10 娘が熱を出した
次の日、俺は夜明けと共に起きた。全身が筋肉痛で体が動かなかった。
ベッドの中でモゾモゾ動きながら、体をほぐした。痛いながらも動けるようになって、布団から抜け出す。
エレナを起こしてしまったかと思って顔を見ると、様子がおかしい。
「エレナ?起きたか?どうした?」薄暗い部屋の中で、何気に頬に手を当てると熱い。息もハァーハァーと苦しそうだ。額を触ると汗をかいていた。
「おいっエレナ?エレナ!」 体を揺すっても目を覚まさない。
俺は慌てて着替え、医務院の場所を聞こうとギルドの受付まで走った。
宿舎の一階まで来たら、マズいことにギルド長のマックスに出会してしまった。
心の中で舌打ちをしたが、それどころではない。
「おはようございます」素直に挨拶をして走り抜けようと思ったのだが、やはり捕まってしまった。
「よう、早いな。どうかしたのかぁ〜?」のんびりと話すマックスに「あの、娘が熱を出しまして、医務院に連れて行きたいんですけど、場所を知らなくて…」俺はかなり焦っていた。
「おいっ!大変じゃないか!すぐ連れて来い!ウチの医務室を使えっ!!」マックスが怒鳴り返す。
ギルドの中に常駐の医者がいるらしく、すぐに診てもらえると言う。
「ありがとうございますっ!」俺は三階まで駆け上った。筋肉痛の痛みも忘れ、息も絶え絶えだ。
後で身体強化すれば良かったと気づいた。それほどこの時は焦っていたんだ。
◆◇◆◇◆◇
部屋に戻り、エレナを毛布で包み医務室に駆け込んだ。マックスも一緒に医務室に入って来た。
60歳ぐらいの、ガタイの良い白髪の男が部屋にいた。頬に結構な傷がある。元騎士かな?
「何突っ立ってやがる、早く渡せ!」怒鳴られて我に返った。この人が医師か。
「よろしくお願いします」おずおずとエレナを毛布ごと渡した。
先生は寝台にエレナを乗せて、体のあちこちを触りながら昨日までの様子を聞かれた。
食事の量や睡眠時間、運動量…。色々答えるうちに、食事の量が足りていない事を指摘されてしまう。
「肉を食わせたいなら、兎とか鳥の方が柔らかいぞ。よく煮込んで野菜と一緒に食わせろ」
ごもっともです。これからは気を付けます。
「後は、食べたい時に食べたい物を食わせろ。甘い菓子とか好きだろ?毎食菓子は駄目だが、完全に栄養が足りていない。熱が高いし、疲労と脱水症状も出てる。しばらく入院な」人差し指で俺の顔をビシッと指されてしまった。
「申し訳ありません。よろしくお願いします」俺は誠心誠意頭を下げた。
「俺はガスと申します。娘はエレナです」そう言うと先生は「ワシはアレンだ、よろしくな」と笑みを浮かべて手を差し出して来た。
握手をしていたら、ずっと様子を見ていたマックスが割り込んで来た。「それで?大丈夫なのか?ここで預かるのか?」
「おうよ。昼間は見習いもいるし、小まめに世話はするから心配いらねーよ。点滴も打ちたいしな」うわっ、点滴まで…そんなに酷い状態なのか。
今更ながら背筋がゾッとした。もっと気を使わなきゃ…。俺はエレナの頬を撫でながら「ごめんなぁ〜…」と囁いた。
マックスが「この人、これでも王国宮廷医師だったから腕は確かだぞ。心配はいらない♡」と、またウィンクされた。
マックスの癖なのか?
「こらっ!余計な事を言うなっ!」アレン先生がマックスの後頭部をペシッと叩いた。
俺は苦笑いしながら「それでは娘をよろしくお願いします」と頭を下げて医務室を出た。
後ろから「お前も相当酷いぞ?点滴打って行くか?」と、ニカッと笑いながらアレン先生に言われたが、手の平を向けて「大丈夫です。自分はちゃんと食べていますので」と丁重にお断りした。
もっと食べよう…。べっ別に注射が嫌いとかじゃないんだからねっ。
マックスにも「お世話を掛けました。助かりました」と、頭を下げた。
「な〜に、一応ギルド長だからなっ。世話を焼くぐらい当たり前だ。これからも何でも相談してくれよ♡」と、またウィンクされた。
うん。ウィンクはこの人の癖なんだな。そう思っておこう…
俺、狙われてないよね…?
