05 女将は良い人だった
一階に降りたら女将とバッタリ出会した。
受付カウンターの所で、何か言いたげにこちらを見ている。
「出掛けてくる」と俺は短く伝えた。
「あの、昨日は変な態度を取って悪かったね……。」女将は気不味そうな顔をしている。
「最近、あんた達みたいな薄汚れた親子がこっちに流れてくる事が多くて…。つい、その、何か盗まれるかと思っちまって…」申し訳なさそうに頭を下げた。
そう疑われても仕方ない。
「イヤ、気にしないでくれ。疑われて当然だ。あんなにボロボロだったんだからな。それより、泊めてくれて本当に助かったよ。ありがとう」愛想良く伝えたら、女将の顔がパッと明るくなった。
「昨日ウチの旦那に怒られたんだよ。ちゃんと金払ってくれた客になんて態度だ!って。間違いを認められないなら、客商売なんか辞めちまえ!って」
まぁ、見た目で判断するしかないしね。ちょっと悲しいけどね。
「良い旦那さんじゃないか。大事にして下さい」俺、ちょっとエラそう。
「それでね、昨日夕飯に降りて来なかっただろう?部屋にも呼びに行ったんだけど、眠ってたのかい?」あれっ?心配掛けたのか?
随分態度が変わったな。嬉しいけど。
「ああ。昼飯食ったり、シャワー浴びたり、話をしてたりするうちに眠ってしまったみたいだ。さすがに腹が減ったんでね、俺達食事に行こうかと」
「なら丁度良かった!昨日の夕飯、あんた達の分を取ってあるんだよ。今温めてやるから食べて行きな!」と、俺達を食堂まで案内してくれた。
女将のお言葉に甘えて有り難く頂戴する。
野菜と肉の入ったスープとパンだけど、なかなか美味かった。
◆◇◆◇◆◇
女将がずっと側にいるから、帝国の情報を聞いてみるか。
「俺達、住んでた村から追い出されてしまって、やっと此処まで来たんです。村の作物が育たなくなって、食糧も無くなって…。こんなに食べたのは久しぶりです。本当にありがとう」俺が頭を下げたら、エレナがびっくりしている。
多分、スラスラと嘘をついている事に驚いているんだろう。情報を得るためなんだよ。
「あんた達もなんだね…。ガリウレス王国が亡くなって、ますます帝国はおかしくなってるよ。他の客も似たようなもんさ。住処を追われて他国へ逃げて行ってるよ」やっぱりか。
ここは帝国との国境の境目。人も物流も流れて行く所だから、まだマシだったんだな。
思わずエレナと目を合わせる。小さく何度も頷く。
また一つ、“勇者と帝国”を倒す理由を見つける。
◆◇◆◇◆◇
「ごちそうさま。そろそろ出掛けるよ」俺達が立ち上がると「ちょっとお待ちよ」と、女将がカウンターの奥の扉へと消えて行った。
エレナを抱っこしてどうしようかと悩んでいると、女将が手に何かを持って戻って来た。
「コレ、娘のお古なんだけどお嬢ちゃんにやるよ。まだ着れるからさ」五枚程の布の塊。一枚広げてみると、可愛らしい青色のワンピースだった。
「良いのか?思い出のある物なんじゃ…」コレ、女将の手作りだろ?
