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「綺麗な魚に魅入られたその瞬間から、恐怖は始まっていた。」
母親は透明な袋の中を嬉しそうに見つめていた。
袋の中では、黒と青の入り混じった小さな魚が泳いでいる。瞳のように赤い点が揺れているのが、やけに目についた。
「見てると吸い込まれそうで……気付いたら買っちゃったの」
母親は笑ったが、その声がどこか上の空に聞こえた。
翌日。
水槽に放たれた魚は、夜になると妙な動きを見せた。
狭い水槽の中を回るのではなく、壁に顔を押し付けるようにじっと動かないのだ。
その赤い瞳だけが、部屋の暗闇で鈍く光っていた。
数日後、母親の様子も変わり始める。
魚と同じように、夜になると窓の外を凝視し、返事をしてもわずかに口元が動くだけ。
そしてある晩、母親が寝言のように呟いた。
「……もっと、欲しいの。あの店に行かなきゃ」
聞いた瞬間、背筋が凍った。
──だって、僕が昼間その路地裏を何度探しても、熱帯魚店なんてどこにも存在しなかったのだから。