望遠鏡に
「少年、君は星に何を感じる?」
「……わからない。わからないけど……なんか……すごく、生きてるっていうか……」
自分でもうまく説明できない感情が、口からこぼれる。
奏さんは小さくうなずき、望遠鏡から顔を上げた。
「それでいいんだよ。言葉なんか必要ない。ただ、感じればいい。君の胸に響くその震えが、答えなんだ」
彼女の言葉はまるで、夜空に響く微かな音のようだった。
僕は、もう一度星を見た。
どこまでも広がる暗黒の中に、わずかに灯る光たち。
それらは小さく、儚く、けれど確かにそこに存在している。
(……生きてる)
小さく胸の中で呟いたその言葉が、冷え切った心の奥に静かに染み込んでいく。
「少年、君はこれからもまだ迷うだろう。進路も夢も、そして自分自身についても」
「……」
「でもな、それでいいんだ。悩むってのは、君がまだ諦めてない証拠だ。死んでしまった夢を、もう一度見たいと思ってる証なんだよ」
彼女は真っ直ぐに僕を見つめた。
その視線は夜空よりも深く、どこか厳しくも優しかった。
「……僕、本当に何をしたいのかわからなくなってて……。ずっと逃げてばかりで……」
言葉にした瞬間、涙が溢れた。
涙は冷たい夜風にすぐに乾いていくのに、止められなかった。
「ははっ、いいんだよ、泣いても。星だって、生まれるときは大爆発するんだ。泣きたいだけ泣けばいいさ」
奏さんは大きな手で僕の背中を叩いた。
その衝撃が、ひどくあたたかかった。
「……ありがとう、ございます……」
「ふふっ、礼なんかいらない。私はただ、星と君をつなげたいだけさ」
彼女の笑顔は、どこか子どものように無邪気だった。
気づけば、涙で視界が滲む中、僕は再び望遠鏡を覗いていた。
そこには、遠い遠い命の光が確かにあった。
「……きれいだな」
呟いた言葉が、自分の耳にさえ新鮮に響く。
星の光を見つめながら、少しずつ呼吸が落ち着いていった。
泣きはらした目はまだ熱く、頬は冷たい風にさらされてピリピリしている。
それでも、胸の中は不思議と穏やかだった。
「少年、星を見ていると、自分がちっぽけに思えるだろう?」
奏さんの声は、今夜はやけに静かだった。
「……うん。すごく、ちっぽけで、何もできないって……思った」
「そうだな。でも、その『ちっぽけ』さは、人間だけが感じられる贅沢でもあるんだよ」
「……贅沢?」
「そうだ。星は何も考えない。ただ生まれて、輝いて、死んでいく。人間だけが、その意味を探したり、自分の存在を問いかけたりできるんだ」
僕は黙って、彼女の言葉を飲み込んだ。