「娘に子供が産まれたら渡すつもりだったんだけど、二人とも男の子だったんだよ。もう産まないって言ってるし、勿体なくて捨てられなくて。どうせならお嬢ちゃんみたいな可愛い子に着て貰えたら、私も娘も嬉しいしね」女将がニッコリ笑いながら服を渡してくれた。これはありがたい。
「あー…、それは助かるよ、ありがとう…。ウチの娘に気を掛けてくれるなんて……」他人が自分達を気に掛けるなんて、思いもしなかった。
皆生きるのに精一杯だし、俺だってそうだった。
たかが娘の服かもしれないが、俺はものすごく感動してしまった。
「ホラ、お礼を言いなさい」抱き上げているエレナに言葉を向けると、小さな声でありがとうと言った。
「すいません、人見知りで…」エレナの以外な一面を見たな。
「いいのよぉ〜。このぐらいの子なら皆そうよ。焦らなくても大丈夫」
それじゃあ、と女将に軽く会釈して宿を出た。
◆◇◆◇◆◇
エレナを見ると具合が悪そうだった。
「エレナ?具合が悪いのか?顔色が悪いぞ?」心配になって顔を覗こうとすると「大丈夫でしゅ。ただ、やちゃらと眠くって…」と、俺の肩にもたれている。
やっぱりか。部屋に戻るか聞くと珍しくウンと言う。
体がキツいんだな。
「寝てろ。俺は用事を済ませてくるから。何か欲しい物はあるか?」
「果実水みたいなもの…甘いもの…ケーキ…… んにゅ……」腕の中で眠ってしまった。
このまま冒険者登録だけしてしまおう。
街の大通りに出て見渡すと、なかなか大きな街だった。
こっちまで来たことが無かったからなぁ〜。馬車は何台も通るし、人も多い。
誰かに目を付けられないよう、俺はフードを深く被った。
◆◇◆◇◆◇
やっと冒険者ギルドに着いた。街の中心にあるんだな。宿から結構歩いて疲れた。眠っているエレナを抱っこしてるし。
扉を開いて中に入る。ムワッと男達の汗の匂いがした。ハッキリ言って臭い。
俺もこんな匂いしていたのかな、あの頃…。
「すまない、登録をしたいんだが」俺は受付カウンターの女の子に声を掛けた。
いらっしゃいませと言いながら、全身くまなくジロジロ見られた。次いでにエレナにも目を向けられる。
「こちらに記入をお願いします」渡された紙とペン。名前と職業、属性魔法、身体特徴?こんなもんまで書くのか。仕方ない。
名前は…『ガス』にしよう。本名は危ない。職業は剣士でいいか。属性は火だろ。他も使えるけど書きたくないな。身体は金髪碧眼っと。
下の方を見ると家族欄があった。“エレナ3歳”コレでヨシ。
受付嬢に用紙を渡す、とザッと目を通してお待ちください、と言われた。
椅子に座って待っていると、カードを持って戻って来た。
受付嬢に血を垂らすように言われる。指先を針で刺して血を一滴。ポトリと落ちて登録完了。
「これからギルドのルールをご説明致します」長いから割愛。まぁ、ギルドの中では大人しくしなさいねって事と、依頼失敗にはペナルティがあるとか。
前に知り合った、冒険者のヤツらに聞いていた事と同じ内容だった。
「なぁ、昇格試験は何時でも受けられるのか?」コレも前に聞いた事があった。
ちまちま最低ランクからやっていたら、何時までたっても修業ができない。サッサと上がって金と時間が欲しい。
えっあんたが?みたいな目で受付嬢に見られたけど気にしない。
「えっと、今すぐですか?一応できますけど…」
「イヤ、聞きたかっただけだ。そのうち頼むよ、ありがとう」
◆◇◆◇◆◇
受け取ったカードにFの文字。思わず溜息が出てしまう。
体力を回復させつつ、剣を振りつつ、金を稼ぎつつ、子供を育てつつ、俺達は復讐に向けてがんばるだけだ。
ここからだ。残った命を使い切る。
俺は誰にも見られないよう、手に力を込めた。
エレナはまだ眠っている。
ギルドを出て空を見上げた。今日も良い天気だなぁ〜。
「面倒だけど、最後の大仕事だ。皆見ててくれよ。絶対仇は取る」つい口に出しちまったけど、誰も聞いちゃあいないだろう。
腕の中でスヤスヤ眠る、この幼子以外は。
さあ、宿に戻ろう。




