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渇夢を星夜に  作者: つなまぐろ
夢の死骸
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大学訪問

 訪問の日の朝、僕は少し早く目を覚ました。制服にアイロンをかけ直し、髪を整えながら、胸の内はずっとざわついていた。


 電車に揺られながら、僕は窓の外の空を眺めていた。雲が途切れ、淡い春の陽が射し込む。行き先の地図を何度も確認しながら、僕は深呼吸を繰り返した。


 大学の最寄駅に着いたとき、少しだけ緊張がほぐれた。周囲の学生らしき人たちがそれぞれのペースで歩いていて、その空気がどこか自由に思えた。


 大学の構内は、まるで別世界だった。並ぶ研究棟、芝生に寝転がる学生たち、そして理論物理のポスターが貼られた掲示板。そこには、僕の知らない言葉が踊っていた。


 奏さんは、白衣姿で僕を迎えてくれた。

 「やあ、少年。緊張してるか?」

 

「……少し」


「まあ、当然だよな。私も最初はビビったさ。こっちだ、ついてきな」

 

 研究室の扉を開けた瞬間、空気が変わった。

 机には観測データ、ホワイトボードには式が乱雑に書かれ、星のスペクトル画像が映るディスプレイが点灯していた。奥には望遠鏡や書棚もある。

 天井にはプラネタリウムのような星図ポスターが貼られていた。

 

 「ここが、私の戦場だ」

 奏さんは、そう言って微笑んだ。

 

 「研究ってのはさ、本気で“好き”じゃないとやってられないんだ。私も正直、何度も折れかけたさ。でもな……」

 奏さんは、ディスプレイの前に立ち、光の線で揺れるスペクトルの波形を指さした。


 「この数字の中に、宇宙の声がある。私はそれを聴きたいだけなんだ」

 「……折れかけたって、何があったんですか?」

 「学部三年のときな。半年かけた観測データが全部ノイズだった。操作ミスで、解析不能になって。研究室で一人、夜遅くまで泣いたよ。でも、気づいたんだ。“悔しい”って思えるってことは、もう逃げられないほど夢中だったってことだって」


 僕は何も言えなかった。ただ、胸のどこかが強く締めつけられるような思いがした。

 (聴きたい。僕も、聴きたい。星の声を)


 研究室を出る頃には、外は夕暮れだった。

 大学の構内のベンチに座り、僕は空を見上げた。まだ星は出ていなかった。でも、不思議と寂しくなかった。

 (いつか、あの空の奥へ届く場所に、僕も行けるだろうか)


 ぼんやりと空を見上げながら、僕はポケットからスマホを取り出した。ふと、カメラを起動し、目の前の空を切り取ってみた。

 画面越しの空は、どこか現実味がなく、それでいて妙に鮮やかだった。夕焼けのグラデーション、その奥にぼんやりと浮かぶ三日月の輪郭。

 

 (あの頃は、もっと素直に「好き」って気持ちに従えてたな)

 懐かしさと、少しの後悔が混じる。けれど、今こうしてもう一度、空に目を向けている自分がいることに、少しだけ救われる気がした。


  その思いが胸に残ったまま、帰りの電車に揺られていた。スマホを開いても、何も見る気になれず、窓の外に流れる風景をぼんやりと眺めていた。

 

 (星の光は、何万年もかけて届く。その間に何度も、地上の風景は変わるのに、光だけは変わらずそこにある)

 そんなふうに思うと、自分の悩みがほんの少しだけ、遠くに感じられた。


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