸った。


「……眠い。無理。一人で行け……」

「もう!」


ユエンが勢いよく布団を引っ剥がすと、ユーロックは抵抗なく床へ転げ落ちた。


「痛っ……なんだよぉ……」


「今日あなたを連れて『玄武の盾』に行くの! 昨日言ったでしょ?」


「……座標は?」


「えっ?」


「座標だよ……座標」


寝ぼけ眼のまま手を伸ばすユーロックに、ユエンは困惑しつつも目的地の座標を伝えた。すると彼女の手首のブレスレットが輝き、空間から無骨なライフルが現れる。


次元界銃(じげんかいじゅう)ディメンションシューター!】

カシャリ、と彼女はスコープのダイヤルを弄り始めた。


「ちょっと、何してるの? ここ部屋よ!」


構わず引き金が引かれると、銃口の前方に空間の歪み――ポータルが開いた。


「これでいつでも行ける……だからもう少し寝かせてくれ」


「えーっ!? そんなことできるの? って、もう寝てるー!」


再びベッドで寝息を立て始めたユーロックを見て、ユエンは深い溜息をついた。


「まぁ、時間に間に合えばいいか……その間にできる仕事を片付けちゃおっと!」


結局、几帳面なユエンは出発直前まで執務に追われることになった。


「完璧だ……我ながら綺麗に拭けた。煤一つなくキラキラだ」


昼前。ユーロックは完全に覚醒し、愛銃の手入れに没頭していた。陽の光にかざしてニヤついているところへ、準備を整えたユエンが戻ってきた。


「ユーロック! 起きてるわね。時間よ、そろそろ行きましょ」


「行くか。こっちも丁度キリがいい」


二人は部屋に展開されたままのポータルを潜り抜け、一瞬にして数千キロ離れた『玄武の盾』本拠地へと転移した。

案内された団長室。重厚な扉が開かれると、そこには白髭を蓄えた好々爺然とした男――王 臨万が待っていた。


「源 禹素劝団長をお連れしました」


「入って良いぞ」


「失礼します……今回はお忙しい中お招きいただき、感謝致します」


「よいよい。さぁ、座りなさい」


秘書が淹れた烏龍茶の香りが漂う中、臨万の視線はソファで片足を組み、そっぽを向いている少女に向けられた。


「して、その者が例の少女かね?」


「すみません……彼女少し素行が宜しくなくて。ほら、ユーロック、姿勢を正しなさい!」


「めんど……誰だ? この爺さん」


「こら! 玄武の盾の団長様よ、挨拶しなさい」


「……ユーロック・バレットだ」


無愛想な態度にも臨万は腹を立てる様子もなく、お茶を啜りながらほくそ笑んだ。


「ホッホッホッ……よいよい、気楽にするがいい。さて本題じゃが、彼女が持っている神器(ワールドウェポン)について聞きたい」


「部下の話では、彼女の武器は鉛玉を高速で発射する『銃』という物で、空間移動の能力を有しているとか……」


「なんと、ぜひ一目見たいのぉ」


ユーロックが手をかざすと、電子音と共にライフルが実体化する。


「これが銃……興味深い形状じゃ」


「少し持ってもよろしいかのぉ?」


「やめときな、爺さん。腰抜かすぞ」


忠告を無視して臨万がライフルに手を伸ばした瞬間、彼の表情が強張った。

ビクともしない。まるで大地そのもののような質量だった。


「ぬぐ……重すぎるのぉ……。お主、見た目と違い力持ちなんじゃな」


「何故かは知らないが、持ち主以外は持てないようになってる。私が持つと空気みたいに軽いんだがな」


