必死で
高校最後の夏休みが終わった。
僕は、その教室で、これまでにない種類の孤独と向き合っていた。
——将来どうするのか。
進路指導の壁に貼られた大学名の数々。模試の順位表。担任の「お前の志望校、現実的に言って……」という口癖。友達との間にも、少しずつ温度差が生まれていった。
「真冬って、理系だっけ? 宇宙とかの?」
「へー、すげえな。でも倍率やばいだろ? 俺はもう推薦で決める予定」
気を抜けば、すぐに自分だけが置いていかれているような錯覚に陥る。黒板の数字や、プリントの小さな文字ばかりが現実味を増していき、夢はどんどん輪郭を失っていく。
(俺は、本当にこの道を選んでいいのか?)
ノートの端に書いた「星を見る人になりたい」の文字は、今も消えずにそこにある。けれど、現実の風は、思った以上に冷たかった。
進路面談の日。僕は担任に言った。
「第一志望、宇宙物理系の理工学部です」
「……うん。わかった。気持ちは伝わった。ただな、真冬。模試の判定、Cだよな」
「……はい」
「この時期のC判定は、かなり厳しい。少し目線を下げるのもアリじゃないか?」
目をそらさずに、僕は答えた。
「下げる理由が、ないんです。どうしても、その学科で学びたいんです」
しばしの沈黙のあと、担任は苦笑した。
「頑固だな、お前は」
でも、その表情にはどこか、かすかな応援の色も滲んでいた。
晩夏が来た。
蒸し暑い自室で、クーラーの風音と鉛筆の擦れる音だけが響いている。僕は、物理の過去問と格闘していた。
難しい。公式が途中で消えていく。焦りで汗がにじむ。
(なんで、こんなに……)
そんな中、スマホに一通のメッセージが届いた。
「星、見てるか?」
奏さんからだった。
「いえ、最近は全然。勉強に追われてて……」
返信すると、数分後に短い返事が返ってくる。
「空を見ろ。星は、黙ってるけど、いつだってそこにいる」
ほんの一言なのに、胸に沁みた。
——逃げたい。やめたい。でも、そう思えるほど、全力でやれてるだろうか?
夜、部屋のベランダに出て、空を見上げる。視界の隅で、人工衛星のような光点がゆっくりと動いていた。
「……まだ、見たいんだよ。俺も」
そう呟いたあと、再び机に向かう。
星の声は、確かに聞こえていた。




