翌日
翌朝、目を覚ますと、喉の奥がひりつくように痛かった。
昨日の夜の寒さのせいか、それとも心の奥に溜め込んでいた吐き気が、ついに形になったのか。
布団の中でうずくまりながら、昨日の夜を思い出す。
奏さん。
白衣をまとった、奇妙で自由な大学生。
「星を一緒に見ないか」と言われたあの瞬間。
胸の中に、久しく感じたことのない灯がともった気がした。
(……何をしてるんだろう、僕は)
頭の中で、自分を責める声がする。
(どうせ変わらない。夢を追いかけるには遅すぎる。今さら何ができる……)
しかし、もう一人の自分が囁く。
(でも、見たいんだろ? もう一度……星を)
思考の中で二つの声がせめぎ合い、体はますます動かなくなった。
気づけば、学校へ行く時間が近づいていた。
重い体を起こし、制服に袖を通す。鏡に映る自分は、眠そうで、どこか遠い目をしていた。
(……本当に、このままでいいのか?)
小さく問いかけるが、答えは出ないまま。
「行ってきます」
玄関で母に声をかけると、母は小さな笑顔で「いってらっしゃい」と返した。
(ああ、この笑顔を裏切りたくない)
そう思いながら、扉を開ける。
外の空気は、昨日と同じように冷たかった。
学校までの道は、いつもと変わらない。
コンビニの前で友達と待ち合わせている生徒、登校中にイヤホンをつけている女子、スケボーを抱えて走る男子。
誰もが、誰かと繋がりながら歩いているように見えた。
だけど、自分はどうだろう。
誰にも言えない夢と、自分自身への失望だけを抱えて歩いている。
(孤独だな……)
そう思うと、胸の奥がまた冷たく沈んだ。
教室に入ると、ざわざわとした声が耳に飛び込んできた。
「白木、おはよー!」
「……おはよう」
力なく手を上げると、吉岡は少し心配そうに眉を寄せた。
「おい、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「うん、大丈夫……ちょっと寝不足なだけ」
「そっか……無理すんなよ!」
そう言って笑う吉岡の顔が、やけにまぶしかった。
席に座ると、鞄の中から進路希望調査票がはみ出していた。
慌てて手で隠す。
(まだ、書けていない……)
ただの一枚の紙なのに、その白さが僕を責め立ててくる。
授業中、先生の声は遠くに霞んでいた。
教科書のページをめくる音、黒板をチョークが走る音。
全てが膜の向こうにあるような、夢の中のような感覚。
ノートに無意識に書いた文字を見て、手が止まった。
「星」
たった一文字。
それだけで、昨日の夜の空気が蘇る。
冷たい風、温かいココア、そして奏さんの声。
(……会いに行くのか)
心の中で問いかける。
(僕は、本当にもう一度、星を見たいのか)
その問いには、まだはっきりとした答えはない。
けれど、昨夜の灯りがまだ消えていないことだけは、確かにわかっていた。