「ほう、盗難防止機能とは親切設計じゃのぉ。一体誰が何のために作ったのじゃろうな?」


その時だった。

バタン! と荒々しく扉が開かれた。


「臨万団長! 緊急事態です! 虎 邪亮が街で民間人を襲っているとの報告が!」


「なんと……あやつは何をしておるか」


臨万は呆れと怒りが混じった溜息をつき、頭を抱えた。ユエンが即座に立ち上がる。


「私たちも向かいましょう。民間人に犠牲者が出る前に!」


「そうじゃな……頼む」


街の惨状は酷いものだった。破壊された建物、逃げ惑う人々の悲鳴。


その中心で、禍々しいオーラを放つ邪亮が暴れ回っていた。


「ユエン! 出てこい! ぶっ潰してやるぅぅ!」


「やめなさい邪亮! あなた、何をしているの!」


ユエンの叫びに、邪亮が嘲るような笑みを向ける。


「会いたかったぜ……ぶっ殺してやる」


「用があるのは私でしょ? 関係ない人を巻き込まないで!」


「ハッ、お前はお人好しの偽善者だ。周りに被害が出れば必ず顔を出すと思ってたぜ……」


邪亮は揺らぐ瞳孔でユエンを指差した。


「お前のせいなんだぜ?」


「なんのこと……!」


「お前がその武器を持っているから、各軍団の対立が起きた。また、お前のせいで犠牲者が出る……!」


邪亮の言葉は呪詛のように続く。


「確か前に言ってたな…『人を助けたい』だ? 聞いて呆れるぜ。お前なんかが人を救えるわけねぇだろ……! 昔だって、お前のせいで先代団長が死んだ!」


その言葉が、ユエンの心臓を鋭く抉った。

膝から力が抜け、崩れ落ちる。目の前の景色が、過去のトラウマと重なった。


……そうかもしれない


貧しいけれど幸せだった村での生活。

レギオンによる虐殺。絶体絶命の私を救ってくれた、青龍の鉾の先代団長。

彼と過ごした日々は輝いていた。恋仲になり、この幸せが続くと信じていた。

あの日、街での惨劇。バラバラになった仲間の遺体。そして――

血の海に倒れていた団長。

『ユエン、申し訳ない……』

託されたイヤリングと、彼の最期。


私が弱かったから。私が間に合わなかったから……


「やっぱり私には、人を助ける力なんかないのかも……」


ユエンは俯き、戦意を喪失して立ち尽くした。

その時、倒れた民間人の頭上へ瓦礫が落下した。

ドンッ!

乾いた発砲音が響き、瓦礫が空中で粉砕される。

硝煙の向こうで、ユーロックが叫んだ。


「まだだ、よく見ろ!」


「……え?」


「怪我人は確かにいるが、まだ死人は出てない! 今なら間に合う! 勝手に諦めるな!」


その叱咤が、記憶の蓋をこじ開けた。

あの日、団長が最期に遺した言葉の続きを。

『俺たちは勝てなかった……けど、まだユエン! 君がいる……絶対諦めないでくれ! そして信じてくれ、君は強い!』

ユエンの瞳に光が戻る。彼女は涙を拭い、ユーロックを見て微笑んだ。


「ありがとう、ユーロック……あなたのお陰で大事なことを思い出せた」


その表情は、先ほどまでの迷いを捨て去った、穏やかで強い戦士の顔だった。


「おい爺さん! あんたも戦うんだろ?」


「南はワシの管轄内じゃ……勝手な行動をされると困るのぉ」


臨万が前に出ると、大盾を構えた。邪亮が剣を振りかざして突っ込んでくる。


「ここわワシに任せなさい……フンッ!」


ドンッ!