それじゃあ、と頭を下げて部屋に戻った。
◆◇◆◇◆◇
部屋に帰り、ガランとした室内を見る。
あんなに小さなエレナが隣にいないだけで、こんなにも広く感じてしまう。
昨日脱ぎ捨てた服を拾い上げる。エレナは、女将に貰った緑色のワンピースを着ていた。
生地が薄い。今は3月の終わりだ。朝晩は冷える。
「もっと暖かい服が欲しい」たった一言そう言ってくれていたら…いや、俺が気に掛けてやることだな。
服が必要だな。暖かい服が。上着と下着と寝衣もまだいるな。
今日は買い物に行こう。またエレナの金を使う事になるけど。
自分の不甲斐なさに頭が痛くなる。こめかみを指でグリグリ押して、気持ちを入れ替えた。
机にスープとパンと串焼肉を出し、ムシャムシャ食べた。
俺しかあの子を守ってやれないんだ。腑抜けてちゃいらんねー。
マジックバッグを肩から掛け、ローブを羽織った。剣は仕舞っておこう。代わりにナイフを腰に差した。
◆◇◆◇◆◇
俺は部屋を出て、市場に向かった。
兎や鳥で作ってあるスープと串焼肉をいくつか買う。一つ串焼肉を食べてみたが、まぁまぁ美味かった。
湯沸かし用にポットも購入して、食器やらカトラリーも揃えた。
古着屋を見つけて、エレナ用の上着を数枚、自分用にも数枚買った。違う古着屋では下着と寝衣を買った。
持っていた荷物をマジックバッグに入れて、他の店に向かおうと歩き出したところに、野菜売りのおばちゃんの店があった。
「あの、すいません、ちょっと聞きたいことが…」
「あら、いらっしゃい。良い男だねぇ〜」おばちゃんが愛想良く話し掛けてくれたので、この波に乗ることにした。
「オコメって穀物を聞いた事はありますか?」俺もなるべく笑顔で質問してみる。
「オコメ?どんな穀物なんだい?」眉間にシワを寄せて聞き返されてしまった。
知らないならイイやと思い、そそくさと逃げようと「あっ、気にしないで下さい。失礼しました」そう伝えて行こうとしたら、腕を掴まれてしまった。それも、ガッチリと。
おばちゃんは素早くて怪力だった。
「待って待って、どんな見た目なの?新しい野菜だったりするかい?詳しく教えておくれよ」
俺はエレナに聞いた通りに伝えた。「湿地帯で生育する白いツブツブで、主食になるらしいんです。俺も見たことが無いのでどんな物かと思って…」
おばちゃんは顎に手を当て、ふ〜んと唸っている。「見たことがあるような無いような…。商会長なら知っているかしらね?」
商会長?目立つ行動はあまりしたくはないが、エレナが欲しがっているからな…。「あの、商会長って?」
「ああ、ごめんよ、放ったらかして。この市場の会長をしている人なんだけど、あちこち商品の仕入れに走り回っているから、あの人なら何か分かるかも知れないよ?」おおー、話だけでもしてみたいな。
「紹介してもらえますか?」
「今、仕入れに何処かに行ってていないんだよ。一週間ぐらいしたら帰って来るはずだから、その時でいいかい?」
「はいっ、もちろんです。話だけでもさせて頂ければ」
「お兄さん、礼儀正しいね〜。良いトコの坊っちゃんみたいだ。アッハッハッ」こりゃマズい。俺から滲み出る気品の良さが、ご婦人にバレてしまったようだ。
いや冗談だ。
「それでは一週間後にまた来ます。俺はガスと言います」手を出して握手をした。
「おや、ご丁寧に。あたしはメルダだよ」
店にある野菜をいくつか買って、約束を取り付けた。それじゃあ、と手を振りメルダさんの店を出る。
見つかると良いなぁ〜、オコメ。エレナの食が進むかもしれない。




