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渇夢を星夜に  作者: つなまぐろ
夢の死骸
38/47

観測

 翌週末、僕は再び電車に乗っていた。奏さんの研究室のプロジェクトで、郊外の観測施設に向かうことになった。


 電車を降りてからさらにバスに揺られ、細い山道を登ると、そこには広い空と、風の音しかない場所があった。


 夜のとばりが落ちる頃、奏さんは手慣れた動作で望遠鏡を組み立てていた。そばにはノートパソコンと観測用のセンサー。光害のない夜空は、街では見たことのないほど暗く、そして澄んでいた。


 「見てみなよ」


 促されて接眼レンズを覗くと、そこには驚くほど鮮明な星団が広がっていた。まるで銀の粉を撒いたように、点の集まりが空の奥に浮かんでいた。


 「星って、見るだけなら誰にでもできる。でも“測る”ってなると話は違う」

 「測る、ですか?」

 「うん。位置、明るさ、スペクトル、変光……星は話しかけてこないけど、こっちが耳を澄ませば答えてくれる。物理学はその“通訳”みたいなもの」


 語る奏さんの目は、暗闇の中でもどこか明るかった。


 「でも、わかるようになるまでって大変なんじゃ……」

 「そりゃあね。でも、私は“わかりたい”って思う気持ちのほうが強かった」


 それはきっと、僕にも芽生えつつある想いだった。




 観測が始まると、空気が張り詰めた。パソコンにはリアルタイムでデータが表示され、奏さんは時折メモを取りながら黙々と作業を続ける。


 「これ、何を見てるんですか?」

 「ベガ。夏の代表的な恒星。今夜は分光観測。光の中にどんな成分が含まれているか、調べてる」

 「光に成分……?」


 「うん。たとえば水素、ヘリウム、カルシウム……。それぞれの元素は特定の波長で光を吸収する。つまり“星の声”ってやつが、そこに出るの」


 パソコン画面には、グラフのような波形が並んでいた。どこか芸術的で、同時に数学的だった。


 「この光、何年前のだと思う?」


 「……数万年前?」

 「正解。じゃあ、この光が地球に届くまでに、どれだけの“想い”が失われたと思う?」


 唐突な問いだった。でも、意味はわかる気がした。

 人は変わる。忘れていく。でも星の光は、それでも届き続ける。

 そういう“確かさ”を、僕も持ちたいと思った。




 観測が終わったあと、山の空気の中で飲んだココアは、妙に甘かった。

 「どうして、そんなに星にこだわるんですか?」


 「昔ね、信じられないくらい綺麗な流星群を見たの。家のベランダから。星が降るって、ああいうことなんだって。……そのとき、“生きててよかった”って思った。ただそれだけ」


 奏さんは笑った。どこか懐かしそうに。

 僕も、そんなふうに誰かに語れる瞬間を持ちたいと思った。


 帰りのバスの中、窓から見える空はもう明るくなりかけていた。


 僕はスマホを開いて、新しいノートアプリを立ち上げる。そして一行目に、こう記した。

 《星の言葉を、もっと知りたい》

 小さな決意だった。でも、その小ささが、今の僕にはちょうどよかった。

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