新学年
高校三年の春。桜の花が散って、制服の上に新しい季節の風が吹き抜ける。
でもその空気の柔らかさを、僕はどこか遠い場所のもののように感じていた。
校門をくぐるたびに、時間がまた動き出すのを感じる。周囲は新しい授業、新しいクラス、新しい環境に心を弾ませている。
でも、僕だけは取り残されたような感覚の中にいた。
何も変わっていないと思っていた。けれど、それはきっと、嘘だった。
本当は、少しずつ何かが変わりはじめていた。
僕は、理系を選んだ。
文系に進めば、選択肢は広い。そんなふうに先生や親は言っていた。確かに将来を考えれば、手堅い道なのかもしれない。
だけど僕は、冬に出会ったあの人の言葉が、ずっと胸に残っていた。
春海奏さん。
大学で天文学を学び、星を研究している女性。
あの寒い夜、偶然出会った彼女と話した時間が、僕の中の何かを大きく動かした。小さな火種が灯ったのを感じた。それは胸の奥深く、今まで気づかないふりをしていた場所に静かに燃えていた。
「夢はない」と自分に言い聞かせていたのは、本当は、夢が怖かったからだ。叶わなかったときの喪失が怖かった。けれど、あの夜の星たちは、そんな僕の弱さを照らしてくれた。
(見たい。あの光の向こうを)
その気持ちは、日ごとに確かな輪郭を持っていった。
ある日、放課後の教室で、スマホに通知が来た。
「研究室、見に来るか? 君にとっての“星の居場所”を見せてやる」
奏さんからだった。
僕は数秒、画面を見つめて迷った。
ほんの少し指が震えていた。でも、その震えは恐怖じゃなく、たぶん期待の証だった。
「行きます」と返信したとき、自分の中にあった“迷い”が、ほんの少し剥がれ落ちるのを感じた。
勇気というより、引力だった。星のように、奏さんの言葉が僕を引き寄せた。
 