臨万が盾を邪亮に叩きつけると、物理法則を無視して、邪亮を真横へ吹き飛ばした。


「対象の地面の位置を変える能力じゃよ」


「呑気に話しやがって……あのクソジジイ!」


壁に着地した邪亮が叫ぶ。


「拳法奥義! 冰牙(氷塊の牙)!」


氷の斬撃がユエンたちを襲う。だがその瞬間、ユエンの目の前にポータルが開いた。斬撃は空間を通り抜け、なんと邪亮の背後から射出された。


「ぐぁぁぁぁ!」


自らの技を浴びて血を吹く邪亮。すかさず臨万が盾の能力で彼を地面へ叩きつける。

追い詰められた邪亮の瞳から、理性の光が消えた。


「ふざけんなよ……全員、ぶっ殺してやるぅぅ!」


体から溢れ出すどす黒いオーラ。バキバキと骨が変形し、肉が膨張していく。

鋭い爪、剥き出しの牙、山羊のような角。漆黒の虎のような異形――レギオンへと変貌した。


「グオォォォォ!!」


衝撃波のような咆哮。

もはや、そこに人の面影はなかった。


「なんで人がレギオンに……」


「とりあえず倒さなきゃ被害が広がるぞ!」


「待って! 彼は人なのよ……殺すなんて!」


躊躇うユエンに、臨万が静かに告げる。


「ユエン殿……よく見なさい。あやつは自我を失っておる。もう人ではないのじゃ」


レギオンと化した邪亮は、ユエンに見向きもせず、近くの民間人へ涎を垂らして歩き出した。


「覚悟を決めるのじゃ。あやつはもう助からん……幸いにもまだ人を殺めておらん...彼が本当の怪物になってしまう前に、せめて人として最期を迎えさせてやるのが慈悲じゃろう」


ユエンは唇を噛み締め、槍を握り直した。


「……わかりました」


「ワシが注意を引く。ユーロック殿、その隙に空間の門を開き民間人を避難させるのじゃ!」


「ああ、わかった!」


臨万が囮となり、ユーロックが避難を完了させる。

彼女の涙と決意に答えるかのように槍が青く輝き、ダイヤルが高速回転する。


【エレメンタル!】


【ドラゴニック・エレメンタル!】


炎、水、風、土、溶岩、氷、雷、岩、霧、毒――十の属性を宿した多頭の龍が顕現する。


「拳法奥義! 全元素多頭龍(全属性多頭竜)!」


悲しみを帯びたユエンの声と共に、龍たちが一斉にブレスを放った。


【エレメンタルブレス!】


閃光が街を包み込み、レギオンは断末魔を上げる間もなく光の中に消滅した。

静寂が戻った路上。

カラン……と金属音が響き、邪亮が持っていたアビリティウェポンだけが残された。

それを拾い上げ、ユエンは沈痛な面持ちで俯く。


「お主が悪い訳ではない」


「でも、私は……」


「もし自分が許せないのなら、ワシらも同罪じゃ...罪を一人で抱え込むでない...」


ユーロックがユエンの肩を叩いた。


「誰だって悔いることはある...

けど、だからこそ二度と繰り返さないようにできる。今、自分を許せないなら、許せる自分になればいい。私はそう思う」


「……そうだよね。ありがとう」


少しだけ表情を緩めたユエンに対し、ユーロックはお腹をさすった。

「あー、腹減った!」


「フフッ……そうね、もう夕食の時間ね」


二人の背中を見送りながら、更地になった区画を見て臨万は冷や汗を流していた。


「で……これの復旧費、どうしようかのぉ……」


後日談。

白虎の剣では、一部の団員を除き、暴虐だった団長の死に安堵の声が上がっていたという。

臨万は街の復興と住民からの苦情処理に追われているらしい。

そしてユエンたちは、変わらぬ日常に戻っていた。

夜。団長室で日記を綴るユエンの元へ、龍雅が顔を出した。


「団長、報告が……おや? それは日記ですか?」


「ええ。こうして記録していると、忘れていた気持ちも思い出せるし……何より楽しいの」


「いいですね。俺も今度書いてみようかな」


「いいね...」


穏やかな時間が流れる一方、遥か遠方――『朱雀の弓』本拠地では、不穏な空気が渦巻いていた。


「あなた、約束が違うじゃないの!」


女性団長が虚空に向かって声を荒らげる。


「北の住人から数人レギオンの餌として提供する代わりに神器を私に譲る。そういう契約でしょ...!」


どこからか謎の声が響いた。


『あやつにワールドウェポンを倒せる力を授けたつもりだったが、まさかこんな結果になるとはな』


『ワールドウェポンは所有者の感情で進化する武器。一朝一夕では上手くいかんか……』


「とにかく契約通りここに持ってきなさい…!」


女性は上から目線に命じる。


『フッ、たかが人間風情が』


不機嫌そうに鼻を鳴らして小声で呟くき

声の主が気配を消すと、朱雀の女性団長は不敵な笑みを浮かべた。


「ふん……あの神器は、必ず私が手に入れる」


事件は終わったが、新たな火種は既に燻り始めていた。

謎の声の正体とは。朱雀の弓の目的とは。

物語は、次なる局面へと動き出す――。


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