第5話:へたれイケメン、胃が痛い(レオン視点)
――正直に言おう。
俺は、めちゃくちゃ怖かった。
目の前で倒れている影狼の死体を見下ろしながら、
足がまだ小刻みに震えている。
(これ、ゲームだよな……?
血の匂いとか、風の冷たさとか、
リアルすぎない?)
「レオン、大丈夫?」
声をかけてきたのは、いろはさんだった。
彼女は背中まで届く黒髪を、ひとつにゆるく結んでいる。服は初期装備のローブのままなのに、不思議と“戦場に立つ人”の雰囲気があった。
手にしているのは、彼女専用みたいな巨大な筆。
木製の柄に、黒い毛先。
どう見ても武器には向いてない……はずなのに。
(さっき、あれでモンスター倒したんだよな……)
「だ、大丈夫です。たぶん……」
声、裏返ってない?
お願いだから裏返ってないでくれ。
いろはさんは、そんな俺をじっと見てから、少しだけ笑った。
「無理しなくていいよ。レオン、さっきちゃんと動いてた」
――やめてほしい。
褒められると、逆に泣きそうになるから。
「い、いえ……俺、指示出しただけで……」
その横で、ミルフィちゃんがぴょこっと近づいてきた。
淡いピンク色のショートボブ。
大きめの瞳で、年齢より幼く見える。
フード付きの軽装ローブは少しぶかぶかで、
召喚士というより「迷子の子」感が強い。
腕の中には、例のうさぎ――
いや、見た目はうさぎの何か。
白くて、ふわふわで、丸い。
なのに、影狼を吹き飛ばした張本人。
「レオンさん、ありがとう。さっき、すごく助かったよ」
「え、あ、いえ! こちらこそ!」
俺は勢いよく頭を下げた。
(無理。可愛い。
こんな状況じゃなければ癒やし担当なのに)
ミルフィちゃんの腕の中で、うさぎが「きゅ」と鳴く。その影が、さっきよりも自然になっている気がした。
(……召喚獣も、慣れてきてる?
っていうか、この世界、順応早すぎない?)
俺は、視線を周囲に巡らせる。
森。
やけにリアルな木々。
風に揺れる葉の音。
UIは、ほとんど表示されていない。
(ログアウト、不可。
メニューも、機能制限。
これ……運営イベントとかじゃない)
喉が、ひくりと鳴った。
そんな俺の様子に気づいたのか、いろはさんが筆を肩に担ぎながら言う。
「……レオン、思ってること、だいたい同じだと思う」
「……ですよね」
声、ちょっと震えた。
「でもさ」
彼女は、少しだけ困ったように眉を下げる。
「怖いからって、止まってたら、もっと怖くなる」
(それ、めちゃくちゃ正論……)
いろはさんは、強そうな見た目じゃない。
むしろ、どこにでもいそうな、静かな人だ。
なのに。
線を引くときの迷いのなさ。
敵を見る目の落ち着き。
(この人、覚悟決まってる……)
俺は、深く息を吸った。
「……俺、強くないです。戦えないです」
情けない宣言だ。
「でも」
続ける。
「地形とか、敵の動きとか……
それを考えるのは、たぶん得意です」
ミルフィちゃんが、ぱっと顔を上げた。
「それ、すごいよ!」
「え、そ、そう?」
「うん! わたし、いっぱいいっぱいになるから……」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
いろはさんが頷いた。
「じゃあ決まりだね」
「決まり……?」
「レオンは、前を見て、考える係」
彼女は筆を軽く回しながら言う。
「私は描く。ミルフィは呼ぶ。役割分担これでいい」
(……パーティー、か)
まだ怖い。
正直、今すぐ布団にくるまりたい。
でも。
「……逃げない、考えて仲間を守ります⋯こわいけど」
そう言うと、二人は少し驚いた顔をしてから、笑った。ミルフィちゃんのうさぎが、「きゅっ」と鳴く。
胃は痛い。
心臓も落ち着かない。
それでも。
(この二人となら……
詰まない、かもしれない)
へたれイケメン、レオン。
こうして、腹を括った。




