成長
夏が近づく頃、僕はようやく研究室に所属することになった。
指導教員は厳しいけれど、研究に対してまっすぐな人だった。
「データを見るな。意味を見ろ」
そう言われたとき、最初は理解できなかった。でも、観測装置から届く数値たちは、確かに“宇宙からの声”だった。
夜遅くまで研究室に残り、天文台から届いたスペクトルのわずかな揺らぎに目を凝らす。いつの間にか、研究は“苦しいもの”ではなく、“静かな対話”になっていた。
(星の声って、こういうことだったんだ……)
高校の頃、ただ夢中で「星を見たい」と願っていた自分が、ようやくその扉の前に立てた気がした。
そんな中、奏さんが突然こう告げてきた。
「私、来月からアメリカ行く」
「えっ……」
「博士後期課程でな。観測衛星の開発チームに加わることになったんだ」
(……奏さんが、遠くに行ってしまう)
その現実に、胸がぎゅっと縮まるのを感じた。
「すごいですね……!」
「まあな。でも、実感ないよ。寂しいより、怖いってのが大きい」
そう言って、彼女は空を見上げた。
「全部が変わる。でも、変わるからこそ、やってみたいって思った」
「……俺も、いつか、そこまで行きたいです」
「うん、来いよ。ちゃんと、君のスピードでな」
旅立つ前、奏さんは僕を最後の観測に誘ってくれた。
「どうせなら、あのときみたいに星を見に行こう」
郊外の高原。久しぶりに車で向かう星空の場所。
寝袋を広げ、望遠鏡を組み立て、僕らは黙って空を見上げた。
「変わったな、お前」
「え?」
「顔つき。ずいぶん“遠くを見てる”顔になった」
「……奏さんのおかげです」
「いや、それは違う。君が、自分の足で歩いたんだよ」
その言葉が、夜空よりずっと深く胸に沁みた。




