また大学へ
観望会は大学の公開講座の一環で、奏さんの研究室の学生たちが案内役をするらしかった。会場は大学構内の芝生広場。大型望遠鏡が数台並び、参加者は子どもから年配の人までさまざまだった。
「今日は月と土星が見えるよ」
奏さんが手際よく調整しながら、僕にもピースサインを向けてきた。
参加者の列に混じりながら、僕も順番を待った。望遠鏡を覗いた瞬間、視界に浮かんだのは、くっきりとした土星の輪だった。
(本当に、こんなに綺麗に見えるんだ……)
息を呑む。その場にいた小学生が「わあっ」と声を上げた。
僕はその声を聞いて、少し笑った。
──そうだ。最初は、こんな風にただ「すごい」って思っただけだった。
今、その気持ちをまだちゃんと持っていることが、うれしかった。
観望会のあと、奏さんとベンチに座って缶コーヒーを飲んだ。
「最近、面白い星あったか?」
「デネブです。夏の大三角の中で、いちばん遠くて明るいって、知ってました?」
「お、よく調べてるじゃないか」
「観測もいいけど、物語のある星に惹かれます」
「うん、そういう視点も大事」
月明かりの中、研究ではなくただ“好き”という気持ちを共有できる時間が、何より特別だった。
こうして少しずつ、星との距離も、奏さんとの距離も、縮まっている気がした。
ある夜、僕はふと思い立って、昔使っていた自由帳を開いた。それは中学のころ、星の名前や見つけた星座を書き留めていたノートだった。
ページの隅には、ぎこちない線で描かれた夏の大三角や、星図の模写。そして、走り書きのような文章。
《未来って、どこにあるんだろう》
──その問いは、今も解けていない。
でも、こうしてまた星に触れようとしている自分がいる。
夜の静けさの中、遠くで電車の音がした。時間は進む。迷っても、立ち止まっても。
僕はペンを手に取り、久しぶりにノートに文字を記した。
《星を見て、歩く。答えはなくても、意味はある》
ページの余白に、今夜の星図を描き加えた。天頂近くにあるベガ、東の空のアルタイル、そしてまだ地平線の下に隠れているデネブ──。
この空の下に、物語が続いていくことを信じながら。




