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渇夢を星夜に  作者: つなまぐろ
夢の死骸
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夜空を覗けば

時計の針は、刻一刻と夜に近づいていく。

 (……行くのか、行かないのか)

 自分に問い続ける。

 そのたびに、胸の奥で奏さんの声が蘇る。

 「もう一度見ることが必要だ」

 たったそれだけの言葉が、なぜかずっと残っている。


 気づけば、手は勝手に動いていた。

 パーカーを羽織り、マフラーを首に巻く。

 財布とスマホをポケットに突っ込むと、呼吸が少し荒くなった。

 (……行くんだ)

 その決意は、決して強いものではない。

 それでも、昨日よりはほんの少しだけ熱を持っていた。


 玄関で息を吐き出す。

 冷たい空気が肺の奥まで入り込み、背筋が震えた。

 「行ってきます」

 誰に届くわけでもない小さな声を残し、ドアを開けた。


 夜の空気は、昨日と同じように冷たかった。

 でも、その冷たさは、まるで痛みを共有してくれる友達のように思えた。

 (もし、あの人が待っていてくれるなら……)

 その小さな希望を胸に抱えながら、僕は夜の公園へと歩き出した。


 公園に着くと、空は漆黒に染まっていた。

 街の灯りが届かないその場所は、まるで別の世界のように静かだった。

 昨日と同じ場所に立つと、胸の奥で何かが震える。

 (……本当に来てしまった)

 不安と期待が入り混じった感情が、冷たい夜気とともに喉を満たす。


 「やぁ、少年。思ったより早く来たじゃないか」

 声に振り向くと、そこには白衣を着た奏さんが立っていた。

 彼女の後ろには、大きな天体望遠鏡が据えられている。

 周りに置かれた器具や三脚、ノートパソコンの青白い光が、非現実的な雰囲気を強めていた。


「こんばんは……」

 弱々しい声で挨拶をすると、奏さんはにやりと笑った。

 「おお、なんだかずいぶん覇気のない挨拶だな。まぁいい、今日は特別な星を見せてやる少年、こっちに来てくれ」

 彼女は手招きをし、望遠鏡のそばに僕を呼んだ。

 近づくと、レンズが夜空をまっすぐに見つめているのがわかった。

 

  「覗いてみるか?」

 言われるままに、恐る恐るレンズを覗き込む。

 そこにあったのは、裸眼では見えない数え切れないほどの星の粒だった。

 まるで、無数の命が瞬いているように思えた。


 「……これ、すごい……」

 思わず声が漏れた。

 冷たい空気にその声が溶けていく。

 「ははっ、いい顔だ。君のそんな表情、初めて見たな」

 奏さんの声が、どこか嬉しそうに震えている。


 「これが、オリオン座の大星雲だ。あそこには、新しい星が生まれ続けている。まさに命のゆりかごさ」

 「命の……ゆりかご……」

 繰り返すと、言葉の意味が胸に深く沈んでいった。

 夢を諦めた自分にとって、星はもう死んだものの象徴だった。

 でも、ここにあるのは「生まれている星」だと、彼女は言う。

 

 少し横の方へ視線を動かすと、青白く瞬く星が一つ。

  「これが、シリウスだ。冬の夜空で一番明るい星だよ」

 「……きれいだ」


 言葉が自然に出ていた。

 あの頃の自分が、確かにそこに戻ったような感覚。







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