再開
6月、研究室の仮配属が始まった。
成績と希望調査の結果によって、学生たちはそれぞれ異なる“未来の分岐点”へと振り分けられる。
「第一志望:観測天文学研究室」
志望用紙にそう書き込んだとき、手が少しだけ震えていた。
(大丈夫。ここまで来たんだ。大丈夫……)
結果は、通った。
研究室に顔を出すと、そこには既に何人かの先輩たちが作業をしていた。機材、データ、難解な会話。全てが本物で、全てが僕の知らない世界だった。
そして、その一角に見覚えのある後ろ姿があった。
「奏さん……」
白衣の背中がこちらを振り返る。
「あれ、来たか。おめでとう、真冬。ようこそ、本番へ」
あのときと同じ笑顔。でも、どこかほんの少しだけ、疲れているようにも見えた。
その日の帰り道、僕は彼女と並んでキャンパスの坂道を歩いていた。
「最近どうよ、大学生活」
「……正直、かなりしんどいです」
「……かもしれません。課題、やばくて……」
奏さんは笑って、隣に腰を下ろした。
「この苦さ、大学味って言われてるらしいぞ」
差し出された缶コーヒーを受け取った。
でも、「こちら側」は、思っていたよりずっと険しかった。
「……正直、ついていけてないです」
そう口に出すと、想像以上に情けなく聞こえた。
「“好き”なはずなのに、全然できなくて。焦って、でも空回りして……」
「うん、あるある。ていうか、全員通る道だよ、それ」
奏さんはそう言って、缶のプルタブを押し込んだ。
「私は一年のとき、演習のレポート3回出し忘れて、教授に“お前、本当に宇宙やりたいのか?”って言われたからな」
「え……」
「マジで。家帰って泣いた」
あっけらかんと笑う彼女に、思わずこちらも肩の力が抜けた。
「……それでも、続けたんですね」
「泣きながらね」
少しだけ、空を見上げたその横顔が、どこか遠くを見つめていた。
「でもさ、たとえボロボロでも、夢を“持ち続ける”って大事なんだよ」
「持ち続ける……」
「そう。夢ってさ、叶えるって言葉がよく使われるけど、実は“持ち続ける”方がよっぽど難しい。だって、現実に擦り減って、何度も疑うからさ」
僕は黙って、コーヒーを啜った。
その苦味が、不思議と少し甘く感じられた。
「でもさ、不思議だよな。夢を持つって、希望だけじゃないんだ。現実に引きずられる苦しさを含んで、ようやく“持ち続ける”ってことになる」
「……持ち続ける……」
「そう。夢は“叶える”だけじゃない。問い続けるってこと。諦めないってこと。その上で、星を見ていくってこと」
坂道の先にある空が、夏の色に少しずつ染まり始めていた。




