19 私の事情
「私は転生者です。以前の名前は神崎恵麗奈。 日本と言う国の、こことは別の世界で生きていました。私は向こうの世界で一人の男に殺されました。男の名前は黒木武利。元恋人です。別れ話の最中の事でした。私の前世は余り良いものではありませんでしたが、それでも一人で頑張って生きていました。初めてできた恋人が黒木で」自分の話をすると言うのは物凄く恥ずかしい。私は焦って早口で捲し立ててしまった。
「ちょっと待った!!」とユリウスさんに止められるまで気付かなかった。両手を広げている。
息をふぅふぅ、と整えているのかな?
「どうかしましたか?これからもっと大事な話があるのですが」
ユリウスさんの様子がおかしい。一人で百面相をしている。今度は天井を見上げてしまった。
私は人差し指を顎に当て、首を傾げながら「あのー、続けても?」と聞いた。
ユリウスさんの目元が緩んだ。
その後は気合いを入れたようで、私の話を聞いてくれた。
「では、続けます。黒木は酷い男でした。最初こそ優しかったのですが、段々本性を現し私を殴るようになりました。彼方此方で借金を作り、私のせいにしました。借金取りが私の所まで来るようになり、私は追い詰められて逃げ場を失いました」
本当は逃げれば良かった。私がバカだっただけだ。
「最後に黒木に別れを告げた時、逆上したアイツにナイフでお腹を刺されました。私はどこか諦めてしまい、死ぬことを受け入れてしまいました。とにかく楽になりたかった。黒木から逃げたかった。周りの人たちから責められるのに耐えられなかった…」
私は悔しくて自分が情けなくて、涙が止まらなかった。
すると、ユリウスさんが頭を撫でてくれた。
私は恥ずかしくなってしまい「ふふっ。すいません、お恥ずかしいところを」と、涙を手で拭いながら少し笑った。
あまり、表情筋が働いてくれないんだけどね。
ユリウスさんに「気にしなくていいよ。君はまだ3歳だろ?泣いて当たり前だ」
そう言われて私は、体は3歳でも中身は30歳です、とは言えなかった。
◆◇◆◇◆◇
この先が最も大切な話だ。それにユリウスさんにも関係がある。
お茶とクッキーを勧められたので一息つく。
その時、ユリウスさんがポツリと呟くように「大変だったな」と言ってくれた。
ちょっとだけ、気遣われて嬉しかった。
散々周りに責め立てられた記憶しかない私には、例え同情だとしても喜ばしいことだった。
「もう昔の話です。ここから先が大事な話になります」ここは顔を引き締めて、気合いを入れよう。
「この世界に黒木がいます。勇者召喚で喚ばれて応じたようです。私を殺したすぐ後に召喚されました。私は既に魂になっていたのでその召喚に巻き込まれ、途中で女神に拾われました。黒木は今、エルダーナ帝国で勇者をしています」
ユリウスさんが目を見開き、大口を開けて固まってしまった。申し訳なく思いつつも、話は続けさせてもらう。
黒木が別の人間の体になっている事。スキルで厄介な魔法を造りそうな事。女神に勇者討伐を命令されている事。
私なりに黒木の危うさは一生懸命伝えたつもりだ。伝わっているといいな。
ふぅ、と一息ついたら、ユリウスさんがお茶をついでくれた。
「なぁ、名前はエレナで良いのか?」と唐突に聞かれた。
これは…正直に話す…?でも…
「この体の子の本名はアレクシアです。何処かで死にかけていたとか…。でもエレナとお呼び下さい」やっぱり言えない。餓死した子だなんて…。
ユリウスさんの、私を見る目を誤魔化すように笑ってみた。
「よし、エレナ。お前は人を殺した事があるのか?」
私は黙って首を横に振るしかなかった。
ユリウスさんが頭をガシガシ掻いている。
悩んでおられる?面倒事に巻き込まれたと思っているんだろうな。
◆◇◆◇◆◇
続きは明日にしようと言われ、私は焦った。
「時間がありません。明日になると私は3歳らしい言動に戻ってしまうようです。記憶も無くなるかも知れません」
私は必死に黒木に復讐したい、と告げた。約束を違えた女神の傍若無人な振る舞いも、知っていて欲しかった。
私は怒りを抑えられず、両手を握りしめて上下に振り回していた。
行動が幼い気がして恥ずかしかった。
「あなたの国が敗けたのも黒木のせいです。ガリウレス王国の王族を殺したのは黒木だった。アイツが全てを壊したのです。あなたの敵もまた黒木なのです。だから私は、あなたの元に送られたのです」私は一気に捲し立てる。
ズルい言い方をしていると思う。だけど、この人に協力してもらいたい。
何としても。
ユリウスさんがまた固まってしまった。そりゃそうよね。敗けた理由が勇者だなんて。
「なっ、何故戦争に加担する?王族を殺して、クロキは何がしたかったんだ……」頭を抱え込んでしまった。
「全て女神からの情報ですが、黒木は人を殺したかった。皇帝はガリウレスの王妃が欲しかった。ただその為だけに戦争を起こしたのです」ユリウスさんの後ろに黒い物が見える気がした。
「いいですか。クズは一生クズ。反省する事はありません。黒木と帝国はまた同じ事をするでしょう。ただ己の欲の為だけに人を殺し弄ぶ。人の尊厳など考えもしない。そう言うヤツらなのです」私はハッキリ言い切った。
ユリウスさんの手は、爪が食い込んで血が出ていた。
◆◇◆◇◆◇
陽が落ちてきて、部屋の中が暗くなってきた。ユリウスさんがランプに火を点けてくれた。
「なぁ、腹は減ってないか?何か食うか?」
優しい声で聞いてくれる。手に爪が食い込むほど怒りを我慢していたハズなのに…。
この人すごい。
「いいえ。話す方が大切なのでお気になさらず」本当は眠くて仕方なかった。お腹も空いているけど、それどころではない。
「あなたの都合も考えず、私を押し付けられてご迷惑だと思います。ですが、是非お力をお借りしたいのです。どうかお願いします!」
私は一生懸命頭を下げた。それしか出来なかった。
ユリウスさんは、頭を掻きながら決意を固めてくれた。
「よしっ、分かった。俺の全力を持ってお前を鍛えてやる!任せなっ!」
私は心底嬉しかった。
表情筋が働いて、満面の笑みを浮かべられたと思う。
体中に力が入っていたが、やっと抜くことが出来た。
「ありがとうございます!私も早く色々覚えて黒木討伐に備えます!」今日一の大声で答えた。
「だが、まずは体力を付けないと。俺もずい分剣を振ってないし、そもそも剣が無いしな。飯食ってよく眠って体力作りが先だ。だから今日はもう寝るぞ」
ユリウスさんはそう言って私を布団の中に入れて、自分も隣に入ってきた。
私は「話を聞いてっ」としばらく抵抗してみたが、お腹をポンポンとゆっくり叩かれてしまった。
「いやっ、やめてっ」と抗ってはみたが、すぐ瞼が降りてしまった。
……………………許すまじ3歳児の体。




